フェアリーテイルに程遠い
「ここはどこ。私も何処?」
だだっぴろい草原に立ち尽くす、15歳ぐらいの少女は真顔でそういいきった。白いブラウスに黒をベースとしたチェックのスカート、黒いハイソックスにローファーという姿は日本の街角のどこにでもいそうな女子高生っぽい井出立ちである。上に羽織っているのがブレザーではなく、黒いパーカーというのがいささかミスマッチにも見えなくも無いが。
黒々とした眼と栗色のくせっ髪、こんがり日焼けした肌の少女は不機嫌そうにため息をついた。見覚えの無い草原には人どころか生き物すらおらず、ただ風が吹くばかりである。
それでも、どこかで人の営みがあるのではないか、と思わせたのは出来て間もないであろう轍をみつけたからだろうか?
(やってみるか)
地面へと耳を当て、なにか近づいてこないかと聞いてみる。漫画かライトノベルでそんなシーンを読んだような気がしたからやってみたのだが、これが案外聞こえる物で、近づいてくる馬の蹄のような音を拾い上げた。
(……コレで盗賊とかだったらジ・エンドな訳だけど)
少女はため息混じりに頷くと、とりあえずその音の正体が近づいてくるのを待った。
しばらくして通ったのは、西部劇に出てくるような幌馬車だった。少女が手を上げると、御者が「おや」と呟いたのが聞こえ、すぐに止めてくれた。
「お嬢さん、どうしたんだい?」
「道に迷ったんです。悪いのですが、乗せていただけませんか? お金は……」
人のよさそうな御者が心配そうに声をかける。少女はどうにか乗せてもらおうと頼むが、ポケットには飴玉と家のだろう鍵しかない。鞄をあさり、漸く財布を見つけ出した少女はそこから悩みつつ500円玉を取り出した。本人なりに一か八か、である。
「これで、どうですか?」
「……500……? 領主さまから聞いたコインだな」
御者は受け取った500円玉を手に頷き、それを受け取るとポケットから10円玉ほどの大きさをした銀貨っぽい物を2枚、少女に渡した。
「え?」
「もらっておきな、お嬢さん。私ゃ、領主からあのコインを渡してきた人にはこれを渡すようにって言われてるんだ」
御者はそういうと少女を幌馬車に乗せ、「お腹が空いてるんじゃないのかい?」と鞄からまるい包みとコルク栓のしてある皮袋を取り出し、少女に手渡した。お礼を言って受け取る少女だが、におってきた匂いに疑問が浮かぶ。
紙に包まれた丸っぽい物は街で馴染みのハンバーガーの匂いがするし、皮袋のコルク栓をとれば紅茶っぽい匂いがする。
「これ、何ですか?」
「5年前に住み着いた料理人が作ったバーガーサンドさ。オックス肉のパテにレタスとトマトと伸ばした醍醐を使ってるんだ。これが美味くてさ。そっちの飲み物は皮袋の臭いを消すためにお茶にしてあるんだ」
感心したように頷きながら、少女はそのバーガーサンドと言われたものを食べる。と、口いっぱいに肉のうまみと塩味が広がった。遅れて香るチーズの風味が、なんとなく嬉しい。皮袋の紅茶も、ぬるかったがそれなりに美味しかった。
幌馬車に揺られながら食事を取る少女は、意外とここは異世界じゃなくてどこかのテーマパークに飛ばされて終りなのかなぁ、なんて想ってしまった。いや、思いたくなった。
幌の中でも、御者が見える位置に座った少女は、紅茶を飲みながら御者を見ていた。すると、彼が進行方向を見たまま口を開く。
「あぁ、私はトワダ。今から向かうチョーフタウンに住んでいるんだ」
御者の言葉に、少女は「ん?」と思わず声を出した。
「私は、明日香。宮本 明日香です」
「アスカ、だね。オーケイ」
トワダと名乗った御者は、一瞬目を向けて、にこっ、と笑った。そして、穏やかに言葉を続ける。
「アスカ。君は異世界から来たのだろう? 大丈夫、きっと領主さまは喜んで君を迎えてくれるだろう」
その言葉に、アスカは驚いた。自分は何も行っていないが、あの500円硬貨だけで理解したのだろうか? その事が酷く新鮮だった。彼女の知っている『異世界転移系』の物語ではこんなことは無かったように思える。
「多分、さっき食べた物も君の故郷にあっただろうね。君のような雰囲気の人間は、昔からたまにみかけていたし、何となく解るよ。領主さまならきっとこの辺りの事を上手に話してくださるだろう」
「そうですか……」
トワダは優しく語り、アスカを不安がらせないように気遣っているようだった。アスカは複雑な思いを抱きながら、進行方向を見ていた。
道の向こうに見えたのは、いかにもファンタジーの世界、というようなログハウスだった。その一番奥に領主の屋敷らしき物が見えるが、何故だろう、半鐘っぽいのが遠くに下がっている。洋風の鐘ではなく、田舎で見た半鐘っぽいものだ。
なぜだろう、所々日本の田舎で見るようなものが、ファンタジーの世界に混じっている。そんな印象を持つ町並みだった。
「おもしろいだろう? これ、皆、色々な流れ人が作ったものなんだ。もしかしたら君のいた世界のかもしれないね」
トワダはつとめて優しく語ってくれる。けれども、その優しさが何故か胸に痛く感じる。
(多分、そうだよ。トワダさんの言うとおりだよ)
そう内心で言いつつ辺りを見渡し、アスカは確信した。
自分がやって着たこの異世界には、既に多くの日本人が転移しているのだ、と。
そして色々な影響を及ぼしている、と。
(もしかしたら、今も現在進行形なのかもしれない)
そう思うと、少し期待はずれのような気がした。まるで、姉からお下がりの服――それも、かなりよれよれの――をもらったときのような、少しがっかりした気持ち。
(もっとファンタジーチックなせカイに飛ばされたかったなぁ……)
もっとギャップとか、驚くようなことの溢れる世界がよかった。そう思うのは贅沢だろうか。そう思いながらも、彼女はため息混じりに薄紫の天を仰ぐ。
「だから、この世界は――」
――フェアリーテイルには程遠いのよ。
(終)
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。