不良少年Y
今の状況を冷静に分析する。自分に課したルールのせいで、やつはこの十メートル四方の光のリングからは出られない。日没まで、あと凡そ六時間、勝機をうかがい続ければいつか隙が出る可能性はある。……と思うか。
甘い。やつはその気になれば、脇の木に登り、その頂上を渡り歩きそのまま日没まで下りてこないなどと言う事も充分に出来うるだろう。本人が気付いているかは解からないが……。
待てよ……。日没まで……。そうか、……やはり餓鬼だ。
私は思わずニヤリと笑うが、直ぐに押し殺した。疲労した顔を作り、再び切り株に座り込んだ。
「お姉ちゃん、聞いてたの? 負けたらもうここから出られないんだよ」
退屈そうな顔で近づいてくる。
「かといって、闇雲に追いかけても捕まえられないだろう。疲れたから少しだけ休むよ」
無論、近づいてきたからと言って捕まえられるとは微塵も考えてはいない。
吹き抜けた空から太陽が見える。今が一番高いい位置だろう。
ぴきっぴっきと言う音が山々に木霊する。やつは相変わらず、手頃な長さの枝を木に打ちすえている。そういえば憑依された男の子も同じような事をしていた。なぜ男は手頃な棒を持つと、こうもはしゃぐものか。いや、手頃な棒ではしゃぐと言うなら女もか……。
下らない事を言っている場合では無い。その時の為に、慎重に事を進めなくては……。私は、しゅるりとマフラーを解いた。
「ああ、もう日が沈んじゃうよ。もうこれしか影が無くなっちゃった」
そう言って、光が差し込む僅か数メートルの範囲を嬉しそうに走り回る。太陽が再び見えなくなって数時間。周囲の高い木々に遮られ、角度のある光は殆ど地面に届いていない。
感心したような顔でやつは言う。
「お姉ちゃんはこれを待ってたんだね。さすが」
その表情にはまだまだ余裕が見える。
「でも僕は負けないけどね」
負けるんだよ。子供だから。無計画に決めるから。夜にしか現れないから。
「理解できないかもしれないけれど、そこの光が無くなっても、まだ日没では無いからね」
「えっ……?」
「言ったわよね。影を完全に隠したらあなたの負けだって、ねえ、僕ちゃん」
敗因はひとつ。太陽の動きを知らない事。だが、意地にかけてもこのまま反則負けで終わらせる気などさらさら無い。マフラーを空高く投げ捨てる。
太陽がさらに西へ動いたのだろう。すうっと地面まで届いていた光が消えていく。はっとした顔でやつは光のあたる木を駆けのぼる。そこしかないよな。
いくら早いとはいえ……いくら私の力が衰えているとはいえ……そう来るのがわかっていた。それに……何万回も繰り返した事だ。
木から吊るすのは、誰にも負けない。それが私の生き方だから。
枝に絡んでいたマフラーが、やつの腕に、脚に、そしてその喉元に絡みつく。絞め殺すことはできない。抑えられるのは一瞬。だが、その一瞬で良かった。
ばたばたと、幹の上でもがくその影を思い切り蹴り上げる。
「鬼さん捕まえた」
ウン百歳の体をここまで酷使させた罪は重いぞ。