目隠し鬼
血生臭い臭いが強くなる。もうすぐ松江村との境のようだ。
「ねえ、お姉ちゃん。どうしてこんなに暑いのにマフラーなんかしているの?」
男の子が後ろから声を掛けてくる。全盛期ならば、『それはお前の首を縊るためよ』と彼の生涯に終止符を打てたのだが、今はそうもいかない。
「街ではこれが流行っているのよ」
「そうなんだ。ってことはお姉ちゃん街から来たの?」
ふいに声色が高くなったのを感じた。ちらりと見ると、キラキラと輝きを増した瞳でこちらを見つめている。
「あんまり良い所じゃないわよ」
皆、信仰してくれないし……。かつての嫌な思い出が甦りそうだ。
「やっぱり山とか無いんだよね」
「そうね、あるのは殆どコンクリート。自然と人の繋がりも大分薄れているし……」
男の子は良く分からないと言いたげに、ふうんとだけ返す。
「それが良いと思うわ。あっ、そろそろね」
向こうの木の裏から白い体がはみ出している。貧相な上半身からは想像もつかない程丸みのある尻が却って不気味だ。……というか丸見えだ、馬鹿。おまけに良く耳を澄ませば、ひゅうひゅうと聞こえる。
「そうだ、私の友達なんだけどね、とっても恥ずかしがり屋なの。だからここからは目をつぶって、絶対に見ないでいて欲しいな」
慌ててそう言った。無理があるとは思ったが、男の子はわかったと言い、堅く眼を閉じた。子供とは純粋で素直なものだ。
「あとね、知らない人に会うのは久しぶりだから、緊張で呼吸がうるさいかもしれないけれど、気にしないでね」
そっと男の子を見る。これはどうだ。
「うん、気にしないよ」
男の子は強く頷いた。ここ数十年で一番純朴な人に出会った気がした。
さてと、あとはこの子に外してもらうだけだ。
「じゃあ、あとはお姉ちゃんが誘導する通りに動いてね。僕、目隠し鬼って知ってるかな?」
元気良く、知ってるよと頷く。じゃあそのまま前に……と誘導する。
ふいにうぐっ、と呻く声が聞こえた。覗き込むと、目を閉じたまま顔を歪ませている。そう言えば臭いの事は言っていなかったか。さすがに友達の臭いだよ、とは言えず、もしかしたら近くで獣が死んでいるかも知れないわ、と濁した。
そう、そのまま脚を上げて。あっ、そこは根があるから気を付けて。
……たかが十数メートルの移動にえらく手間がかかる。せめて奴がもう少し一般人のような外見だったならば、と苛立ちを覚えた。
当の本人はというと、阿呆のようにだらしない口を裂けんばかりに広げ、そわそわと体をくねらせている。それは何とも気持ち悪い、もといおぞましい光景だった。
私は奴の目を見た上で、自分の口を左手で覆った。息を止めろというジェスチャーだ。奴はこくりと頷き鎌を木の幹に刺しつけると、そのまま両手で口元を覆った。……動作だけ見たら可愛らしいんだがなぁ……。
「さあ、友達は目の前だよ。あとはそのまま手を伸ばして、紙を剥がしてくれるだけでいいよ」
鼻から入る悪意に犯され尽くしたのか、男の子は今にも泣きそうな顔で頷く。目と鼻の先には、口を押さえてニタニタと笑う白塗りの顔。もし目を開けたら、失神どころかそのままショック死もあり得るだろう。
震える小さな手が札にかかる。ひゅうひゅうと激しくなる呼吸音。煩いな……。指が札に触れる。そうだ、そのまま……。
……駄目だよ。
それは確かに、男の子の口から発せられたものであった。だが、何かおかしい。漠然とした違和感が体を駆け巡る。
すっと、男の子が目を開ける。いつの間にか震えも止まっているようだ。
ああ、成程。
……入ったな。