血風録
長々と書きすぎて迷走して来たので、一部抜粋です。
北海道アイドル北乃カムイ様のホームページはこちら。
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アルルカン平原
深夜一時
「ヴァーカス坊っちゃまー! ヴァーカス坊っちゃまー!」
月の無い漆黒に塗り固められた様な平原を一人のメイド姿の少女が不可思議な乗り物に跨り疾走する。
メイド服のスカートをひるがえし、目深にかぶった鉄製のヘルメットの下から主人の居ると思われる小さな篝火を目標に深夜の平原を疾走する。
足下を照らすのはランタン一つではあるが、馬などは問題にならぬ程のスピードで疾走するその不可思議な乗り物は人の跨る部分は馬を模した工作をしているが脚は無く。
代わりに大量の空気とそれに弾かれた砂煙を纏っている。その異様を見た者は誰もが脚の無い馬としか言い様が無いが、考案者であるヴァルカス・ファーライトはホバークラフトと名付けた。
「ヴァーカス坊っちゃま!」
メイドの少女はホバークラフトを乱暴に乗り捨て、主人の眠る酒瓶の散乱した野営天幕へと駆け込んだ。
「リムル。俺の名前はヴァルカスだといつも言っているだろう」
「坊っちゃまの言う通り見張りの数が半分に減りました!」
早い時間から寝込んでいたヴァルカスは一つ大きく伸びをすると辺りを見回した。
「そりゃ日がな一日肉焼いて酒飲んで騒いでいる連中相手に真面目に付き合う程奴らも暇じゃ無いんだろ? カムイは何処に行った?」
「物資運搬用の箱の中じゃないですか?」
リムルと呼ばれた少女は些か冷たい態度で手近な木箱を蹴り上げると、猫の尻尾を踏みつけた様な悲鳴の後に木箱の中から猫型獣人族の少女がむっくりと起き上がった。
「危なかったにゃ、気配を探り事前に蹴られる事を察知していにゃかったら後頭部に握りこぶし大のタンコブが出来るところだったにゃ」
頭頂部の猫耳をぴこぴこと動かしながら、後頭部のタンコブをさするカムイ。
「いいからヨダレ拭きなさいよ!」
ぐしぐしと服の袖でヨダレを拭うカムイにリムルが雑巾を投げ渡す。
「まだ真夜中だにゃ、飲み会の続きかにゃ?」
「本番だ。北乃衆を全員起こせ出陣だ」
「北乃衆は寝て居るにゃ、それにこんな夜中に仕事をするのはバカのすることにゃ」
いそいそと箱の中に戻り、寝直そうとするカムイの耳を摘まみ上げる影が現れる。
「北乃衆百人はいつでも戦闘準備は出来ている。カムイ頭領」
「だー! 耳を引っ張るにゃカグラ! それに北乃衆はスピードと隠密性が売りの戦士達にゃ! 砦に引きこもって鉄鎧を着込んだ連中とやり合うなんてバカげているにゃ!」
北乃衆頭領カムイが指差すのは焼肉パーティ会場から僅か一キロメートルしか離れていない石造りの巨大な要塞である。
ヴァルカスはカムイの抗議にニヤリと笑い、カムイの耳元で囁いた。
「北乃衆に頼みたいのは刈り取りだ。畑の野菜を刈り取るよりも容易い仕事だから心配するな」
「刈り取り? 何を刈り取れば良いのかにゃ?」
ヴァルカスはカムイを筆頭に居並ぶ獣人族を見渡した。
「お前達の住む森を奪いに来た奴らの首だ! お前達の家族を奪った奴らの首だ! 悔しさに悶える家族や友人の魂を解放するには奴等の首が必要だとは思わんか? 奴等の身体の自由は俺が奪ってやる。身体の動かぬ人形の首なぞ畑の野菜同然だ!」
ヴァルカスの気合いを受けても練兵された兵達の様に揃いの声をあげる事は無いが、一気に膨らんだ殺気とナイフを握り締める静かな音が彼等の気合いの表れだった。
「カグラ、身体の自由を奪われた兵士達のとどめを優先。砦内の略奪は好きにしてかまわないが打ち合わせ通り夜明け前には撤退してくれ、攻撃開始の合図は俺が出す」
「心得た」
「どうして頭領のアタシじゃなくて、頭領代理のカグラと打ち合わせがすんでるにゃ?」
頷きあうヴァルカスとカグラに挟まれて、頭二つ分目線の低いカムイは納得し難い様子を見せる。
「ファーライト十三小隊バルーン展開始め!」
軍の中では火土水風の四属性結界の内最も意味の無いとされる風の結界バルーン。人は勿論のこと、弓、攻撃魔法、全てを素通りさせる風の結界は人々からは「バルーン」と揶揄されているがヴァルカスだけは風の結界の意味を熟知していた。
砦付近に潜伏させていた四人の外れ属性の風使い達が砦を覆い尽くす様な巨大バルーンを展開するとバタバタとその場から走り去る。
砦へ向かうヴァルカスとすれ違い様に展開完了の報告をすると振り向きもせずに後方へと下がって行った。
「四属性の内で最も凶悪な属性は他の何者でも無い。風だ。バルーンが唯一通さない物、それは気体だ」
ヴァルカスが展開されたバルーンに手を突っ込むと手の平を大きく広げて大きく叫んだ。
「form carbon monoxide! 〈一酸化炭素生成〉」
ヴァルカスの手の平から吹き出す気体はバルーンの中を見る見る間に満たして行くが色も匂いも無い気体の空気中濃度を測る術はないので目測で見当をつけるしか無い、目測の基準となるのは人の死だ。
門前に突然ふらりと現れた男が外れ属性である風の魔法を使って砦の警衛兵に風を吹き付けて来たのだ。蒸し暑い夜に何かのサービスかと思いはすれど、攻撃とは思いもよらずに立ち尽くすしか無いのは詮無い事だろう。
「お、おいお前……」
警衛兵が一歩二歩とヴァルカスに近づくと突然頭痛と吐き気が警衛兵を襲い、その場でパタリと倒れて動かなくなる。
「この規模だと一%満たすのも結構酷な話だな……」
数十分も経った頃に砦裏門を監視していたリムルがホバークラフトで戻って来た。
「坊っちゃま、裏門の警衛兵の無力化を確認しました」
「よし! 気圧配置開始!」
「気圧配置完了しました」
完了号令の後に草原を走る風が雑草達を揺らし草原がにわかに騒がしくなる。
「バルーン解除!」
「バルーン解除します!」
砦を覆う一酸化炭素の詰まったバルーンが弾け飛び、淀んだ砦の中の空気を洗い流した。
「北乃衆潜入開始! 頭痛や吐き気を感じた者は速やかに風上へ移動するように!」
「我ら北乃衆の出番が来たぞ! 突入!」
カグラの号令と共に先頭を切って外壁に取り付いたのは頭領であるカムイだ。
「北乃衆頭領! 北乃カムイ参る!」
平地と変わらぬスピードで外壁をよじ登り、内側から頑強な門を開け放つと百人を数える北乃衆が音も無くなだれ込んだ。
「まるで忍者だな」
ニヤニヤと北乃衆を眺めるヴァルカスに言葉の意味が解らないリムルが首を傾げる。
「ファーライト十三小隊! 北乃衆に遅れを取るなよ! 美味しい所を全部持って行かれるぞ!」
ヴァルカスの号令にあちこちに隠れているどう見ても兵士に見えない小隊の面々がオドオドと顔を出し、ヴァルカスの後に続いて砦の中へと入り込む。
もっともこの後砦の中でする仕事と言えば、高々と掲げられた帝国旗を引きずり下ろし、王国旗と彼等ファーライト十三小隊旗を並べて掲げ直す事だけだ。
しかし、この仕事が彼等王国のお荷物ファーライト家のバカ息子率いるポンコツ小隊と外れ属性として人々から忌避された風魔法の輝ける軌跡の始まりであった。