影ある所に
とにかく此処にいても時間の無駄だ。私はアッ、マッテ……と何か言いかけた奴を無視して、あの子供を追いかけた。
とは言え闇雲に探し回っても、見つけたところで影が出ていなければどうしようもない。勝機があるとすれば、日の差す場所に誘い込む……だな。あいつは遊び相手を欲しがっていた。このまま日の入りまで姿を現さないという事はまず無いはずだ。油断した所を突く。
何分くらい歩いたか。出来る限り藤江村からは離れたつもりだが……。呼吸が荒くなり脚に重さを感じた頃、絶好のポイントを見つけた。
どこかの村の人間が使っていたのだろう。打ち捨てられた木造の小屋。その周囲半径十メートル程、そこだけ木々が無く、吹き抜けた青空が広がっている。やや東にあるであろう太陽が、姿は見えぬが斜めに照らし、木々の影を地面に投影する。
私は比較的大きな切り株に腰を下ろした。荒い呼吸を落ち着かせる。ここで待っていればあいつは来るだろうか。
そもそも、この圧倒的不利な影鬼で勝負する必要があるのか。ペナルティがあるわけでもなさそうだし、このまま寝てしまって次の遊びにした方がいいのではないか。あいつだって成立しないゲームはしたくないだろう。しかし……。
髪をわしわしと掻く。私があのような小童に遅れをとるなんて……。
「もう疲れちゃったの? つまんないの」
背後のその声に振り返る。やつは両手を頭の後ろで組み、不満そうな顔をしている。
「良く考えたらこんな山の中での影鬼は不公平よ。もっと公平な別の遊びを考えましょう」
出来る限り冷静に、落ち着いて提案した。やつは浮かない顔をする。
「駄目だよ。一度決めた遊びは、終わるまで止められないの。僕にもね」
なんて面倒なルールだ。それなら早く影を踏ませろ。
「つまんないなぁ。お姉ちゃん、怪異でしょ。楽しく遊べると期待したのになぁ」
顔を膨らせてこちらに近づいてくる。ざりざりと砂利を踏み荒らす音が響く。
「楽しく遊びたいなら、さっきの臭いおじさんの方がいいと思うわよ」
「それは嫌」
ざりっ。もう少し……。
「それならわざと負けてくれないかしら。公平な勝負でなら遊んであげるから」
「ううん、それは駄目。遊びで負けたらもうその人とは遊べない」
ざりっ。あと一歩……。
「でも、確かにこのままじゃ、面白くないね」
そう言うと後頭部に手を当て、うん、と考え込む。……今だ。
出来るだけ素早く腰を浮かし、滑り込むようにやつの足元目掛けて踏みつける。獲った。……はずだった。
「あんなに遅いんじゃ見なくても簡単だよ」
視線を右に移す。五メートル程離れた場所で、憎たらしい顔をして立っている。わざとらしく溜息をついて。人間の体を着て、こうも動けるとは。大分侮っていたようだ。
「お姉ちゃん、ホントにそれが限界みたいだね。じゃあしょうがないからルール変えるね」
先程止められないと言ったばかりだろう。変更は許されるのか。良く分からない基準だ。……だが願っても無い事ではある。
「今から僕は、自分の影が全部他の物に隠れちゃう場所には入らないよ。もしもこのルールを破っちゃったら、その時は僕の負け。どう、これなら良いかな?」
それならこちらにも少しは勝機が増すが、先程の動きを見る限り、それでもまだ不利だろう。
「例えば、君が一歩も動かな……」
「よし決まり。もうこれ以上のルール変更はしないからね。ただし、お姉ちゃんが負けたら永遠にこの森から出さない。じゃあ始め」
これが子供ならではの無邪気な残酷さ。山童が畏れられる所以。
遊びなどとは言っていられないようだ。