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吊り神様

 すぐに意味は解からなかった。今聞こえた音を、頭の中で文章に変換する。……先輩じゃないですか……。

 私は返事をするものか、と悩んでいた。正直言うと、私の頭にはあの村の掟がちらついていた。


「シバラク……ミナイト……オモッタラ……。コンナヘンキョウノ……ムラニ……。」

 二度ほど聞き返した。ああ、暫く見ないと思ったら、こんな辺境の村に……ね。

 

とりあえずその鎌でこの縄を切ってくれ、と両手を突き出す。その錆びついた鎌が無造作に振りおろされる……。刹那、物の見事に、手はおろか脚を拘束していた縄まで切断された。封を解かれた両の脚で大地に立つ。数時間ぶりの自由だ。


「ヒデリ……ヤマ……ハ?」

 不意にハクジン様とやらが囁く。

 日照山。私が以前住処としていた山だ。ここから百キロほど東に進んだ所にある。いや、正確にはあった……か。

 美しい声に誘われるように山に入り込み、そのまま行方不明、そして、頂上の一本松に首を縊った姿で見つかる。丁度日照りを乞う照る坊主のような姿で……。なんて人間が絶たなかったため、いつからかそう呼ばれるようになった。まあ私の仕業なのだが。

 警告を無視し、無断で山に立ち入ったものは1人残らず吊った。祠を壊そうとした麓の村を全滅させたこともある。その伝説から、特に山の怪異からは一目おかれる存在となった。こいつが私を先輩と呼ぶのもそれ故だろう。

 そんな思い出のある日照山。今は亡きその名に想いを馳せる。


「環境開発だよ。リゾート地を建設するらしく、山そのものが無くなった」

 さすがの私も、現代の科学と数の暴力には勝てなかった。二十数人ほどを縊り、作業中の事故もいくつか起こしたが、次々に補充、投入される人員にじりじりと押され始め、挙句はショベルカーで祠と御神体を蹂躙された。思い出すだけで悔しさに体が震える。

「ソレハ……オロカナ……ニンゲンドモ……。シカシ……センパイナラ……ドコデモヤッテ……イケルノデハ……」

 ギリギリと歯の軋む音。目の前では、歯が歯茎に突き刺さるのではと心配になるほどの勢いで喰いしばっている。 それを横目に、ふうと溜息をつく。

「そうでもないさ。現にこの村の連中は、誰も私の事を知らないらしい」

 そう言って季節外れのマフラーをピンと引っ張った。

 我々にとって、『知られていない』というのは忌々しき問題である。我々怪異の力の源は、自分に対する恐怖心、信仰心。その地でより古くから、より多くの人に、より畏怖の念を込めて語り継がれている怪異ほど強大な力が発揮できる。

 どんな姿で現れ、どんな事をする。このイメージがより多くの人の間で一致していれば、それだけ強くなるという事だ。逆に私のように一部の地域では絶大な力を持っていたとしても、その伝承が及ぶ圏外に出てしまえば、人間とさして変わらない力しか発揮できない。

 現に今の私では、せいぜい自殺志願者に『首吊り』という自殺方法を選択させるのが関の山だろう。


「ところでお前は、いつからこの村に?」

「ホンノ……ロクジュウネン……クライ……マエデス」

 全くこいつの話は。ただでさえ掠れて聞き取りずらい上、片言であり、おまけに醜い呼吸音が所々に割り込んで来る。会話一つするのも難儀だ。

 六十年か……。人間基準での信仰の長さ、村人の恐れ具合などはまずまずと言ったところだ。架空のマイルドな掟を語らせ、余所者を油断させるというのも、闇が深くてポイントが高い。

 にしては……。目の前のそれを見る。

 

 この貧相な体。緩慢とした動き。余り力が出ているとは思えない。もちろん、それでもただの人間とは比べるべくもないが。

「この山の名前は?」

「イシキリ……ヤマ……」

 俯きがちに答えるその姿は、少し決まりが悪そうにも見えた。まあ、俯きがちなのはずっと同じだが。

 やはりそうか……。我々が力を発揮するために必要なもう一つの要素。それが名前。自分の行為もしくは自身の呼び名が元になって、それを冠した地名になる。以前の私のような状態だ。もしくは、その名を口にする、伝承するのも憚られるほど畏れられる。このどちらかがあって初めて十二分に力を発揮できる。

 その点こいつは、普通に名を語られていた。そもそも我々には名前があるわけではなく、人間が呼び名を決めるのだ。こいつの呼び名は恐らくその見た目から、白人様だろうか。どちらにしろ名前から恐ろしい感じが今一つ伝わらないのも痛い所だ。

 せめて山の名が首切り山とかになれば、この山では神の如き力を得るだろうに。いや、こいつがこの鎌で人間の首を切っているのかは知らないが。

「お前はどうしたいのだ?」

 ハクジン様に問う。

「コノヤマヲ……シハイシタイ……デス……。」

 山の支配。以前の私のようにか。……だが、世間と隔絶されたこの程度の山間の村など、今のこいつでも十分だろう。六十年も何をしていたのか。

「何か問題でもあるのか?」

「トナリノ……フジエムラ……ニモ……ツヨイ……カイイガ……イマス」

 成程、典型的な縄張り争いだ。


 怪異の目的は様々だ。自身が生きるため以上の事には干渉しない者。人間を見守り、信仰を集める者。無計画に徒に人を殺し、ひたすらに畏れられる者。ルールに基づき一つの山や地域を支配し、神の如き扱いを受ける者。権力圏を広げようと全国を渡り歩く者……。

 ただ、いずれの場合も、自身の力を維持するためには、人間にその力を誇示し、畏敬の対象であり続けなければならない。当然、信仰を二分し、ぶつかる者がいれば、避けては通れない。


「よし、私が手助けしよう」

 普通なら、役に立つかもわからないほぼ一般人の私など、連れていく怪異などいないのだが、目の前のこいつは嬉しそうににっと口角を上げた。裂けんばかりの血塗りの口は、人間が見ればそれは恐ろしい形相なのだろうが、私には緊張感の無い、間の抜けた顔にしか見えない。見た目通り、それ程知能は高くないのだろうか。


 いずれにしろ、私にも思惑があった。こいつといれば一先ず、人間に遅れをとることは無いというのもそうだが、それ以上に。

 先程も言ったが、我々の力は『知られている』事と大きく関わっている。

この未知の地であるが、私の全盛期の恐ろしさを知っているこいつは、役に立ちそうだ。





 私だって、あの栄光を諦めたわけではないのだ。


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