まずは逃げます
「早く起きなさい、早く起きなさい」
誰の声?
俺は……?
そうか、今異世界か。
やはりまだ三日もたっていないからか、異世界にいるという実感にまだ慣れていない。
早く起きる?
冗談じゃない。
まだ眠い。
俺は……?
「死にたいの? 命落とすわよ。敵兵よ」
敵、兵?
何で?
そんなのいるわけ……?
「仕方ないわね……」
そうして、ぶん、と大きな音がして、俺の体は宙に舞った。
そう、宙に。
一回移転したのか、いやもっとしたかもしれない。
そんなのカウントする暇がない程のスピードで。
俺生きているのか?
そう疑うほど強烈な一発だった。
いいや、キックでないだけましか?
「起きた?」
そう訊かれる。
これで起きない訳ないだろ?
「ああ」
俺は首を縦に振った。
「敵兵は多分……この周囲には一〇人はいるわね」
じゅ、十人⁉
この周囲だけで?
こっちは二人。
しかもただの人間と、魔法の使えない魔法少女の二人。
敵兵、と呼ばれるだけあるし、おそらく銃とか剣とか持っているであろう、と予想される。
そんなの、二人で勝てるのか?
不安だ。
喧嘩なんてまともにやったことがない。
最後に人を殴ったのはあれだ……小学生の頃。
ガキ大将に腹立てて、殴ったはず。
待てよ、ってことは俺の経験値皆無⁉
まあ、そうなんだが、勝てるわけないよね、それ。
「あんたは弱いんだからここで待ってなさい。流石にあそこの二人には気づかれずには行けないわ」
そこには二人の兵士。
手には剣が握られている。
銃のようなものはどうやらないようだ。
そして、わかったこともある。
この世界の時代は、俺たちが中世とかと呼ぶ時代のようだ。
だから、銃も剣も大して優れていない、はずだ。
ま、俺たちの時代だと剣は時代遅れだけどね。
「勝算はあるのか?」
ここで騒ぐと他の兵士にもばれるのではないか。
ここで兵士にたかられたら薄い勝算もなくなる。
「それは……あるわよ」
あるのか。
どんなものか。
どうするんだ。
そう尋ねても返ってこない。
勝てるのか、本当に。
「大丈夫よ。あたしを誰だと思っているの?」
そういえば名前を訊いていない。
名前すら知らなかったのか、俺は。
そんな中でこいつに従うとか、助けになるとか考えてきたのか。
笑いを抑えきれない。
「ちょ、ちょっと静かにしなさいよ。ばれたらどうするの? あんたまで……」
そうだな。
名前は訊いておくよ。
「そうね。あたしは……」
そういいかけた時、
「そこで何をやっている……ッ」
とうとうばれてしまった。
勝算は薄い、か。
まずはこいつを黙らせるのが先決、か。
ならば……
そう俺が動こうとしたとき、華麗な武術が披露されていた。
美しいのは動き、そして彼女の姿。
思わず見とれるほどであった。
「あんた、素人なのに勝手に動かないでよね、あんたはあたしの……」
そうして少し間をあけて、
「奴隷、なんだから」
奴隷、か。
俺は、奴隷なのか。
さっきは手伝ってくれ。
今度は奴隷か。
はっきりしないな、俺の立場。
こんなに、奴隷でありながら大事にされているなら、俺がやることは一つ、か。
「手伝ってやるよ」
この言葉は気が付いた時には彼女の耳に届いていたのである。
・・
現在地はどうやら城の中。
なんと、俺たちは城の医務室に勝手に忍び込んでいたらしい。
どうやら、戦争に行っているようで医務の人は、いなかったらしい。
でもよくそんな思いきったことができたな……。
そう感心する。
いや、俺のため、か?
俺が傷ついていたから、なのか?
そうか。俺は助けられていたのか。
なら、なおさら、助からないと申し訳ないな。
まずは戦力の確認。
魔法の使えない魔法とただの人間である俺の二人。
「お世辞にも完璧とは言えないな……」
勝算はない。
ここでの勝利は、逃げ切ること。
敵兵に関わらず、この敷地から逃げ切る。
「空を飛ぶとか、できないのか?」
そう訊くと、彼女は首を左右に振る。
「ここで空を飛んだら飛龍にやられるのが運の尽きよ。飛龍が来なくても簡単に見つかるわ。空には障害物がないもの」
流石は異世界。
飛龍まで飼っているのか。
そうか、空からは無理、か?
この疑問符は、俺の中で引っかかる点がある故のもの。
つまり、敵は空から移動するとは予想もしていないんだな。
なら、そっちのほうが安全だ。
「なあ、飛ぶ時の精度はどんなもんだ? あそこの塔に沿って飛ぶとか器用に飛べるのか?」
返ってきた答えは「できるけど……。」
なら簡単だ。
ここからは抜け出せれる。
この程度の攻略はゲームで何回もしたし、ラノベでもアニメでも何回も見たよな。
「あんた、空飛んで逃げる気なの?」
ああ。そうだが。
俺がそう答えると、
「馬鹿なの? 死にたいの?」
そう言われる。
「いいや、これが得策だ。俺には信用ないかもしれないが……済まない、力を貸してくれ。俺も死にたくない」
やっぱり死にたいのね、そう言い返される。
「いいわ、あたしもその時は一緒よ。だって、あたしは……あたしはあんたのご主人様よ。あんたはあたしの奴隷。ってことは、あたしはあんたのご主人様。奴隷の失態はご主人様の失態よ。だからあたしはあんたの失態を一緒に背負うわ」
こいつ、ここでも文句かよ。
でもこいつらしいな。
こんな文句が心地よい。
俺、引っ越してからは文句すら言ってもらえなかったからであろう。
何がともあれ協力を無事得ることができた。
問題はここから。
「お前の国の方位は?」
そう問うたら、「あっちの方角。」と返ってくる。
大体で見たら、塔の方向か。
彼女が指した方向には高い塔があった。
よく、時計塔、みたいなものをアニメとかアニメとかで見かけるがそれに類似したような塔であった。
すみませんね、アニメでしか例えることができなくてねッ‼
そんでもって、その塔は……よくアニメで塔に上っているシーンがあるが、それで人よりも大きな時計が描写される。そんな感じの時計。
これも同じく(以下略)。
本当に西洋。
マジで西洋。
ザ・西洋。
そうしか表現できないものであった。
塔の高さは三十メートル……いや五〇メートルくらいか?
そう、とにかく高い。
このくらいでないと作戦は成功しない、か。
中の床が石でできていたのは解っていた。
外で見たからわかったが、城は西洋風である。
勿論石造り。
結構頑丈な造り……か。
少々ぶち当てても問題ないだろう。
俺たちは医務室から出たところ……。医務室は安全な場所に位置する、か。だから、俺たちは中心部に近い位置にいるはず。
距離は……二〇〇メートル程度か。
敵兵はその間に地上に三〇人? そんなところか。
そして、作戦を彼女の耳元で囁く。
「わかったわ」
そんな彼女の了解の声とともに作戦が開始した。
・・
彼女の持っている精霊結晶の中の閃光弾――彼女によると光の下級魔法らしいが、それを俺たちとは離れた場所で使う。つまり、光魔法の精霊鉱石を投げる、ということだ。その際、ある程度大きな音を立てさせるため、魔法を何か使う。この魔法については俺の知識外となるため彼女に一任した。
その後、その閃光弾――光魔法をぶっ放した場所に注意が向いているうちに俺たちは上空に、城に沿って目立たないように上昇。そして、塔の部分――つまり城で最も高い位置まで移動したら、そのまま上昇して逃げる――そのような作戦を立てた。
このときの注意点としたら……閃光弾を、俺たちをはさんで城の反対側に投げるということだ。そうしないと俺たちが照らされてしまうことになる。
その注意も促して、彼女と脱出作戦を遂行する。
この作戦は成功する
俺の勘が言っている。
先の戦いで俺には少し先しか読めないが、未来予知の能力のようなものがあるとわかった。
では、その俺が、成功すると考えたらどうであろうか。
成功するに決まっている。
俺の能力は未来予知。
未来を予知できる者が成功すると考えたならそれは成功の一択であろう。
「じゃあ、俺たちの脱出劇を始めるか‼」
この合図で閃光弾を投げた。
そして同時に魔法を放つ。
『エクスプロージョン‼』
爆発系の魔法か。
俺のゲームやアニメの知識から考えるとその魔法はその分類であるとたどり着いた。
いいじゃないか
イメージに沿っている。
魔法もこれくらい大胆でないと引きつけられないと俺は理解していた。
じゃあ、次‼
「飛ぶわよ、掴まって」
そんな彼女の注意を聞き、
「ああ」
と首を縦に振った。
順調に城に沿って飛行する。
勝った
俺たちの勝ちだ。
このまま逃げ切れる。
「な、何が……?」
何かが当たった。
何か。
俺は見落としていたのか?
そういえば、俺の未来予知の効果がなかったやつは……?
誰だ?
いや、俺は知っている。
一度経験したはず。
しかし……
俺の記憶にはない?
いや、俺はそいつの可能性を無意識に消しているのか。
だとすると……
誰だ?
「大丈夫だからね、平賀くん」
この声は……?
この声の主と犯人は同一人物?
仮にそうだとしても……
何で俺の名前を知っているんだ?
俺はこの世界に来てから一度も名前を名乗ったことがない。
名前は記号。
それを超えるものは特徴。
名前があってもなくてもその個人はその個人のまま。
そうよく言うだろ?
薔薇の名前が違っても、ってやつだ。
だから俺は名前を大事にしない。
一方的に知られている?
そんなはずはない。
俺は、等価交換は大事にしている。
だからない。
今はそんなことはどうでもいい。
大事なのはこの声の主。
俺はこの声を知っている。
この音の高さ。
それは異世界に来てから最も聞いた声。
それは確か……。
わからないはずがない。
しかし、そいつが犯人の可能性はない、はずだ。
それは俺の思い過ごしか?
自ら負けに行くのか?
そんなわけは……
意識が暗転した。
【幕問】意識の中で
「ごめんね、日比斗」
声だけが、俺の頭の中で響く。
声だけが。
姿は見えない。
お前は?
「わがまま言ってゴメンね」
俺は知っている。
姿は見えなくとも。
忘れるはずがない。
こいつは……
「勝手に飛び出して行ってゴメンね」
何で、お前が謝るんだよ。
悪いのは俺だろ?
「日比斗は悪くなんかないよ」
何でそんなこと言うんだよ。
悪いのは俺だろ?
「うんん。勝手に犬を飼いたい、と言った私が全部悪いの」
そんなことねえよ。
犬なんか俺も飼いたいっていったことあるし。
「日比斗は悪くない」
いいや、俺が悪い。
「ううん、悪くない」
いいや、俺だ。
「責任は私にあるの」
いいや、俺にある。
「冷たいね、日比斗は」
そんなことない。
「ううん、あたしが悪いって言っても、悪くないって言うし」
いいや、それは俺が悪い。
「意地っ張りなのは全然変わらないね」
そうか?
俺はそんなことないと思うが。
「ううん、そうだよ。でもそこが好き」
いいや、俺は意地っ張りじゃない。
だけど……
「だけど?」
妹に好かれるんなら意地っ張りでもいいかな。
「ふふふ」
何で笑うんだよ。
「本気で言っているの?」
ああ本気だ。
「ホントに本気?」
ああ、ホントに本気だ。
「ホントにホントに本気なの?」
ああ、そうだ。
「妹が好きなの? ブラコンね」
そうだな、俺はブラコンだな。
「正直キモチ悪いよ?」
それはショックだな……。
「何でショック受けたの?」
妹に嫌われたから。
「本当にブラコンね」
ああそうかもな。
「でもね……」
でも……なんだ?
「そんなお兄ちゃんが好き」