ショタコンは天国にいます
私はこの時、弱冠8歳にして、天命が下った。青天の霹靂である。
気が付いてしまったのだ。
自分が前世でやっていたゲームに登場する未来の悪役令嬢のキャラクターで、ヒロインがどの攻略対処を選んでも将来は身の破滅の予定である、という事実に。
―――ひいては、現在、前世・ショタコン(末期)、今世・ショタコン(覚醒)たる私が、きらきら純真無垢なショタ達に進行形で囲まれている、という奇跡に。
私は抑えきれないリビドーを、噴水のような鼻血と言う形でこの世に顕わした。
「ガーネットねえさま!?」
視界の隅に、少女系ショタの困惑顔というプレミアムレアショットが写ったのをばっちりと脳裏に焼き付ける。
現像できないのが非常に悔やまれた。
そして私は誰にも見つからないようこっそりとサムズアップしてから、私は弟が私の名前を死にそうになりながら呼ぶのにも気づかず。
先ほど作った血だまりの中、私の後頭部を床に熱烈歓迎させていた。
***
ショタ。
ああ、ショタ。
響きだけでもなんてすばらしいのだろう。
発音からして、まるでショタが舌っ足らずにしゃべっているようではないか。
語源は某・正太郎くんでこの世界には正太郎君はいないだろうとは思うものの、ショタがショタである事実はそんな問題を問題にすらしない。
ショタはショタゆえにショタとは誰の言だか、私にとっては至言である。
記憶がよみがえってから早2週間。私は王族も通う学園の幼等部に通っている、花も恥じらう8歳だ。
つまり、周りにいる同年代はすべからく、ショタとロリなのである。なんと素晴らしきかな、我が人生。
そして、私が現在いるこのポジションは、ショタコンならば地を這ってでも行くべき、垂涎の場であるとショタコンたる私は断言する。
今のところ、この楽園は私のみの占有地である。全世界のショタコンが聞いたら血の涙を流して私のことを呪うことだろう。
ざまあ、今ここは私だけのものだ。ふふふ。
……そんなことを妄想していると、目の前にとあるショタが現れた。
「ガーネット」
「……なんでございましょう、リチャードさま」
なんとまあ、よりによってリチャード王子である。ポ○モンでいう伝説のポケ○ンのような存在のはずだが、私の前にはしばしば登場する。
なんだ、私はサトシか何かか。1クールにいっぺんは出会っちゃうのか。
勿論王子と言うだけあって、この国で一番身分の高いショタである。
そして彼は私が目にしてきた中でも極上のショタだ。
なにしろ、頭の先からつま先まで、見事なまでの設計されっぷりで、金糸のように艶めいてかつサラサラな髪に、サファイアのような煌めく瞳。
未発達な生足は、ショタたる象徴の半ズボンに惜しげもなくさらけ出させられ、声も小鳥のように澄んで美しい。
あまりの素晴らしいショタみにうっとりとして、相手は王族だというのに半テンポ程返事が遅れたが、それもご愛嬌と言うものだ。
王子は現王陛下の第一子。まだまだ現王陛下も健在とはいえ、王弟をはさんで王位継承権第2位という将来超有望なショタである。
彼は弱冠9歳にして、王位継承権以外にも多くのものを背負っている業の多いショタで、その見事な頭脳は7歳~18歳が通う学園の全課程のうち、ほぼすべてをすでに終えているのだとか。
加えて運動も魔術もよくお出来になり、彼は神秘的なほど美しい外見と相まって、神童と呼び名が高い。
「そなた先日、邸で倒れたと聞いたのだ、その後大事ないか」
そして、一介のショタコンたる私にまで気を使ってくださるという、パーフェクトマインドの持ち主。
王族と言う重圧からか、詰め込み学習の弊害か、9歳にしてはいささか表情の硬い彼だが、心は海より深く空より高い、素晴らしい方なのである。
私に言わせれば、少し背伸びをしたショタは何より素晴らしいってことだけれども。
私は顔が緩みきって貴族令嬢の仮面が崩れ落ちそうになるのを必死に抑えていた。
「ご心配には、及びません。おかげさまで、あのあとゆっくりしておりましたら、ずいぶん楽になりました」
なぜこんな最高級ショタが私に話しかけてくるかと言うと。早い話が、私が彼の婚約者候補だからである。
なんだかんだ私も侯爵令嬢だし、主人公が彼を選択した場合、ゲーム通りなら私は彼の婚約者として登場する。
まあ、今はあくまで候補の一人に過ぎないので、私の心情としては接点があってラッキー♪と言う程度だ。
私の前世の記憶によると、悪役令嬢たる私は将来、彼の周りにいろんな嫌がらせを仕掛けて彼に毛嫌いされるらしいので、今のうちにショタを堪能しておこうと思うものだ。
ああ、まだ声変わりのこの字もないリチャード王子がちょっとだけ舌っ足らずに王族語り口調をしているという事実だけでご飯がおいしい。
神様このショタを地上に派遣してくれてどうもありがとう。
「ならば、よいのだ。あまり無理をせぬようにな」
「ありがとうございます、リチャードさま」
私が発した言と共に、厳しい家庭教師による愛のムチのもと、ようやく身に着けた優雅なレディの一礼から、すでに数十秒。
常ならばリチャード王子はここで去っていくのだが、何故かまだそこに彼はいた。
「……っ?」
「…………」
「……あの、なにかございましたか」
結局中身はショタコンおばさんである私は、転生と言うチートを持っているにもかかわらず、コミュニケーション能力、今世風に言うと社交力と言うものがかけらもない。
前世でその類の能力を培うことにすっかり失敗したからである。前世チートなんてなかったんや。
まだ今世では幼少のみぎり(笑)なので許される部分もあろうが、私は貴族である、この国の王子の婚約者候補になっちゃうほどの大貴族である。
私が思うに、貴族とは腹の探り合い、つまりコミュ力で飯を食っていくようなもの。
私は、コミュ力を身につけなくてはならない運命にあるのだ。
要は、何が言いたいのかと言うと、「今のなんか悪かったかもしれないけど何が悪かったかもわからないので見逃してください」。
しかし、無言でじっと見つめられても困惑するばかりというのも事実だ。
いつもなら卒なくするりとかわす私が、リチャード王子のイレギュラー対応で石像と化していた。
……私は見る専なのだ。
見る分はいいが、その、まさに神が遣わした美ショタに見つめられると、本当にどうしたらいいかわからない。
逃げたい。
そう思った私の心情を察したのか、リチャード王子は口を開いた。
「そなたは、私が恐ろしくないのか」
……ハイ、勘違い系攻略対象御用達のセリフ頂きました~。
前世の記憶によると、彼は幼少期他の身近なひとびとにそう訊ねてまわった時期があり、その際ひどく恐れられ詰られた彼は心に傷を負い、心を閉ざしてしまう……
というリチャード王子ルートでの回想がある。
そしてこれは、悪役令嬢たる私がこのときそんな態度を取ったことが、リチャード王子が私を毛嫌いするキッカケだったはずだ。
なんだか動きが妙だと思ったら、イベントでしたか。
ヒロインが王子と仲良くなって、それを聞く場面があったはずだ。
蛇足だが、彼はゲームに置いてはメインヒーローである。第一王子だしね。
この王子が、勘違い系(以下略)を言うのは、同年代はもとより、大人にも恐れられているせいだ。
もっとも、大人にしてみればいかに賢いとはいえまだ齢9の少年であるので、恐れられる理由は彼の身分でも、ずば抜けた才能でもない。
―――なんと、彼の目は、時折赤く色が変わることがあるのだそうだ。
王家は公表していないが、公然の秘密というやつである。目の色が変わるなんて私に言わせればとっても漫画チックでまさに「厨二病乙」だが、この世界には魔族だとか、魔術だとかがフツーに存在している世界である。
その中で赤い目というのは、悪魔が宿す色として宗教的忌避感が大変強い。
それが、王族の、しかも王位継承者が持っているとなると話がかなりややこしくなるらしい。
それがすなわち、王の直系男子であり、天才児と呼ばれの高いリチャード王子が王太子を名乗れない理由で、彼が先ほどの勘違い系(略)の発言につながるのである。
「……リチャードさまは、素晴らしい方ですわ」
だがしかーーし、ショタコンたる私が、ショタを傷つけるべくもないのだ。
愁いに満ちたショタというのも大変捨てがたいが、やはりショタはショタらしく、あふれんばかりの幸福感を垂れ流すと言うのが私のジャスティスである。
「……そうか」
王子は多分、そう答えられることを期待半分、あきらめ半分で聞いている。
建前かもしれない、でももしかしたら。そう揺れる王子に、私は笑みを深くすることで、私が心からそう思っていることを暗に告げる。
どうか、悲しまないでほしい。
私のショタコンライフの彩りとして、極上ショタは太陽のように輝いてほしい。
伝われこの溢れるショタコンハート。
それに答えるように王子は目を見開き。
「―――ッ」
……そして顔を反らした。悲しみ。
ショタコンハート成分濃すぎたか。
ショタコンはショタコンでもまっとうなショタコンのつもりである私は、私はショタを性的に好んでいるわけではない。神聖視しているだけだ。
少年合唱団の澄んだ歌声が響く聖堂になりたいだけだ。
これが私の全ショタへ向けた一方的な押し付けの愛であることには違いないが、ここで拒否されてしまうとやっぱりちょっとへこむ。
しかしまあ、アレだ、ショタの心と秋の空、と言うもので、ショタの心の移ろいにいちいち反応していては、ショタコンは務まらないのだ。
ショタコンたる者、ショタの心と寄り添い、そしてショタとの適正な距離感を保つべし。
ショタコンの心得、第一条である。
「ガーネットねえさまー!こちらにいらっしゃったのですか!」
王子の顔反らしにショックを受けた私が思考をとっちらかせていると、私にかかる声が聞こえた。
私の最癒し、弟のアレンだ。冒頭に登場した美少女系ショタとは彼のことである。
私がアレンを見とめると、アレンは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「リチャードさまもこんにちは。さ、ねえさま、むかえの馬車が来ております、はやく参りましょう?」
「ではリチャードさま、御前失礼いたします」
なんとなくリチャード王子をぞんざいに扱う弟にハラハラしながら辞去の礼をした。
ちらりと王子の様子をうかがうが、しょせん5歳児の言動である。あまり気にはしていないらしい。
「ああ、ではまた」
そう言われて私は咄嗟に顔を伏せて再び礼を取る。
……うわあああああ!!
極上ショタ(デフォ無表情)の微笑み、いただきましたああ!!!!
ごちそうさまです!!!!!
私は危うく再び鼻血の噴水が出るところを気合で回避した。本当に危ないところだ。
あと一瞬でも顔を伏せるのが遅れていれば、きっと私のレディとしての面目は丸つぶれだったことだろう。
***
気づいたらアレンと馬車に乗り込んで帰路に着いていた。ここまで来るのに全く無意識だった。
つい二週間前まで、年相応かついかにも貴族令嬢な高慢ちきな少女だった私だが、アレンの懐きようからもわかるように、アレンに対しては今と同様に溺愛していたようである。
ちなみにアレンルートでの私は、見事にアレン可愛さのブラコンとアレンの美しさへの嫉妬をこじらせ、まるでアレンの恋人のように振る舞いその結果。
多方面から粛清・断罪されるのだ。
いくらアレンが良いショタだからと言って、実の弟を恋人扱いとは、それはショタコンである私もドン引きである。
「ガーネットねえさま、僕の話聞いている?」
アレンがむくれ顔でこちらを覗き込んでいる。かわいい。
その様子では、すでに家までの道中の半分を来ている間、おそらくいろいろとお話をしてくれていたに違いなかった。
が、悪い弟よ、ショタコンの姉は極上美ショタの激レア微笑みの爆弾のリフレインから逃れられないのだよ。
あれは本当に凄まじい破壊力だった。
しかしこの、口を尖がらせているアレンもまた、素晴らしきショタなのである。
リチャード王子を太陽とするなら、アレンはさしずめ月のような美しさだ。
月の光を溶かし込んだような白銀に近いの金髪はさらさらで触り心地がよさそうだし、空の青より澄んだアイスブルーの瞳は見ていて吸い込まれそうになる。
アレンはまだ5歳にもかかわらず、アレンの外見に惑わされて、まるで姫君のように扱う大人たちも少なくない。
ちなみに、長ずると彼もまたヒロインの取り巻きの一人になるが、今の彼はれっきとしたショタであり、なにより私の大事な弟だということだ。
未来がどうなろうと、そのことに変わりはない。
「ごめんなさいね、少しぼんやりとしていて」
そう素直に告げると、アレンは先ほどまでのむくれた態度を一転、泣き出しそうな顔をし始めた。
……その理由がわかるだけに、罪悪感が半端ない。
「……ねえさま、どこか痛いの?」
先日の「記憶がよみがえってぶっ倒れちゃったよ事件」以来、アレンは私に対してちょっぴり過保護気味である。
目の前で血を流しながら倒れたのがよっぽどショックだった様で、幼子にトラウマを植え付けたのは大変申し訳なく思っている。
先ほどの王子に対する不敬ともとれる態度も、私への心配の延長なのだろう。
そんなショタもグッジョブです。
「なんともないわ、ありがとうアレン」
気遣いがくすぐったくて微笑んでアレンに礼を述べる。
それを受けてアレンはまるで花がほころぶように笑った。
そんなこんなでほのぼのとした空気が漂う馬車内だったが、いきなりの急停車で、私もアレンも体勢を崩す。
私も思いっきりシェイクされたが、アレンの頭を抱え込んで確保した。
ショタの頭大事。
「どうかしましたの」
御者に声をかけると、顔を真っ青にしながら御者は私たちに謝り倒し、そして原因を伝えてくれた。
どうやら、子どもが急に飛び出してきたらしい。
アレンの様子を見ると、激しく揺られたせいで少し気分が悪いようだが怪我はない。
アレンに少し休むように言ってから私は馬車から顔を出した。
「私たちにけがはないわ。その子は?」
御者は少しほっとしたようにしてから、私を馬車から降ろしてくれた。
寸でのところで止められたものの、子どもは起き上がらないらしい。
ぶつかってはないと御者は言っていたし、目立った外傷はない。何か別の理由なのだろうか。
こちらは貴族であるのできっと無視していってしまうというのもありなのだろうが、私はショタコンである。
子どもを助けないという選択肢は私の中にないのだ。倒れている子どもはアレンと同じか少し下の年頃だろうか。
ピクリとも動かない様子がなおさら不安になる。
私は倒れている子どもの下に向かう。
すると子どもの名前を呼びながら必死に揺り動かす少年が目に入った。私は顔を思わずしかめてしまう。
「それ以上揺するのはおやめなさい」
声をかけて子どもに近づくと、少年は子どもをかばいながら私を睨みつけてきた。
なかなか良いショタであるが、今は構っている時間がない。倒れている子どもの顔は真っ青だ。
「あなた、この子の知り合いね?何か最近様子がおかしかったことは?」
「は?それが何の関係が?」
「いいから質問に答えなさい」
多少高圧的だが、そうでもしないと少年は素直に答えてくれなさそうである。
「さっきまでは元気だったんだ。逆に妙に元気なぐらいで。何かが見えるとか、少し変なことも言ってたけど、そんなのいつものことだったし。
病気だってせいぜい流行風邪ぐらいで、最近はほとんどしたことない。だからなんで倒れたんだか、俺にはさっぱり見当もつかなくて……」
少年は顔を白くして子どもを見つめた。弟なのだろうか。
私も弟を持つ身としては非常に身につまされる。
「最近どこかに頭をぶつけたことはない?」
私は医学系でもなんでもないが、少年が語る子どもの様子と額のたんこぶにとある原因が思い浮かんでいた。
「……昨日戸棚にぶつかってた、と思う。こぶができて痛がってたけどその時は平気だったんだ」
――脳出血。何らかの外傷などでじわじわと脳内で出血がたまって、それにより脳の障害が起きる。
生命活動を維持するのが難しくなるほどの症状が出てからなってからでは、前世の進んだ医学でも間に合わないことが多い。こうなったらスピードが命だ。
しかし私は素人で、この子が動いていた時の様子を見聞きしていたわけではない。
いちかばちか、急いで子どもの頭に手を添え、魔言を唱えた。
少年はぎょっとしたようにこちらを見たが、気にしている余裕はなかった。
私の手から柔らかな光がにじみ出て、子どもの頭を包む。私はそれを確認し、目をつぶって術に集中した。
なんせ、この術を維持するだけで今の私にはかなりの集中力が要求される。
「……癒術……!」
少年が息をのむようにつぶやいたのが聞こえた。
私が行使している術は、「癒術」と広く呼ばれる生命へ働きかける回復魔術だ。
光魔術の一種で、完全なコントロールには途方もない技術と、精神力が必要とされ、そもそも適性の少ない光魔術のなか、その使い手は非常に稀だ。
少年が驚くのも無理はない。
逆にめったに見ないのでよく知っていたなとすら思う。
……ちなみに、このゲームのヒロインは、その世界最高峰の使い手としてゲームの終盤事件に巻き込まれ(嫉妬した私が画策)、解決する(自爆した私が自白)。
何が言いたいかと言うと、私にはヒロインほどの光魔術への適正がないのだということだ。
私が癒術を展開できるのはわずかな範囲に限られるし、その範囲を逸脱するような、そして私の魔力では補えないような大きなけがや病気に対してでは、私の術では効果は薄い。
――しかし、癒術は光魔術、神の領域のものだ。光魔術では神への真摯な祈りや感謝が、より効果を高めるという。
光魔術が技術や才能のほかに、精神力も求められるのはこういった理由だ。
助からないかもしれない。所詮素人の見立てだ、もしかしたら見当違いなことをしているかもしれない。
しかしやってみる価値はある。
私は、子どもの回復を願い、無心で術を使い続けた。
「……ッ」
私の魔力が底をつき始める頃、次第に子どもの顔色がよくなり、呼吸も安定してきた。
なんとか命をつなげたらしい。
しかしここで安心してはならない。
術の感覚的に、まだだ、と私は直感していた。しかし魔力はつきつつある。
魔力は生命活動に必要な力の素でもあるから、それを回せばまだ続けられるだろう。
そう思いながら癒術を続けていると、ふいに背中に温かいものが触れ、そこから魔力が注がれていることに気付いた。
「……あなた」
「俺にはそんな魔術使えないし、あんたが倒れたら困る」
少年は、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子だ。
どうやら少年は私の魔力がつきかけたのを察して、魔力をこちらに受け渡してくれていた。
魔力の受け渡しには非常に繊細な魔力操作が必要になる。
例えるなら、動く小さな穴に寸分違わず針を何度も通すようなものだという。
どうやら、彼は魔術的才能において、大変な有望株のようだ。
「ええ、ありがとう」
私は彼に礼を述べてから、術に再び集中する。
それからどれほどの時間が経ったろうか、近くに住む町医者がどこからか引っ張られてきた。
どうやら子供の関係者らしく、非常に泡を食った様子だったが、子どもを診て大事ないのを確認したらしい。
私に米つきバッタのようにぺこぺこと礼を述べ、先に子どもを連れ帰って行った。そして取り残されたのは少年と私である。
「その、……ありがとう」
「いいえ、当然のことをしたまでですから」
少年と子どもは、やはり兄弟だったのだそうだ。
一緒に買い物をしている最中に、ふらりと馬車の方に倒れる弟。少年は肝をつぶしたに違いない。
無事で何よりだった。ほっとしている少年を思わず観察してしまう。
私はショタコンだからしょうがないよね。
少年は幼いながらも整った顔立ちをしている。きっと将来男前になるだろう。奇跡の美ショタたる王子やアレンとは違った方向性だ。
濃い紺色の髪が動きやすいように短く刈り込まれており、それに合わせたような深い青の目は、既に精悍さを感じさせる。
一言で表すなら成長前の男の子、まさに正統派ショタである。
すっごい美形なわけじゃないけど、きっと成長すれば男前になっていろんな女の子を蕩けさせるような雰囲気もある。
ショタコンたる私の成長後ショタの予想図は大体はずれはしないのだ。
うん、奇跡の美ショタもいいけど、こういうショタショタしいザ・少年ショタもいいねえ。
「この借りは返す」
私は思わず変な顔をしてしまった。
「あなたの魔力なしには助からなかったのですし、そうお気になさらず」
「弟の命の恩人に恩を感じて何が悪い」
悪かないけど、我、貴族ぞ?侯爵令嬢ぞ?
一般庶民っぽい少年に何ができるというのだろうか。
……顔に出ていたらしく、私は少年にぎろりと睨まれた。
「必ず、借りは返すから。覚えとけよ」
なぜ感謝されている相手に睨まれて脅されているのだろう。
困惑していると、私を呼ぶ声が聞こえた。アレンだ。
「ガーネットねえさま……!!」
弟アレン氏、泣きそうである。
この美ショタを泣かせたら、私は外的にも死亡フラグが立ちかねない。
何よりショタコンたる私が私を許せなくなる。私はあわててアレンに近寄る。
「アレン、具合は?」
「ねえさまのおかげで、怪我はありません」
「……まだあんまり、よくなさそうね」
顔色の悪いアレンを抱きかかえる。
アレンの潤んだ目にイケナイ方向に目覚めそうになるが、グッとこらえてショタらしくつるりと丸いおでこを触ると、少し熱を持っていた。
よくないな。
魔術を使おうにも、先ほどのでほとんどすっからかんだ。
そもそも外傷と違って病気や疲労には癒術は効きにくい。
早いとこ家に帰ってベッドに寝かしてやらねば。
「馬車を出して」
「おい、話はまだ」
「弟の具合がよくありませんの。ではごきげんよう」
弟を引き合いに出されるとやはり少年は弱いらしい。
そりゃそうだ。
急いで家に帰り、使用人にアレンを預ける。
私は先ほどの騒ぎで泥まみれ、汗まみれになったのでシャワーを浴びることにした。
自分の魔力が底をつくほどに魔力を行使したうえ、他人の魔力を受けるのは、受け渡す側ほどではないだろうが疲れるものだった。
風呂場に着くと令嬢らしからぬ動きでドレスを脱いでいく。
使用人たちが私の様子に慌てて止めようとしているが、気にしない。
前世の記憶がよみがえってから、家族と使用人以外の目がないところでは、あんまり令嬢らしく振る舞えなくなってしまった。
中身がショタコンおばさんなのだ。とり繕うのも面倒くさい。
「お嬢様、もう少しお待ちくださいませ!」
「なぜ?」
なんだか今日はやけに行く手を阻む使用人が多い気がするが、なんだろうか、まだ湯が張れていないとか?
洗いながら待つから別に気にしないのに。
体を洗う用のうす布を片手に、風呂場の戸にいざ手を伸ばすと、戸は私が触れる前に開いた。
……そう、開いてしまったのだ。
「……ヒュ~、ガーネットったら大胆~」
私が声にならない叫びをあげていると、目の前に現れた奴はそんなことを言っていた。
なぜこいつは、真っ昼間からよその家の風呂に入っているのだろうか。
私は思わず風の魔術で外へ放り投げた。
さっきまで魔力はほとんど残っていなかったというのに、火事場の馬鹿力というやつか。
「お嬢様!ご無事ですか!!」
ご無事ですわ、身体的にはな。
心のダメージは計り知れない。
私はそのままひっくり返った。魔力が本格的に底をついたようだ。
「お嬢様ーーー!!」
近くにいた使用人が叫んでいるのが聞こえるが、もう知らない。
私は心置きなくぶっ倒れることにした。
***
目を覚ますと、見慣れぬ天井……なわけがなく、自室の天井が目に入った。
魔力の枯渇症状は貧血によく似ている。目の前がちかちかして、体は非常に重い。
目は覚めたものの、起き上がる気力は皆無に等しい。もう少し寝ようかな、もうあんまり眠くないけど。
「ガーネットねえさま!」
そんな私の耳元で透るようなショタボイス。アレンだ。
甲高い変声期前の声が少し頭に響くが、アレンなら許す。だって私の弟だから。
「ガーネット、起きた~?」
だがお前は許さん。乙女の純情をないがしろにしやがって。
私がイラッとしたのがアレンに伝わったらしく、アレンは奴を睨みつけた。
「ごめんって~別に減るもんじゃあるまいし~」
私の心のHPが大幅に減ったわ。あと魔力も枯渇したわ!!
私はすべてのショタを愛するショタコンであると自負していたが、奴は例外だ。
確かに見てくれだけで言えば「結構なおショタで」と言いたくなるほどの良ショタだが、
中身は只の女タラシだ。
ショタとは認めぬ。
そう私のショタコンセンサーが言っている。
「いくら幼馴染とて、やっていいことと悪いことがあります」
そしてアレンは追撃の手を緩めない。さすが私の弟だ。
奴、ことグレイ・イリアスは私と同い年にして、私とアレンの幼馴染だ。
私達の母上とグレイの母上がいとこ同士で大変仲がよく、小さなころからグレイは奴の母上に連れられちょくちょく館に顔を出していた。
最近は非番の護衛たちに混ざって鍛錬するのがマイブームらしく、おそらくそれを見かけた私たちの母上が汗でも流していきなさいと言い、人んちの風呂場で鉢合わせる流れになったのだろう。
「俺が先にいたのに?」
まあ、確かにそうなんだけどね。
どちらが悪いか、という点では、使用人の制止も聞かずに服をぽいぽい脱ぎ捨てていた私の分が悪いだろう。
使用人たちのあの慌てようは、今思い返せばグレイがいるからだったのかもしれない。彼らには悪いことをした。
しかし、同い年の女の子のほぼ裸(前世と違って風呂に入るのにはうす衣をまとうのがここでの習慣だから、素っ裸ではなかったんだけれどもそういう問題ではない)を見たんだから、多少慌てるぐらいの可愛げを持て。
これだからプレイボーイ予備軍は。
「まあ、もし嫁の貰い手が、ってなら、俺がちゃんともらうから」
……これだから!これだからプレイボーイ予備軍は!
その言葉と共に笑むグレイの顔面の、それはお綺麗なこと。
グレイはリチャード王子や弟のアレンとはまた別系統の美形である。彼らの美を神が与えたもうた奇跡とすると、グレイは究極にデザインされたエロス、だろうか。
垂れた二重とそのそばのなきぼくろ、そして形の良い薄い唇からはまだ10にも満たない子どもから出ちゃいけない色気がむんむんだ。
つやのあるピンクゴールドの髪は自由に跳ねているように見えるが、まるで計算しつくされたもののようにも見える。
こんな8歳児がいていいのかと思わず頭を抱えたくなる。世の中って怖い。
私がグレイの中身を知らない純情な令嬢であれば、微笑まれた時点でその色気にやられてうっかり赤面しているところだ。
しかし、ここにいるのは先ほど裸に近い姿を見られた、おしめの時からの幼馴染たる私である。
「先ほどのは、事故です」
そう、あれは事故に過ぎない。大したことじゃない。
宇宙的観点から言っても、超魔術の亜空間論理から言っても、輪廻転生の概念から言っても、ちっぽけな話だ。
「ゆえに、そのお話はお断りします」
にっこりスマイル、プライスレス。
奴に、隙を見せてはいけないと本能が告げている。
先ほどからグレイは始終笑顔でいるが、なにやらきな臭さを感じる。
「……だれか心に決めた奴でもいるわけ?」
その証拠に、そう言ったグレイから表情が消えた。
美形の無表情怖すぎる。
いくらショタコンの私でもむり。
「なーんかさっきから、ガーネットの体からも、魔力からも、変なにおいがするんだよね~。ガーネットのいい匂いじゃない、俺の知らない男の匂いが」
何言ってんだこいつ……という真顔をしたくなるのを一生懸命抑える。
実際ちょっと混じっちゃったかもしれない。
ちらりとアレンも不安げにこちらを見た。
「ここに来るまでにちょっとした事情があっただけで、大したことではございませんわ。あなたに、それを伝える義理も道理もございませんし」
ショタコンたる私が、ショタを助けて何が悪い。
そして、私は侯爵令嬢だ、国民たちにのうのうと生かされているただの子どもだ。
少しぐらい身を張って国民を助けて、何が悪い。
まるで奴がそれを悪いことのように言うので少しカチンときた。いくら見てくれが美ショタとはいえ中身がグレイなので、奴に私は容赦しない。
それに私は疲れてぶっ倒れたのだ、早いとこ出てって休ませてほしい。
アレンは別にいいけど、グレイがいたんでは休むものも休めない。
「グレイ様、その辺で」
私の顔色の悪さに、控えていた私の筆頭使用人がグレイに声をかける。
本来であれば家人の客人であるグレイに声をかけるのは控えるべき事柄だが、そうは言ってられないほど私はひどい血色らしい。
そしてその横に立つアレンの顔色もひどい。
早く休ませて差し上げろ。
アレンの美が損なわれたら我が家が国から追放されかねない。
「たかだか変態使用人の分際で」
「お言葉ですが、わたくしはこの家に仕える者ですので。いくらグレイ様とはいえ、この家の方を害そうとなさるならばそれ相応の対応をさせていただくというものです」
もう喋りたくない私に代わって、つらつらとグレイに物申す使用人ちゃん、GJ。
あんまり年も変わらないはずなんだけどなあ。
使用人ちゃんはマリアと言って、名は体を表わすというほど聖母のような精神を持っている美人さんな使用人である。
自分でいうのもなんだが最近様変わりしてしまった私にも、前と変わらず仕えてくれているよい子だ。
きりりと強い光を湛えた瞳は、彼女のおしとやかでありつつも強さを感じさせる、とてもすてきで私の好きなポイントである。どうやら彼女はなにか隠し事をしているようだが、無暗な詮索はすまい。
そもそも何か重大な秘密があったら私に仕えるなんてお父様が許すわけがないし。いつか私のことを信頼してくれたら、きっと話してくれると信じている。
なにせ、数少ない私の側にいてくれる同年代女子だからね。仲良くしたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、そんなことを言われたにもかかわらず、グレイはマリアちゃんをぐっと睨みつけてその場に立ち止まったままだ。
私はしようもなく、グレイに声をかけた。
「わたくし、もう疲れてしまって今日は休みたいんですの」
お分かり頂けるかしら、と笑顔で言えば、グレイはぐっと息を詰まらせた(だじゃれではない)。
ようやく私の本格的な不調に気づいたらしい。
起きてからこちら、出ていた魔力の枯渇症状(めまい吐き気微熱)が出っぱなしどころか強まるばかりで、もう平気で起きていられるほど私に体力はなかった。
侯爵令嬢舐めんなよ。
自室のベッドだし、看護の用意も整っているようだし、もう起きている気もない。
「……俺の見てないとこで、つまんねえ無理すんなよ」
無理させてるお前が言うなと言わんばかりのマリアちゃんをガン無視し、グレイはようやく退室していった。
どっと疲れた。すぐさま寝っころがった私を、マリアちゃんは丁寧に暖かい濡れタオルで拭きあげてくれる。
私はその天にも昇る心地よさに、あっという間に睡眠の世界に引きずり込まれてしまった。
***
ここは虚構のなかのかもしれない。あんなキラキラショタが一堂に会すなど、正直奇跡か偶然にするにはあまりにも脚本立てられすぎている。
しかし、ここに生きる私たちにとっては全てが本当だ。
ショタに出会えた喜びも、ショタに会えない痛みも、全てがリアルだ。
ゲームにおける私ことガーネットは、たいへんな働き者である。
最初の分岐でどのルートを選ぼうとも、そのヒーローの恋人、婚約者、もしくはそれに類する者として主人公の恋路を邪魔するお邪魔虫キャラで、スチルの使い回しがプレーヤーの周回プレイをさらに作業化させるのだが、今それは置いておいて。
よく考えても見てほしい。
ゲームの中ならばそれもあったことだったが、現実世界では。
悪役令嬢たる私とヒーローがなにがしかの関係を持つ方が、ヒロインがヒーローを選ぶよりも時系列では常に先に発生する。
つまり、ヒーローを選ぶ権利は、ヒロインではなく、私の手にある。
私が該当ルートになって身の破滅を防ぐには、どのルートも選ばなければいい。
幸い私にはこのゲームを前世で楽しくプレイしていたのだ。ところどころ抜けもあるが、おそらくは大丈夫だと思う。
念には念を入れて、ゲームの終幕になる18歳までは誰とも恋愛をするつもりはない。
前世も含めて長ーい喪女歴を更新する羽目になるが、だからと言って自分が死ぬ羽目になるのは御免こうむりたいものである。
まあ、回避できればまだ18歳でガーネットは美人なのだし、何とかなるだろう。不治の病だけど。治す気もないけど。
***
―――そんな悠長なことを言っていられたのはそのぐらいの時までだったと、過去の私を思って言っておく。
攻略対象は、攻略対象と呼ばれるだけあった。
メインヒーローの手管はメインヒーローを張れるだけあったし、かわいい身内は羊の皮を被った狼だったし、魔術馬鹿は全力でこじらせてくるし、幼馴染の病み方は現代医学と法律なしに勝てないし、……油断していたところに思わぬ伏兵もいたし。
拝啓、昔の私へ。
ショタがショタでなくなった生活はうるおいに欠けるものがありますが、なかなか愉快に暮らしています。
ただ、あの頃のショタ祭りが今の心の支えです。全力で楽しんでください。
では体には気を付けて。敬具。
①王子然王子許嫁(一個上)(前世攻略済み)
②美少女ショタ弟(二個下)(前世攻略途中)
③魔術特化男前ショタ(二個上)(前世未攻略)
④武術特化ヤンデレチャラ系ショタ(同い年)(前世攻略済み)
⑤ステルス特化男の娘侍従ショタ(二個上)(隠しキャラ・前世未攻略)
の五本立てでお送りしました。
追記:たくさんのPV、評価、ブックマーク、感想ありがとうございます!精進いたします。