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○の叔父  作者: 朝倉義政
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難産でした。

 俺が案を出し、殿と義父上が考えた物に再度口をはさんだ謀は妙に上手くいっている。ここまで問題がないと逆に不安になる。幾つか失敗してもいいように次善の策とかも用意してたから肩透かし感がすごい。

 この前、浜屋と今後の綿と紅花の扱いについて話に言ったのだが、できた物をどこに運ぶかという流れの中で長島が出てきた。長島は紀伊半島を回ってくる船と、木曽三川から下ってくる船に加えて東国の船もやってくる運送の要所。そこに住む坊主達は金持ちなので良い値で売れるとの見込みだったのだが、事前に見に行った浜屋の話では完全な見込み違いだったようだ。


 「とにかく境内のどの坊主にあたっても今はそれどころじゃないの一点張りでしたよ。まったくあの生臭坊主どもがそれどころじゃないとか。今年の初めに教主さまがお隠れになったと聞きましたが、まだ内部は揉めているようですな」


 それは売り先が減って困りましたなぁ、とか言いながら売り先の相談を続けていた。

 先に言っておくが一向宗の宗主実如が死んだのは俺の謀略なんかじゃない。逝ったのは卯月と聞いているので、俺は無罪。一向宗がいまだに揉めているのは、盛大な内ゲバが発生しているから。

 いまだに揉めているのは俺の責任だ、だが俺は謝らない。

 揉め事の内容は、二人の人物の内どちらが今後の一向宗を主導していくかというもの。

 まず赤コーナー、近江大津顕証寺住職にして9代宗主実如の同腹弟蓮淳さん。腹黒生臭坊主にして近江堅田称徳寺、尾張長島願証寺、近江大津顕証寺の三つの大寺院の住職にして和泉に恵光寺という寺を新しく開いたすごい人。何がすごいって、自分の寺の信徒を盗ったって言いがかりをつけて、相手の寺を破門にさせるというウルトラCをかますクレイジーな人物。

 続きまして青コーナー、近江堅田本福寺住職明宗さん。非常に大きな寺である本福寺の住職ですが、7年前に1度一向宗から破門をされている。その破門はすぐに解除されましたが、この時に陰で動いたのが蓮淳さんです。そう赤コーナーの人。

 この2人の対立が願証寺に波紋を広げている。民衆を助けるための宗教を自分の欲の為に使う人間が頭に立つのは認められないという綺麗事を言う一派と、先の教主直々に決めた事に対して異論を唱えるのはおかしいという一派。前者が明宗派、後者が蓮淳派だ。

 そしてそれを煽って対立できるように煽ったのがうちだ。この計画の原案は俺が出した、そう原案は。

 俺の出した原案は長島願証寺にこの明宗さんを呼び、服部織部を叩き潰そうというもの。服部織部が伝手を持つのは蓮淳さんなので、この人物が住職でなければ援軍は望めず簡単に叩き潰せるというものだった。

 その話を聞いた義父上は翌日俺を担いで(比喩にあらず)殿の元へ。その日はそのまま殿と義父上、俺で悪巧みをすることに。そしてそれは5日程続いた後、決行された。

 まず明宗さんに接触して計画の一部を話して、了承してもらった。以前蓮淳さんに破門されたことから、明宗さんは今後の展望にかなりの危機感を持っていたので話はトントン拍子ですすんだ。

 最初に俺が出した明宗さんを願証寺に呼ぶ案は無しになった。代わりに彼の息子である明誓さんを呼ぶことに。もちろん今のままでは呼んだところで、囲んで棒でたたかれるだけなので一工夫している。

 まず蓮淳さんは寺主に相応しくないという噂をばら撒いた。実行者は安心と実績、名声を兼ね備える義父上の手で呼ばれた甲賀忍者達。そして願証寺におけるナンバー3であり、地元の勢力でもある中江吉右衛門歳門は既に引き込み済み。もはやこの地での工作は勝ったも同然。

 吉右衛門を軸に行っている多数派工作に対して、ナンバー2で蓮淳さんの息子さんである実恵とナンバー4の京からかやってきた武官の坊主である下間頼盛らは必死に抵抗している。

 しかい無駄無駄ムダァの一言程度の微弱な抵抗しか出来ていない。

 実恵の影響力は境内の坊主にしかないような状況にしてある。彼の親のスキャンダルに巻き込まれる形で、長島中に彼の旧悪を含めた噂が広まっている。うちの忍者さんが広めた嘘が3割、勝手に起きて広まった噂が2割。残りの5割は事実ってのが救いようがない。

 下間頼盛らは京都からの出向組であることから上手くはいっていない、彼らには伝手が不足しているのだ。蓮淳、実恵親子の悪評が広まる今の長島でわざわざ彼らに協力するもの好きはそうそういない。そもそも彼ら自身が地元民にたいして威張っていたこともある。嫌われているのだ。カワイソ。

 地元勢力の中で蓮淳派に協力的な服部織部は動けない。今の長島では服部織部が実際に赴いて工作しないと、いけないような情勢になっている。しかし領地から離れてしまえば、近所に所領を持つ前田家、そしてその主家である織田弾正忠家が動く。そう匂わせておくだけだが効果は絶大だ。彼が動かないので実にスムーズに策が決まる。

 願証寺を押さえつつ、謀略の手を三河国本證寺へと伸ばす。この寺は三河国における一向宗のまとめ役に近い役割を持っている。三河の西半分に一向宗は浸透しているので、これは押さえておきたい。今の当主である空英上人には2人の子がいて、その2人で跡目を争っている。

 そこで敗勢濃厚な次男の空如に接近して支持を取り付ける。さらに空如に甲賀から傭兵として50程の忍びを雇ってやった。代金は後払いで通常の3倍だか、空如は頷いた。ここで負ければ後がないと悟っているのだろう。こちらとしては有り難いことだ。

 そして伊勢や美濃にある一向宗の寺々に使いを出し、明宗派への支持を呼び掛けた。多くは中立的な内容を返してきたが今はそれで問題ない。あとで絞ろう。




 坊主と謀略は一旦置いといて俺の身の回りのことで変化が起きた。少しそのことにも触れておきたい。

 ザックリ言って修行がより厳しくなったとです。死ぬ。

 俺との槍に訓練でボコられた庄衛門が惣兵衛に愚痴り、それを惣兵衛が小塚備前貞利に伝えた。曰く


 「若には槍の才があると庄衛門が言っていました。父上見てあげてはいかがでしょう?」


 だったそうだ。後日備前からそう聞いた。

 備前は義父上が甲賀から出てくる時からついてきてくれた、高安家における譜代の家臣だ。若い頃は先駆け大将でもあり、“槍備前”との異名が付くほどの槍名人。昔、一合戦の間に武者首を6つも狩ってきて殿から直々に槍をいただいたこともあるそうな。ちなみそんな人物を父に持つ惣兵衛の槍の腕前は、並より上ってところで、槍の才は受け継がれなかったらしい。残念。

 そんな凄い人だなんて知らなかった俺は、初めて会う備前が鍛錬の時に来ても、ああ孫の鍛錬見に来たんだな。いいじいちゃん持ってよかったな庄衛門。今日は少しボコすの加減してやろう。代わりに源助をボコそう。なんて思っていた。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません若様。そこにいる庄衛門の祖父である小塚備前貞利でございます」

「お、えう。ええとはい。高安幸吉だ。若輩だが今後もよろしく頼む」


 そんな挙動不審のあいさつを交わした後、いつものように槍の鍛錬を開始した。 

 そして地獄の門が開いた。

 鍛錬を見ていた備前が


 「すこしいいですかな」


 と言いつつ参入。俺と備前、庄衛門と源助に分かれて鍛錬再開。

 そしてボコボコニなる俺。手取り足取り丁寧になんてことはなかった。

 何度も


 「脇が甘い」

 「引きが遅い」

 「誘導が見え透いておる」

 「少しは考えて動け」


 etc.

 突かれ叩かれ、何度も吹っ飛んだ。俺6歳児かつ主家の若様なんやけどとか思ったが、戦場でそんな理由で加減してもらえるわけじゃないので一生懸命足掻いた。一度だけ備前の槍を引っ叩けたが、それ以降は警戒されたの躱されて流されてできたためしはない。

 脇で見ていた庄衛門達は俺がのびた後


 「まさか守るべき主君より弱い訳はなかろうな」


 とボコボコにされたらしい。水をかぶって汗を流している時にそう聞いた。

 昼は備前に、夜は義父上に。精神も肉体もボコボコにされる日々。

 癒されるのが若に振り回されている時のみってのはおかしいと思う。

 完全休日はどこ行った。


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