東雲の巫女は寝物語を書き記す
夜明け前、聖堂の片隅。
魔力ランプが小さな光で机を照らしている。
そして机の前の少女は、軽やかに動かしていたペンを置き、呼吸を整え、もう一度ペンを持つ。
「あい、らぶ、ゆー。」
言葉に出し、かみしめるように、ゆっくりと『その言葉』を書く。
そして、続く文章を、自分の書く速度さえもどかしいといった様子で、書き進めていく。
もはや、迷いはない。躊躇もない。見えてきたゴールに向けて、ただひたすらに書き進めるだけである。
やがて、少女は夢見るような笑顔を見せる。
これを読む男のことを考えているのだろうか…?
「……ふう、やっと書けた。
読み返してみましょうか…。」
・・・・・・
「……そして、彼女は戦いを終え、恥ずかしさのあまり姿を消してしまった。
だが、我々は決して忘れることはないだろう。
彼女のおっぱいと、それが生んだ奇跡の勝利を。
レスキュー081 最終話 「あいらぶゆーとささやいて」 完。」
「よし、読み返してみたけど誤字も見つからなかったし、翻訳完了!
今回は指名での仕事だから翻訳料も割り増しになるっていう話だし、笑いが止まらねえぜ。
内職のために夕方から入れ替わってレオノーラ状態で書いたから現役貴族令嬢が書いた生原稿ってことで原稿用紙も売れて無駄がない。
ちゃんといつもの手紙とは筆跡変えてるしな。
あれ、そういえば、今のレオノーラって、貴族令嬢ってことでいいのか?
絶縁されたとかではないから、一応偽装表示ではない、はずだよな。
まあいいか。美人が書いたとか貴族令嬢が書いたとか女子校生が書いたとかいう煽り文句は珍しくもないらしいし。」
ヴァイツには「女子校」というものがほぼ存在しないため、「女子校生」も皆無に近いはずなのだが、それを指摘するのは無粋というものである、らしい。
まあエロ本の煽り文句を真実だと信じる人も多くはないだろうし、たいした問題ではないだろう。
「それにしても、まさか、主人公と恋人の男の名前が伏線になってるとはな。
スペル違いで下ネタになってるのはただの小ネタだと思ってたけど、あれが伏線だったのか。
男の裏切り、そして真の黒幕の登場、男が捨て石にされる。
そこからの男との和解と、「あいらぶゆー」のセリフからエロ展開。エロの力で世界を救う、か。
最後は三人称に切り替わって終了。エロ小説なのに読後感が良い。侮れねえな最近のエロ小説は。」
レオノーラにはよくわかっていないが、女の胸には夢や希望などが詰まっているという説があるらしいし、時には悪と戦う力が湧いてきたりすることもあるのかもしれない、と思った。
そして、男の胸には熱く燃えるエロ心があるらしい。これもレオノーラにはいまいちわかっていない。まあ今は女の体なわけだから、わからなくていいのかもしれないが。
内職もひと段落ついて、朝日が窓から柔らかな光を注いでいる。
レオノーラは毎日タダで明かりを提供してくれる朝日に、今日も心から感謝した。
聖堂には魔力ランプが常備されているのでレオノーラになった時には夜間の内職にも困らないが、やっぱり太陽の光は素晴らしい。
なんといっても、太陽は魔力もお金も使わなくても明るくなるのだ。素敵なことだ。
光の精霊を信仰する人が多いというのも、今なら心から納得できる気持ちになれると思う。
だが、明るくなったということは、年少組が起きてくる時間でもある。
レオノーラは幼い子供たちには見えないように原稿を隠して、刺繍作りの内職を始める。
内職は空腹を紛らわすのにも便利だとレオノーラは信じている。
刺繍をしながら、話し方をレオノーラ状態に切り替えるイメージを作る。
ここでイメージを固めておかないと、普段のしゃべり方が出てしまうことがあるのだ。
同じ言葉のやり直しを要求されるので、すこし面倒なのである。1回で成功したほうがラクだ。
イメージを固め終わったころ、足音が近づいてくるのを聞き取る。予測通りの時間である。
刺繍の手を止め、道具をしまって待機する。
「レオノーラ様おはよー!」
「おはよー。もうおきてたんだね。」
「レオノーラ様おはよう。
また徹夜してたんじゃないでしょうね、自分の体じゃないって言っても、あんまり無理すると次回の体の交換渋られるんだから、健康には気を付けてね。」
「はい、おはようございます、アンネ、マルセル、エミーリオ。今日も元気ですね。
最低限の仮眠は取っているので大丈夫ですよ。
さっそくですが、もうすぐ迎えの馬車が来る時間のはずなので、着替えてから行ってきますね。」
「はーい、いってらっしゃい!」
「気を付けてねー!」
「男どもが着替えを覗かないように見張りしておくわね。」
第6話の前編だった部分です。
後編で誰に会うんでしょうか…?(候補はいくつかあったのですが、今は未定です。)
※『寝物語』や『あいらぶゆー』は下ネタなので、使うといろいろと誤解を生む場合があると思います。
『女子校生』もある意味での下ネタとして使われる言葉です。高校なら『女子高生』大学なら『女子大生』と表記したほうが誤解は生まれにくいかと思います。