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津島。
尾張国最大の商都であり、俺が生まれる少し前まで自治を保っていた。津島は傭兵を雇い周辺にあふれるヒャッハー達を威嚇、迎撃していたがとあるヒャッハーの親玉についに膝を屈した。
織田弾正忠信貞。
親父の所属するヒャッハーの部下だそうだが、その親玉である大和守よりも勢力がデカい。勝幡に城を構え主君である大和守、同僚の因幡守、藤左衛門両家を抑え、さらに尾張の領主である斯波氏も抑えて事実上の尾張の支配者として権勢を振るっている。
で。何でこんなことを俺が知っているかというとだ。
「子供相手にさすがに大人げなかったな。ん?浜屋」
「はは、しかししてやられました。小僧と思って油断しましたわ。なかなかいい筋していますよこの小僧は」
「ふむ小僧、名をなんという」
「……幸吉デス」
目の前にいるんだよな、これが。治兵衛が商人の護衛と思った侍は、商人を守りにやってきた訳ではなく、津島に視察に来ていたこのおっさんの護衛だったわけだ。おっさんは子供と大人の怒鳴り合いという見世物を見に来たら、人の方が顔見知りだったため話を聞き始め、ついでと護衛の奴らが気を効かして逃げを打った俺と治兵衛を確保して今に至る、と。
にしても。
「幸吉か。ふむふむ」
「あの、お武家様」
「なんだ」
「もう帰っていいですか? そろそろ帰らないと日が暮れるので」
季節は夏本番一歩手前なので日は長い。が子供の俺の足は遅く、米を運ぶ為に連れてきた馬には塩を積むので、俺は乗れない。実際は乗ってもいいんだが、一本の藁になりかねんので乗りたくない。そして歩いて帰るにはもうそろそろ帰らないとマズイ。日が暮れてしまえば、狼やわんわんおの脅威が増す。夕闇から襲ってくるわんわんおなんて想像したくないし、遭遇なんてもっとしたくない。ので、日があるうちに帰りたいわけだ。
「ほう、もうそんな時間か」
「ええ。そろそろ帰らないと日が暮れるので」
「そうか。じゃあ最後に一ついいか」
「なんでしょうか?」
かんべんしちくり~。
織田信貞
珍妙な小僧だ。浜屋があそこまでやり返されるのは珍しい。しかもやり込め方がえぐい。
「別にあなたの所じゃなくったって構わない。他の同業者、例えば伊藤屋さんとかでもいいんですよ」
泣き所だろう。伊藤屋は津島でも最大級の商家であり、古株だ。新参の浜屋に対しても思う所があるだろう。そんなところに持っていかれたらまず間違いなく、以後その村からの客は盗られるし、浜屋の息がかかった行商人たちも嫌な目で見られるだろう。浜屋としてもそんな危険は冒せんだろうな。
浜屋は津島の商人としては新しい部類に入る。俺が津島を支配下に置いたのは10年前。その後、熱田からやってきたのが浜屋だ。奴は津島に対する楔として、熱田神宮の門前町から俺が知人のコネを使って移ってきてもらった。
津島の商人はいまだに俺に反意を持っているものが多い。長年の自治を俺が奪ったから仕方がないが少しでも隙を見せると大和守や因幡守、藤左衛門を煽って俺を排斥しようとしてくる。それに一部の連中が今川那古野に伝手を取り、今川治部大輔を尾張まで引っ張ろうとしている。
尾張は豊かな土地だ。石高だけで60万石、商売での収入を入れればもう20万石はある。その富を狙って周りの国々が攻め込んでくるし、謀略も仕掛けてくる。まさに内憂外患だ。
東の三河国は松平が統一の気配を見せている。松平越前守では自領を守り切れぬと判断した国人達により強制的に隠居させられ、嫡男清孝に代替わりした。その時に乱取りに出た者たちの話を纏めればなかなかに戦上手の様子。三河が統一されるやもしれん。もしそうなれば次は隣国に目を移すだろう。三河の隣国は尾張、信濃、遠江の3国。遠江は今川がしっかりと抑えている。南信濃は諏訪家が統一した。残る尾張は斯波、今川那古野、織田大和守、織田弾正忠と乱れている。俺の家が頭2つ分くらい他よりもデカいが、他の勢力を圧倒する力も大儀もない。斯波は尾張守護、大和守は守護代と幕府から支配権を認められている。それに対してうちには家格からすれば大和守の部下でしかない。
そうこう考えながら帰るうちに居城である勝幡が見えてた。あの小僧も無事に帰れたであろうか?