仮初の兄妹は木の陰でかたらう
掃除の話、第3部分です。
突如開催される謎の大会。
中庭に植えられている広葉樹、その陰にアルベルト皇子、レオノーラ、ビアンカ皇女が集まって掃除を始めようとしていた。
「アルバート様、ロザリア様、まずはこの木の陰の落ち葉を集めましょう。
木の下に積みあがったものを減らしておけば風で飛ぶ量を少し減らせるはずですし、ここは体育の授業に遅れそうになった時の近道として使って転ぶ人が多いことでも有名な場所なのでけが人を減らす効果もあるんじゃないかと思います。
落ち葉は土と混ぜて腐葉土を作るのもいいものですけど、その場合は今日中にかたづくものではありませんし、今回は取り除く方向で行ったほうがいいかと思います。」
「なるほど、風景にはなじんでいるようだがそれを減らすことに意味があるのだな。ここを通路に使っているというのは初耳だが。」
「お兄様は遅刻しそうになって走ったりすることはありませんから、遅刻しそうなときに走る生徒とは出会わないかもしれませんわね。わたくしも時間に余裕を持って動くようにはしていますけど。」
「わたしはギリギリに動くことも多いです。やることが多くて。」
「そういえばいつも誰かの落とし物探しや荷物運びを手伝っていたわね、レオノーラは。時間がギリギリになるのもわかるわ。」
「そうなんですかー、わたしはレオノーラさまにあったことないからわかりませんけどそうなんですねー。」
「……ふふっ、レオニーチェはレオノーラ様には会ったことがないのね。
それなら少しだけレオノーラ様のお話をしてもいいかしら?
とっても素晴らしい方なのよ。外見が美しいのはもちろん、心根も清らかそのもので。
お兄様もレオノーラ様を慕っているので、語りたいことはあふれていると思いますわ。」
「清らか…?会ったことないので知りませんが、そうなのかもしれませんね。
とりあえず、掃除しながらでもいいですか?レオノーラ様のためのそうじですし・・・。
(皇子が雇い主みたいな感じなんだよな?雇い主の目の前でサボるのはまずいぜ。)」
「そうね、その紫の瞳を見ながらでは言いにくいこともあるでしょうし、掃除をしながらにしましょう。ねえ、お兄様?」
「そうだな、掃除は大切だ。掃除をしながらにしよう。」
・・・・・・
「なるほどー、アルバート様は前回はレオノーラ様に少しだけ会えたんですね。」
「ああ。前回の還俗の時はほんの少ししかレオノーラ様と同じ場所にはいられなかったが、嬉しいものだった。
予定表には面会時間はなかったが移動時間を利用して会うことができたのは幸いだったな。」
「そういうことだったんですねー。
(廊下ですれ違いながらあいさつだけはしたな、移動時間が短かったからお疲れさんみたいな会話だけだったはずだが。あれは同じ場所にいたって言っていいのか?よくわからん。)
そういえばあの時はレオノーラ様はビアンカ様との面会があったらしいですね。
(お茶菓子のクッキー美味かったしお土産に包んでくれたからしばらくおやつにこまらなかったぜ)」
「そう、あの時はいろいろなドレスを着てもらってお茶会をしたわ。
毎回思うけど、さいっこうに可愛いのよレオノーラは!
何を着せても似合うから毎回衣装にもこだわってるのよ。前回の還俗の時に着てもらったライトブルーのプリンセスラインドレスも良かったけど、こんど機会があったらピンク系でかわいさ強調もいいし、あえてマーメイドラインで体形を出していくのもいいかもしれないわね。お兄様もそう思うでしょ?」
「ああ、ピンク系も似合うだろうな。似合わない服を探すほうが難しそうではあるが。」
「ピンク系のドレスというのはあんまり見たことないかもしれませんね、パーティー前にいろいろ着せられたけど1着か2着くらいしかなかったような気がします、ってレオノーラ様も言うかもしれません。落ち葉集め一袋完成っと。
(マーメイドラインってどんなんだ?体形出していくっていうからエロ系か?でもビアンカさまが家族の前で下ネタ言うようにも思えないんだよな。ほかのドレスよりちょっと肌が出てるとかそのくらいなのかもな。)」
「着たことはあるのね、絶対に拒否というわけではない、と。ゴミ袋はこっちにもらっておくわね。あとで処分してもらいましょう。
レオニーチェ、あなたの男性の服の好みは聞いてもいいかしら?今度とある皇子様が聖女様に会う時の参考にしたいのだけど。」
「今のアルバート様の服は良いと思います。いつもおしゃれでいい服を着ているようですけど、今回の軍服風の服も合ってていいと思います。すごくいい、かっこいい。」
(軍服っていうより戦闘服っていう感じか?汚れる前提で作られている感じが掃除っていう目的に合ってて良いんだよな。
汚れても印象が変わらない、いや、逆に味があっていいって言われるような服だ。
服自体が頑丈な縫製、しかもひじやひざ、ポケットのあたりがさらに補強されてて、長く使える、激しい動きにも向いている感じ。
ドレスとかだとペラペラした布にすげえ高い値段がついてたりしてわかりにくいけど、今回の服の場合だと頑丈な布をたくさん使っているから高くていい服だってわかりやすいところがいい。やっぱり金は力だよな。金がかかったものはいいものだ。)
「ほめてもらえるのは本当にうれしいのだが、この服は、来る途中で偶然見つけた作業員から買い取ったものだから彼には同じようなものは使えないだろうな。
式典に作業服で出る皇子はいないだろうと思う、いや、やろうとすれば可能ではあるか…。」
作業員からはぎ取るために使ったものは現金と休業許可である。現金と権力は強い。
「あ、いえ、そうですね、掃除の服と式典の服は違いますよね。あれ?レオノーラ様に会うのって式典なんですか?」
「並みの式典以上には服装に気を遣うわね。今回は急だったしわざと事前連絡しなかったけど、事前に知っていたら今日だって何人かは手持ちの服の中で一番いい服を着てきたと思うわ。今回はレオニーチェに会うためだけどね。」
「一番いい服を……庭掃除のために!?いや、でも!掃除をしたら、汚れますよね、服。」
「あっ……違うの。そういう意味じゃないのよ?以前ビアンカがレオノーラ様に対してやってしまったことみたいなことにはならないの。
『お金で代わりの服を買えば問題ないくらいの服』の中でいいものを使うんじゃないかしら、っていう程度であって、思い出の品を汚させてもいいという意味で言ったわけではないの。
もしレオニーチェとの掃除の前に着替えの時間を取るとしたらあらかじめ汚れる作業だと予告して募集するわ。本人もあのことについては心から反省しているのよ。」
「私…いや、アルベルト皇子も心から申し訳ないと思っている。」
「ああ、例の香水ですね。あれはいい香りでした。原液はさすがに匂いが強かったですけど。お金で代わりの服を買えば解決できる服の中でいい服、ならちょっとわかるかもしれません。私の服はもらいものが多いのでお金で買い換えられるものは少ないですけど。」
(新品で同じものを買おうとすると金額が恐ろしいことになるからな、もらいものは。レオノーラ宛てでもらったものはだいたいが高いものだから俺が買えるものじゃないし、レオでバイト中にもらった古着は使うには便利だけど同じものを買おうとすると高くなる。同じデザインの古着が都合よく格安で手に入ることもないだろうしな。)
「レオノーラ……
(やっぱりもらったものすべてが思い出の品なのよね、レオノーラにとっては。
葬花のムエルタ、靴に仕込まれた針、わたくしがレオノーラのサバランを台無しにしてしまった香水でさえ『もらったもの』で『思い出の品』……。
その中でも当時数少ない『悪意の無い贈り物』だっただろうサバランのドレスはレオノーラにとって『特別な思い出の品』だった。
本人は気にしていないと答えるけど、『お金で解決できないもの』であるのは間違いない。銀貨を積み上げれば解決できるなら簡単なんだけどそんな方法で償えるものではないのよね。
同じ『思い出の品』を買い替えて弁償するのは不可能、同格の物を与えるのは不可能だとわかったうえで、せめて、ほかにもたくさんの良い思い出を作って欲しい。
思い出を作る時間だって多くはないんだから…。)」
「ロザリア様、アルバート様、手が止まっています、掃除を進めましょう、今度はあっちの木の下を、通り道の地面が見える程度まで落ち葉を減らさないと!」
(そうしないと落とし物を見つけるにも不便なんだよ!小銭けっこう落ちてるんだよな、遅刻ギリギリの生徒は細かいものが落ちて気づいても授業優先で拾いに戻らないこともあるし。
だからここには長年の細かい落し物がたまっている穴場っていうことだ。
ふだんは落ち葉を掘ってまで探すくらいだったら校舎内とかほかの場所を軽く流したほうが効率がいいけど、今回は中庭から出ないで掃除をしているぶんには掃除のバイトをしていることにもなるし中庭のほかの落し物はこの人数ならあっという間に回収されつくすだろうから効率悪いしな。
さっき掃除した木の下も小銅貨と片銅貨が落ちてていい収穫になった。こういうこともあろうかとポケットに獲物を包むためのぼろきれを入れていてよかったぜ。ポケットの内側が汚れるとあとが大変だしな。)
「ああ、そうだな、今日は掃除に集中しようか。」
「ここは足場が悪いわね、お兄様、いっしょに熊手で落ち葉をざっと集めましょう。レオニーチェは安全なところで袋をかまえてくださいな。転んで汚れても困りますし。」
「いえ、たぶんロザリア様の服のほうが汚れたらまずいのでは?私の服は安いものですから、ロザリア様が袋担当のほうがいいと思います。」
「このくらいの服なら予備がいくらでも、というほどではありませんけど、数枚は常時置いてあるので大丈夫ですわ。
汚れが落としやすい作りになっているので多少の汚れなら問題ないですし、『お金で解決できるもの』の中でも安いほうです。
今日レオニーチェがケガしたりしたらとりかえしがつかないですから、ここはわたくしとお兄様にまかせてください。」
「そこまでいうならありがたくお任せします。その服が安いほうですか、貴族は大変ですね。」
「見栄を張るのも仕事のうちだから大変ですわね。最近は精霊の誓いもありますから買い足す数を減らす方向に進んでいますけれど、時と場合に合わせた服装をするようにと言われるのは変わりません。」
「ああ、わかります。時と場合に合わせた服、よく言われます。
レオノーラ様の衣装も還俗のたびに着替える速さより服を作る速さのほうが速いんじゃないかっていうくらいには増えているみたいですね。あれは還俗という『場合』に合わせた服ということなんですね。ドレスは着るのに時間がかかるから服担当の人の着せ替え速度がどんどん速くなってて毎回驚きます、ってレオノーラ様はたぶん思っています。」
「それは着付けの美しさ、丁寧さと速さを兼ね備えた精鋭なので当然ですわね。ドレス着付け大会レオノーラカップの戦いは見ものでしたわ。」
「レオノーラカップ!?なにそれ知らない!」
「上位入賞者からレオノーラ様の侍女候補が選ばれる場合もあるかもしれない、という条件で募集をかけたら人数が集まりすぎて大会を開催することになったのですわ。
途中の審査で経歴が怪しいものははじいているのと常時呼び出しにこたえられるようにするため優勝者は学院勤務が前提となります。
普段仕えている主人相手でも容赦ない足止めを行えるか、個人の特徴を消し他職員にまぎれこめるかなどいろんな試験を行い、最終的に複数人の精鋭が侍女候補に選ばれます。もちろん大会そのものを極秘でおこなっていますわ。」
「優勝しても自慢はできないんですね。」
「どの家で仕事をしているかくらいなら流せる情報なので自慢はできるとは思いますが、大会に優勝したという自慢はできませんわね。
全国から募集してはいるけれど私的な大会ですから。でも貴族からも参加希望者が出る程度には人気ですわ。」
「仕事の途中で抜け出すことを許可するためにはいろいろと交渉が必要になるから公然の秘密程度のものにはなるが、建前上は極秘だな。」
「貴族って着せられる側ですよね?自分の服を放り出してこっち、いや、レオノーラ様のところに走るっていうこと??」
「レオノーラ様のために常時待機させることも可能だし最低限の人数は待機させてはいるけれど、足りない場合はそういうことになるわね。
今回のように予定外のことがあると知れたら待機人員をさらに増やすことになりそうだわ。」
「あれ?ひょっとして、やらかしちゃった?」
(やべえ、レーナが予定にないことはするなって言ってたのはそういうことだったわけ?俺のバイト半日分のために何人分の給料払うことにさせちゃった?下っ端バイトよりは給料高いよな侍女の精鋭って。タダで待機しろっていうわけにもいかないだろうし。レオノーラが来る時だけなんて言ったら何か月かに1回程度だろうから、来た時だけ払うなんてやったら何か月も給料ゼロになるしな。)
「いや、心配はいらない。還俗予定以外の時にもレオニーチェが現れる可能性がある、というのはヴァイツ帝国にとってこの上ない朗報になるだろう。困る者はいないよ。もちろん広く知らせるつもりはないが。」
「そうね、お祭りが一つ増えるようなものよ。喜ぶことよね。」
「レオニーチェはお祭りなら外部からの参加者としてのんびり参加したいかなって思います。市場を回るのは主役だと難しいですから。……掃除を続けましょうか。終わったら買い物もあるし。」
「急ぎで必要なものがあるなら使用人を走らせて購入することもできますわよ。」
「いえ、今回は変装して買い物しに行くという名目があるので参加できているので、買い物は私がしないとダメだったりします。買い物の資金を当日に入手するとは言ってないだけで。」
「あら、つまり、今は『買い物をするためのお金を入手するための掃除だから買い物の時間』ということになっているのね。……大丈夫なのかしら、それ。」
「買い物の手段は問わないと許可をもらっているので大丈夫です。特別に長めに時間いただけました。」
(バレたら困るのはレーナにだけど、今回アル様には口止めしてるし大丈夫だよな!)
「それではせめて、掃除が終わった後に変装を手早くできるように侍女に待機してもらいましょう。侍女たちもきっと磨いた腕前を披露できて喜びますわ。」
「それならお願いします。せっかくですし。」
(今日も着付けのテクニックを学べそうだな!孤児院で年少組にお古のドレスを着せるときに使えるかもしれない、まああいつらの場合はじっとさせるのがまず難しいんだけどな!)
「清掃参加者が掃除の後に休憩できるよう、軽食や飲み物を準備させていたのだが、急ぎの予定があるならそちらを優先したほうがいいかもしれないな、残念だが。」
「……! いえ、少しなら大丈夫です、帰り道を少し急げばいいだけですし。」
(タダメシは逃せないぜ!バイトの後のまかないは癒されるんだよなー。タダというのはいいことだ。)
「あら、それは楽しみね。兄妹3人で食事会なんていつぶりかしら。」
「今日からなので今日が初めてですねお姉さま。」
「あら、そうだったわね。なぜだか初対面な気がしなくて。ほほほ。」
「そうですね、なぜだか同じ学校にずっと通っていたような気がします。」