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旅は道連れ

 奴の聞き取り辛い話を要約するとこうだ。


 

 この山の周囲には大小合わせて八の村がある。その中でも、山の統治や治水権、村長会議での発言権などに、特に権力を持っているのが、私をさらった松江村と、その隣の藤江村である。

 最も大きいという藤江村は兎も角として、松江村は人口や村自体の面積としては下から数えた方が早いらしい。それではなぜ、松江村がそれほどまでに権力を持つのか。

 

 その答えが奴、つまりハクジン様だ。もともとハクジン様は山全体を縦横していた。各村が年に1人ずつの生け贄を出す。生け贄を出さなかった村には、ハクジン様が下りてきて、足りない分を鎌で切り裂く。それがこの山での仕来たりだった。

 ある時見かねた高名な僧が何とかしようと乗り出した。しかし、当時駆け出しとはいえ、そこそこ力のあったハクジン様を完全に封じ込めるのは不可能だとし、所謂結界を張り、山の一角に閉じ込めるのが精一杯だとした。

 しかし、一体どこに……。そこで名乗りを上げたのが、松江村だった。様々な優遇策と引き換えに。

 かくして松江村は一躍成り上り、その裏では、全ての村分つまり一年で八人の生け贄を出すことが義務付けられた。

 

 そうなると面白くないのが藤江村だ。もともと界隈では絶大な権力を持っていたのが、八人ばかしの生け贄くらいで、小村と同列に語られては堪らない。ましてや松江村と藤江村は隣同士、いつハクジン様が来るとも限らない、と。

 そこで眼を付けたのが、山全土で昔話程度に語られていた、森の精霊の存在。今では殆ど祀っている村は無くなったが、藤江村の一部では未だに隠れて祀っていた。精霊は彼らの怒り、憎しみ、祈りを吸って見る間に力を付けた。

 その精霊は、いつしか怪異と呼ばれる存在になり、肉体を得た。名前を知ったものを森の中心の滝へ招き入れ、死ぬまで遊びに付き合わせる。そう、あの時、西宮が話したあの掟。あれは実在する怪異のものであった。もっとも松江村では一部を除いて殆ど忘れられた存在ではあるが。

 とにかくそれこそが、ハクジン様とこの山を二分する怪異、ヤマワラシだという。

 基本的に日没以降に現れるヤマワラシの行動原理は、ただ遊び相手が欲しい、これだけだという。しかしそこは腐っても怪異、触れられた生身の人間は堪ったものではない。ましてやその遊び場は、最も強力な力を発揮する藤江村の統治する場所。一度魅入られては死しか残らない。


 成程、大したことはないと思っていたが、なかなかどうして。計画性が無く、防ぐ手立ても確立されていない分、人間から見たらある意味ハクジン様よりも恐ろしい存在かもしれない。無邪気ゆえの残酷さ、厄介だ。

 

 ……無論、人間から見れば、だが。



「トリアエズ……ハナシアイヲ……シマス……。アイテハ……オサナイコドモ……。カイワガデキルカ……ワカリマセンガ……」

 浮かない顔でそう言う我らがハクジン様。会話ができないのはお互い様だろう、と言いたかったが、我慢した。

 それはそうと、

「お前、そういえばその藤江村には行けるのか? 結界からは出られないのだろう?」

「コノ……ジュフダサエ……ハズレレバイケルハズ……デス……」

 そう言いながら、額の前にぶら下がる古びた札を恨めしそうに見つめる。そもそも彼は前が見えているのだろうか。

 彼が触れることも出来ないようなので、それなりに力がこもっているのだろう。私に全盛期の力が無いのがもどかしい所だ。この呪札を外せるのは、なかなかの力を持った者、もしくは呪札が感知できない程力の無い物である。不甲斐無い事だが先程までの私ならば恐らく外せただろう。しかし、今となってはすぐ隣に私の力を知る者がいる。そのせいで、微々たるものだが私に力が戻ってしまっている。何と言うジレンマだ。

 

 普通の人間に取らせた方が速そうだ。


 さすがにもう松江村には戻れるはずも無い為、私が様子を見がてら藤江村から人を連れてくるという手筈になった。日が昇るのを待ち、独り獣道を駆け上がり、藤江村を目指す。


 やがて開けた視界の向こうに、大きな集落が現われた。……これが藤江村か。

 成程、話には聞いていたが確かに集落としては大きい。スーパーがあり、病院があり、あそこの建物は中学校だろうか。コンクリートで舗装された道路が、山の向こうまで伸びている。山間に囲まれてはいるものの街としての機能は充分果たしているようだ。

 これで松江村と同じ権利と言うのでは、確かに納得はいくまい。


 さて、これだけの村なら、人一人連れ去っても、直ぐには騒ぎにならないだろう。適当に見繕ってさっさと連れて行くか。だが、大人に抵抗されたら力づくでは正直心許無い。出来るだけ一人でいる小さな子にターゲットを絞った。

 

 いた。通学中だろうか、黄色い学帽を被った男の子が一人。周りには誰もいない。先回りして電柱の陰に隠れる。男の子はその辺で拾ったであろう木の枝で空気とチャンバラをしながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。子供は無邪気で良い物だ。ふうと一呼吸。

「僕、ちょっと良いかな」

 何年振りだろうか、この声色を使うのは。

「うわっ、びっくりした」

 一歩下がる男の子。期待したものとは少々異なるが良いリアクションだ。

「お姉さん、誰?」

 ちらりと後ろを振り向き、そう言った。恐らく日が出ているかを確認したのだろう。良く教育をされている子のようだ。

「ちょっと困ったことがあるのだけど、助けてくれないかな?」

 出来る限り優しく言った。最近の治安事情を小耳に挟んだ事があるが、若い女性の外見というのはこういうときは本当に役立つ。実際はもうウン百歳なのだが。

「困ってる事? 大人の人に頼んだ方がいいんじゃないかな」

「大人の人は信じてくれないのよ。私の友達がここから近い森の中で困ってるの。ねえ僕、森で私と良い事(人助け)しない?」

 うん、と男の子は考え込む。成人男性だったらイチコロだったはずだが。……あと一息か。

「直ぐ終わるわ。そうね、十分くらいかしら」

「それくらいならいいよ」

「ありがとう」 

 お礼に死因が窒息になる呪いを掛けてあげるからね、とは言えない。

「じゃあ急いでついてきて」


 気が変わらないうちに連れて行かなければ。私はその子の手を引き、もと来た道を掛け戻った。


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