第1話
最初に見たのはどことも知れない場所でローブを着た男達に囲まれているという奇妙な光景だ。
ざっと見回したところ先程までいた道路と違い石造りの壁で作られたどこかの室内で、足元には見覚えのある幾何学模様があり目の前の祭壇には剣が置いてあった。
状況を把握しようにも周りにいる奴等は歓声をあげて騒ぐばかりで俺のことは放置気味である。
いい加減何か説明しろよと思い始めたところにちょっと豪華なローブを着た爺さんが近づいてきた。
「色々と困惑しておると思うが、まずは儂等と一緒に来てもらえんか?」
ここで断ったところで状況が良くなるとは思えないし俺は大人しく付いて行く。
道すがら色々話を聞いて分かった事がある、たとえば爺さんの名前はダンバルトで宮廷魔術士長と結構なお偉いさんのようだ。俺の口調については「儂は元が平民だから気にはせんが貴族連中には身分に拘る奴もおるし注意した方は良い」と教えてくれた。それとここは俺が居た世界とは違う所謂異世界らしい、まあ魔法なんてもんがあるんだから当然そうなるよな。
階段を上り長い廊下を歩いて連れてこられた先は謁見の間だった。
爺さんが片膝を付いて頭を垂れたので俺もそれに倣う、難癖つけられても面倒だし。
「グライト王よ、異世界より召喚せし勇者をお連れ致しました」
「おお、成功したか! ダンバルトよ大儀であった。そなた達顔を上げよ」
玉座に座る王はそれなりに威厳がありながらも人の良さそうな雰囲気だし周囲の貴族と思われる人達は歓声をあげているが、王の隣に立っている奴の値踏みしながら俺を舐めるよう見ているのはハッキリ言って不快だ。
「ワシがこの国の現国王、グライト=イングヴァルトだ。勇者よ名はなんという?」
「神無冬夜です」
「トウヤ殿か。突然このような事になって驚いていると思われるが、まずワシの話を聞いてもらえるか?」
王様の話を簡単に纏めるとこんな感じだ。
お抱えの占い師がダンジョンマスターの誕生を予言したので調査し場合によっては討伐して欲しいとのことだ。魔王じゃなくてダンジョンマスター?って思ったろ、俺もそう思って聞いてみたら魔族や魔王はいるがそれらと争っていたのは何百年以上も前の話で現在は友好関係にあるそうだ。
次にダンジョンマスターって言うからにはダンジョン内に居るんだろうし放置してもいいんじゃないかと思うだろ、その事も聞いてみたらどうやら過去にダンジョンマスターが魔物の大群を率いて攻めてきて滅亡寸前まで追いやられた国があったそうだ。
それにしても悪友だったら泣いて喜ぶ状況だな。異世界召喚のラノベとかかなり読んでたしよく俺も勧められたなあ、お陰でこの手の話は俺もそれなりに詳しくなったもんだ。それに悪友の奴「いつ異世界に行っても良いように身体を鍛える」と宣言して中学から剣道・空手・柔道他色々始めてたっけ、しかも全国優勝してた。ああ、そういえば、中3になった時にいきなり「知識チートも必要になるよな」とか言って熱心に勉強を始めて学年順位下から数えて早かった悪友が都内でもかなりの名門高校に入学もした。悪友の両親が泣いて喜んでいたのは記憶に新しい。
おっと悪友の話は今はいいや。とりあえず勇者召喚って普通は何かしら被害があって手に負えない状況になってから最後の手段としてするもんじゃないのか、予言なんて不確かなものでやるかね普通。あっでも、魔法なんてある世界だし俺がいた世界と違って予言は高確率で起こる事柄なのかもしれない。
うーん、それでも勇者召喚する程かと思うし、まだ何か隠しているような雰囲気がしないでもないんだよなあこれが。
「も、もちろん目的を達成するまでの衣食住はこちらで整えるし、他にも援助金を用意する。それと無事達成した暁には存分な報酬を約束しよう」
黙ったまま俯いていたので俺が渋っていると思ったのか慌てて王様が言ってきた。
衣食住の保障は正直いって嬉しい、とあるゲームみたいに最弱の武器と最低限の資金だけ渡されて後は頑張れって言われたらどうしようかという考えも頭の片隅に浮かんだし。でもこれって勇者だからこその保障だよな、ということはあれがバレたらどうなることやら。
あっそうだ、今のうちに重要なことを聞いておこう。
「グライト王よ、お聞きしたい事があるのですが」
「う、うむ、申してみよ」
「先程存分な報酬を約束するとおっしゃいましたが、私が元の世界に帰りたいと言えば帰れるのですか?」
「召喚魔法陣には送還魔法陣も含まれおるから、そなたが帰還を望むのであればそれは叶えよう」
こういった召喚ものでは帰れないってのがテンプレだけど送還魔法陣ねえ。送還魔法陣があるからって俺が帰れるとは限らないような、送った後にこいつらが確認出来るわけないし。その辺りをもう少し突っ込んでみるか。
「その送還魔法陣で本当に私は帰れるのですか? 失礼ですがあなた方に送還した先を確認できるとは思えませんが」
「たしかにそう考えるのは当然であるな。だが送還魔法陣で元の場所に戻れることは実績があるのだ」
「実績ですか?」
「うむ、王家に保管されている史書に記されていたのだ。かつて2回勇者召喚された者が2回目の召喚のおり送還魔法陣で無事に元の世界に帰れたということを言っていたと」
「・・・・・それだけですか?」
「これ以上ない実績であろう」
真っ先に思ったことはこいつら馬鹿じゃないかということだ。
その帰れたと言ってた勇者が偶々帰れただけかもしれないだろうし、そもそも勇者の音声を保存しているような記憶媒体が無い以上史書に記されているからって本当にそんな事を言っていたかどうかも分からない。
「とはいえすぐに送還出来るというわけではない、魔法陣起動の魔力を溜めるのに数年はかかるからのお」
数年かあ。まあ頭ごなしに帰れないって言ってこないだけマシか、送還については追々探ってみよう。
帰還についてはこんなとこでいっか、次はっと・・・。
「次にお聞きしたいことですが。私は今まで戦いとは無縁の世界で生きていました、そんな私が国を滅亡させることが可能な力を持ったダンジョンマスターと戦うことが可能なのでしょうか?」
「それについては何も問題は無い、過去聖剣に選ばれた勇者達は聖剣を抜くことで莫大な力を手にしておる。トウヤ殿も聖剣を抜けばその恩恵を受けよう」
なるほど聖剣が所謂チート能力になるってわけか。
ちょっと待て、それって聖剣が抜けなければ俺にチート能力は無いってことじゃないか・・・マズイな。そりゃ元の世界で弟妹を守る為に俺もそれなりに鍛えてはいるけど、こんな戦いが日常的にあるような世界でそれが通用するかと言われれば分からないとしか言えない。こりゃ俺の力だけでどこまで通用するか探るのは急務になりそうだ。
「言葉だけでは分かりづらいであろうし、実際試してもらった方が早いか。聖剣を持ってまいれ!」
王の言葉を聞いて1人のローブを着た魔術士が祭壇で見た剣を持ってきた。
「トウヤ殿それがこの王家に代々受け継がれる『聖剣イルファール』だ。さあ聖剣を抜きその勇姿を見せてくれ!」
俺は聖剣を受け取り、その後に予想される出来事に溜息を漏らす。
とはいえこのまま抜かないという状況ではないので、俺は意を決して聖剣を引っ張った。
ガキン!!
俺の予想通り聖剣は抜けず鞘に収まったままだ。
「「「「「「「「「「・・・・・えっ?」」」」」」」」」」
なんとも間抜けな声が謁見の間に虚しく響いていた。