それは死の遊戯
あと一歩と言うところで、厄介な事になった。いや、そこまで遊ばれていた、と言った方が正しいのかもしれない。というか、ハクジン。お前は知覚できるはずだろう。キッと奴を睨むがこちらを見て黒い眼をパチパチさせるだけだ。奴にも予想外ということか。太陽が出ている時間に現れるなど……。……もういい。
とにかくこれからどうするか……。私としては、乗り換えた方が良いかもしれぬとも思い始めている。
このヤマワラシに。
私の経験上、基本的に敵対する怪異同士が出会っても、直接殴り合うという事はまず無い。怪異が怪異を傷つけることが不可能だからだ。必然的に間に人間を挟んだ勢力争いをし、力の奪い合いという構図になる。敗れた者は力を失い、その地を去るか、卷族になるか、はたまた人間に退治されるかといった末路を辿ることになる。
目の前にいるのは男の子の肉体に憑依した山童。体は人間の物なので傷つけることはできるが、本体にはまるで無意味だ。まあ、もともと話をするつもりだったので関係無いか。
「藤江村の山童ね……。この松江村のハクジン様が話があるそうよ」
先程よりもやや威圧的な声色を作った。このほうが元来の私に近く気楽だ。山童が彼を一瞥する。
「おじさんは臭いからいいや」
けたけたと笑いながらそう言い放った。ソンナ……と項垂れるハクジン。素直だな、と感心した。
そんなハクジンをすり抜けるように、私のすぐ傍まで近寄ってくる。小さな体を目いっぱいに伸ばし、私の肩をぽんと叩いた。
「お姉ちゃん、遊ぼう」
繰り返すが、基本的に怪異同士が直接殴り合うという事はまず無い。……基本的には。
忘れがちなのは、目的によると言う事。過去にはただ『壊れないサンドバッグが欲しい』という理由で喧嘩を吹っ掛けて来た変態サディスト野郎もいた。最終的に私に力の全てを奪われ、人間に首を落とされたが。
そして、この子の目的は『ただ遊び相手が欲しい』。つまり初めから傷つける目的は無いのだ。
この子から見たら私は理想の遊び相手だ。……死なない遊び相手……。
完全に見誤った。人間から見れば? 冗談では無い。私にこれだけの冷や汗をかかせる怪異など、なかなかお目にかかれるものではない。しかもこの状況……。相当に不味い。
「何して遊ぼうか? 鬼ごっこかな? 達磨さん? お姉ちゃんは何がいい?」
「お姉ちゃんは今忙し……」
「決めた。この子が好きな遊び、影踏み鬼にしよう」
この糞ガキが……。
「僕が逃げるから、お姉ちゃんは僕の影を踏んでね。範囲はこの山全部。だけどその臭いおじさんがいる結界の中は駄目だよ。日暮れまでに踏めたらお姉ちゃんの勝ち」
早く始めたくてうずうずしているのか、息継ぎもそこそこに早口でまくしたてる。
「わかっていると思うけど、お姉ちゃんが勝つまで帰さないからね」
やはりそうなるよな。
「あのねえ、お姉ちゃんは……」
「それじゃあ始め」
ものの数秒で、木々の間に消えていった。
深い呼吸を一つして冷静になる。大体私に勝てる要素があるのだろうか。
まず第一、この山には殆ど日が差している場所が無い。そんな中で影を踏めというのがまず無理難題だ。
そして第二、この山は奴の本拠地。地形を知っているという意味ももちろんだが、この地に限っては怪異としての格が違う。特に藤江村周辺では瞬間移動のような真似も平気で出来るだろう。
第三に、範囲が広すぎる。奴はさらりとこの山全部と言ったが、今の私の身体能力は成人女性程度だ。端から端に行くだけで、日が暮れてしまうだろう。これが隠れ鬼だったとしても勝機は薄い。
せめてこいつが使えれば少しは役立ったかもしれないが……。不本意ながらハクジンをちらりと見る。
「ココカラハ……デラレナイノデ……ドウシヨウモ……ナイデス……」
その情けない顔に唾を吐きかけるのが精一杯だった。