第5話
ルーシア王女は目を輝かせながら俺の話を聞いてくれた。
とりわけ興味を持ったのは魔物がいないことと科学だろうか。
魔物がいないことを羨ましがっているようだが、もとより魔物がいない世界の出身でこの世界の魔物をまだ見たことのない俺としてはどれ程良いことなのかが分からない。
「聞いた話だと魔物の素材とかが生活の助けになってるんだろ、それでも魔物がいない方がいいのか?」
「たしかに魔物の素材は生活の助けになっています。ですが一般的な民が利用する素材はそれらの一部だけですし、無くても特に生活に支障はないと考えられています」
「生活に問題無いんだったらいない方がいいってことか」
「一般的な人族の成人男性が勝てるのは一部のEとFランクの魔物だけで、それらも相手が多数になれば負ける可能性も出てきます。なので魔物は脅威という考えが強いのです」
そりゃたしかに成人男性が確実に勝てるかどうか分からない魔物がいたるところで闊歩してたら脅威でしかないよな。
俺も鍛えてはいるけど道場の奴等としか真面に戦ったことがないからなぁ、自分の強さが一般的にどの位か憶測でしか分からん。しかもこの世界の一般的な強さも分からんし、武器ぐらいは何か持った方がいいか。
それにしてもこの世界には魔法があるよな、ラノベの知識だと魔法はかなり有用だった気がするがそれでも魔物との戦闘では苦戦したりするもんなのだろうか?
「魔法は有用かもしれませんが誰もが使えるわけではありません、実用レベルの魔法が使えるのは一部の者だけです」
言われてみればメルシャが使える魔法も『種火』と『水』だけ、戦闘には向かないか。
「魔法と言っても思ったより使い勝手が良いというわけじゃないんだな」
「そうですね、その点誰でも使えるというトウヤ様の世界のカガクは素晴らしいと思います。しかもそれらは日々の生活に浸透しているごようす、逆にこちらの魔法は主に戦闘にだけ使われ日々の生活に使われることはほとんどありません」
ルーシア王女の寂しそうな表情とさっきの言葉から察するに、彼女は魔法を戦闘ではなく民の日々の生活に浸透させたいのではないだろうか。とはいえこの世界の魔法がどこまで出来るか分からない以上俺からは何にもアドバイスをすることができない。
「ルーシア様、そろそろ・・・」
少し気まずい雰囲気になりそうなところでメイドさんが助け舟をだしてくれた。
「もうそのような時間ですか。申し訳ありませんトウヤ様、夜も遅くなってきたようですのでお話はここまでということで。楽しいお話をありがとうございます」
「いや、こっちこそ楽しい時間をありがとう」
ルーシア王女は微笑みながら優雅に一礼しメイドさんと一緒に部屋を出て行った。
さて今日は色々あって精神的に疲れたから俺も寝るとしますか、おやすみ~。
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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・い!」
声が聞こえたような気がする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・さい!」
どことなく俺を呼んでいるような感じだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・なさい!」
また聞こえた。どうやら俺に呼び掛けているようだ、でも眠いので後5分だけ・・。
「起きろって言ってるのよ、このグズっ!」
ゴン!
「っ!! 何しやがる!」
痛む頭を擦りながら飛び起きると1人の女性が足を抱えてピョンピョンと飛び跳ねている。
どうやら俺の頭を蹴り飛ばして自分もダメージを負ったようだ、ざまぁみろ。
女性の馬鹿らしい姿を見て無理やり起こされた怒りが少し治まっていく。
落ち着いたところで改めて周囲を確認すると寝る前に居た部屋と違ってどこまでもそれこそ永遠に続きそうな白がそこに広がっていた。
師匠に鍛えられ人の気配にはある程度敏感になっていたと思うのだが、いったい何時どのように連れて来られたのだろうか。そもそもこの空間からして現実の物なのか?
「たく、酷い目にあったわ」
悪態をつきながら女性が近づいてくる。
よくよく見ると女性はプラチナブロンドのストレートで凛とした表情をしており、スタイルも良く踊り子衣装でとても煽情的でかなりの美人さんだった。
「いや、それは自業自得だろ・・」
「あんたがすぐに起きないからでしょ! そもそも、あんたが邪魔しなきゃこんな事にはならなかったのよ!」
初対面の女性になんで怒られてるんだ俺は、それにここ何処だよ。
「何を怒っているか知らないが人違いじゃないか? 俺達初対面のはずだし」
「初対面ですって、さっき会ったばかりでしょ!」
う~ん、この世界で会った人物は限られてくるしこれ程の美人なら忘れるとは思えないんだけど。
頭を捻りながら考えたがやはり思い出せない。
「悪い、どこで会ったか思いつかないんだが」
「くっ! どこまでもふざけた男ね」
女性は顔をしかめながら憎々しい目つきで見てくる、せっかくに美人が勿体ない。
「私はイルファールよ、名前を聞けばさすがに思い出すでしょ!」
イルファール、たしかにどっこかで聞いたことある名前だが・・・・・っ!
「まさか、お前あの『聖剣』なのか?」
「ふん、やっと思い出したようね」
いやいや、いくら魔法がある世界とはいえ剣がこんなになるなんて分かるわけないだろ!
「言っとくけど剣がこの姿に変化したわけじゃないから、これは精神体よ」
「精神体ってことは、ここは・・・」
「あんたの想像した通り、ここは精神世界ってわけ」
改めて周囲を見渡すとたしかに永遠に広がる白とか現実味の無い空間である。
俺の勘が鈍ったわけじゃないことにホッと安堵した。
「それでお前が聖剣ってことは、さっき言ってた邪魔したってのは召喚のことだな」
「そうよ、あんたが邪魔しなきゃ歴代の使い手の中でも最強になれる力を持ったあの娘を召喚できたのよ」
「アイツが最強ねぇ・・・無理だな」
「あんた、私の力を分かっていないようね」
「お前の力云々の問題じゃなく、アイツの心が問題だ。いくらお前が力を貸したとしてもアイツの心が戦いに向くとは思えない。それともお前の力は心も強化してくれるのか、それこそ純真無垢の人間が喜々として人殺しが出来るくらいに?」
「そ、それは無理だけど・・・」
イルファールは目に見えて落ち込んでいる。まぁ彼女に悪気があったわけではないだろうがここはハッキリ伝えておかないと、また召喚されるかもしれないという自体は避けた方が良いしな。
そうだまた召喚で思い出したがちょっと聞いてみるか。
「なあ、2度召喚された奴が1度目の召喚の後に無事元の世界に帰れたって聞いたんだが本当か?」
「・・本当よ。召喚された時の魔法陣が向こうの世界に設置されたままになっているの、送還術は設置されている向こうの魔法陣に送るの」
なるほどね、ここで確実に帰れると分かったことは良いことだな。
「ほとんど無いことだけど注意しておくわ。設置される魔法陣は1つの召喚陣につき1つだけ、もし送還される前にあんたが召喚ばれた時の召喚陣で召喚魔法を起動されたら魔法陣の設置場所が変わるのでその召喚陣で帰れるとは思わないことね」
おいおい、いきなり爆弾を投下してきやがった。
聖剣を抜けなかったことで俺が勇者じゃないってあちらさんも分かっているし、そうなるとまた誰かを勇者召喚するんじゃないのか。
「それは無いわ。あんたも話を聞いていたでしょ、勇者召喚は十数年に1回だって。あれはね勇者召喚は私の力も使っているからなの、十数年ってのは私の力が溜まる期間ね。送還だけなら魔法陣の魔力が溜まればいいから数年、だから勇者召喚よりも送還出来るようになる方が早いのよ」
「だが魔法陣に魔力が溜まれば普通の召喚は出来るんだろ、そうなると誰かを召喚したりするんじゃないのか?」
「この国が求めているのは聖剣の使い手なのよ、なのに確実に強いかどうか分からない奴を召喚んでなんのメリットがあるのよ」
たしかに言われてみればそうかも。それに魔力が溜まるまで数年あるし、その間に色々考えておくか。
「他にも色々と言いたい事はあったけどそろそろ休眠しないと」
イルファールは少し気だるそうだ。
「もう会うことはないでしょうけど、精々生き延びることね」
言うや否やイルファールは俺を突き飛ばし、後方へよろめいた俺はいつの間に出来たのか分からない暗い穴の中に落ちていった。
イルファールは誰もいなくなった精神世界の中である場所をじっと睨めつけている。
「・・・・・・・・・・あんた、誰なの?」
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永遠に落ちていくのではと思えた時に唐突に目が覚める。
外はすっかり明るくなっており、寝なおすような時間ではないようだ。
「最悪に目覚めだ・・」と悪態をつきながら俺はのそのそと寝台から起きるのであった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。