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午前の茶会で老侯爵は口ごもる

 原作とは侯爵夫妻から精霊への認識に大きな違いがあります。

 還俗日の午前のティーブレイク。ハーケンベルグ侯爵夫妻とレオノーラは紅茶を楽しみながら、途切れ途切れの会話をしていた。

 レオノーラはお茶菓子に集中して向かい合うため、夫妻はほかの理由であったが。


(今日のお茶菓子のクッキーも最高にうまい、限りなく薄く焼かれたクッキー一枚一枚に生地の色の組み合わせで絵を作る。

 厚く作る方がどれだけ簡単かわからない、満腹になるまでに多くの食べ物を食べることができる、逆に言えば腹いっぱいになるまでに多くの金を使えるように考えられた狂気の発想。だがそれが良い。金が自分のふところから出るのでなければ高いものほど美味いのはたしかだからな。)


「このクッキーもおいしいですね、すばらしい。」


レオノーラが笑顔でクッキーを頬張る姿を見て、ハーケンベルグ侯爵夫妻も笑顔を見せる。その後、言葉を選ぶようなわずかな沈黙のあと、クラウス侯爵は一つの質問をした。


「レオノーラ、少し、背が伸びたかの?」


レオノーラは立ち上がって自分の頭に手をやる。


「そうですか?自分ではあまり変わった気がしませんけど、少しは伸びたのかな?」


ハーケンベルグ侯爵夫妻は一瞬見つめ合い、ほっとしたようにうなずく。


「背も伸びているし、髪が少し伸びているわね、顔色もいいし、気配も弱った感じはない、前回と同じ健康体のようね。この場合健康と言っていいのかはわからないけれど。」


「いいことであるな。心の臓が止まっているわけでもないし、呼吸もしておる。今日もレオノーラは無事ということだな。良いことだ。」


「いやいやおじいさまもおばあさまも心配しすぎですよ。呼吸してなかったら大変ですし。ところで、今日は精霊祭の手伝いって聞いたんですけど、何をすればいいんですか?」


「精霊祭で讃えられる精霊のいとし子として、贈り物を受け取ったりする仕事ね。特に良かった物には褒めてあげると相手は喜ぶけど、気に入らなかったら気に入らないって言っていいし、いらないなら突き返してもいいし、自由よ。

 来てくれただけで私たちは嬉しいんだから、本当に思うままに動いて良いの。なにか問題があればこちらで対処するからね。」


「うむ。レオノーラのやることに文句を言うなら紫龍騎士団を蹴散らしてから言ってみろというところだ。」


「贈り物なら良いものですね、私のために贈り物をくれるならなんでも嬉しいし、だいたいのものには使い道はあるものです。たとえば枯葉だって集めれば暖をとる焚き火にできるしイモを焼くこともできますし。」


「……さすがに枯れ葉よりは良いものを準備はしとると思うから安心していいと思うぞ。」


「はい、楽しみにしてます!」


「それでは衣装担当の侍女たちが待っている、控え室で着替えてきなさい。その後に出番が来たら伝令を送るからの。」


「了解致しました、行ってきます!」


レオノーラは芝居がかった敬礼をして、軽い足取りで控え室へ歩いて行った。

レオノーラを見送った後、クラウス侯爵はつぶやくように話し始める。

 

「エミーリア、いまさら言うのもなんだと思うだろうが、私はレオノーラはもう少し欲張っても良いと思うんだ。

 たしかに、無欲の聖女として国民に愛されているレオノーラが無欲なのは言うまでもないことなのかもしれん。みんなが知っている。

 しかし、なぜ国賓待遇で歓迎される者がプレゼントをもらう話で例に出るのが枯れ葉なのだ。

 まあ例えば私の若い頃いたような戦場近くだとすれば火を起こすのも命懸けだし、そういう時と場合ならば火種になる枯れ葉や枯れ枝を集めてもらえれば助かる。

 だがな、戦地にいるわけじゃないならもうちょっと良いものを想定しても良さそうだろうに。」


「あなた。レオノーラは、美しい物、美味しい物などを好まないわけではありませんよ。

 ここで欲しいものを言ったら私たちが無理をするんじゃないか、孤児院の子供たちへ送ってもらう方が良いんじゃないか、など考えてしまうだけなのです。

 だから、掃除の『副産物』として出る物である枯れ葉という言葉が出たのでしょう。

 私たちは偶然別のことで予定外に手に入った副産物だから仕方ないということで贈り物をすれば良いのです。精霊様も物を無駄にするのを良しとはしないでしょうし。」


「そうするしかないだろうな。盛大に祝いたいのと倹約は同時にはしにくいからの。『使え』と『使うな』で右を向きながら左を向けみたいな話になる。以前のあれはいらんこと言ったかもしれんな。」


「正しく認識したうえで崇め敬うのは正しいことだと思いますよ。以前あなたが指摘してくれたことには感謝しています。

 精霊への誓いとその効力を甘く見て、怒りを買ったあとに気付いて手遅れになるのに比べれば、恐れすぎて過剰な対応する方がどれだけ良いかわかりません。」

 

 大魔法を使った場所には魔力の痕跡が残るのが普通。余波で魔力の揺らぎが出たり、周辺の魔力を使ったことにより魔力が薄い状態になっていたり。

 昔の話だが、紛争地に魔法の心得がある者が紛争のニ年も後に行った復旧済みの土地で当時使われた儀式魔法の種類を当ててみせた、などという例もあるくらいだ。よほど小さな魔法でなければ、わずかな時間で痕跡が消えるものではない。

 しかしあの時、レオノーラが光の精霊に助けられた時。

 大魔法が発動したにしては、そこは静かすぎた。


 たしかにレオノーラの周辺には呪術の形跡はあった、しかしただそれだけであり、人の死を無かったことにできるような大魔法を発動させたような形跡は見当たらなかったのだ。

 あの出血量、あれを無かったことにするくらいの魔法なら、痕跡が残らないことはないはず。もし人間の大魔導士がそこにいたとして、人の死を乗り越えるような魔法が使えたとしても、魔法の痕跡を目立たないように擬装するならさらに難易度は倍増するだろうし、無意味である。

 つまり、あの時行われたのは魔法という言葉ですら収まらない、まさに精霊の奇跡であったのだ。


 しかし、疑問は残る。恐ろしくて口には出しにくい事だが、精霊の奇跡はどのような内容であったのか。

 たとえば、『あの出血の原因の負傷、致命傷を完全に無かったことにすることはできた。気に入ったから聖域に囲っているだけ。』ならば最善。

 『実際にはダメージの先送り、傷ついているものを奇跡の力でただちには問題無い状態に抑えておいているだけ』だとすれば、精霊の寵愛を受けている状態だから生きていられるだけで、生死の狭間でギリギリ踏みとどまっている、精霊の興味が離れれば死へと一直線。そういう可能性すらある。

 精霊は具体的にどういう助け方をしたのかは語ろうとしなかった。つまり、『人間に考えろ』ということ。次に間違えばどうするか、ということも語らなかった。人間は再び過ちを起こさないか試されているのだ。

 気に入った彼女を、聖域で巫女にするため役に立つから一時的に死を遠ざけているだけとすれば、精霊から引き離すことはレオノーラを人の手でもう一度殺すことにもなりかねないのだ。

 だから、人間の行動で精霊の歓心を得て還俗を増やす試みはやめることはしないが、精霊の怒りを買うようなことは極力避けるのが必要となる。

 精霊の怒りを買う条件が全てわかるわけではないので、今までの傾向から予想するしかないのが難点である。


 盛大に祝う、と、豊かな者が力を振りかざす、は同じ行動の言い換え、見る者によって善行が悪行に見えることなど珍しくもない。


 なので、どこまでが許される範囲なのか、どれが善行でどれが悪行なのか。精霊の考えを想像して対応するしかないのである。

 還俗の日付を増やしてくれている間は喜んでいるだろうということはわかるので、還俗日獲得交渉は大きなヒントの入手方法でもある。還俗日獲得が主目的ではあるが精霊の考えを探れる少ない機会でもあるのだ。


「難しいな。」


「難しいですね。」


「レオノーラの前ではこんな話はできんな。」


「ええ。決してできませんね。こんな日くらい悩まず笑顔でいてほしいですから。」

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