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ノーサイド

 終わった。


 ふうと一息つき、そのまま座り込む。正直言うと不安だった。一瞬とはいえ、やつを拘束できるほどの力が出せるかが。だが実際にやりおおせた以上、私の力も、まだまだ捨てたものではない。

 ……いや、言いたくはないがハクジンのおかげか。

 

 木の葉を舞い上げ、山童がどさりと落ちて来た。いたたた、とお尻をさすっている。こいつのせいで……。足元に転がるそれを睨みつける。どうしてくれようか。……だが、

「お姉ちゃん、遊んでくれてありがと」

 屈託のない笑顔でそう言うやつを見ると、なぜだかこちらが大人げないような気がして、腹を立てていた自分が馬鹿らしく思えた。

「お姉ちゃん、その首……」

 舌打ちが漏れる。木の葉に埋もれたマフラーを手で払い、そのまま首に巻きつける。忌々しい……。

「とにかくこれでお姉ちゃんの勝ちね。さあ、解放してちょうだい。一応その子もね」

 そのために藤江村まで行ったのだ。こちらに還してもらわなければまた誰か攫って来なければならない。

「そうだね……。はいどうぞ」

 その声は少し寂しそうだった。直後、ふらりと男の子が倒れる。慌てて胸を広げて受け止める。山童が抜けたのだろう。彼は穏やかな顔で眠ったように静かだった。呑気なものだ。

 その子をおぶり斜面を登る。日は既にかなり西に傾き、今にも闇の帳が下りようとしていた。だが、迷ってしまうのではという不安感は全く無かった。脚は何かに導かれるように自然に動いた。断じてやつの臭いなどでは無い。もっと心地の良い、不思議なものに身を任せている感覚だった。

 ひゅうひゅうと呼吸音が聞こえた時、背中でもぞもぞと動く気配がした。

「目が覚めたか」

 首も動かさずに問う。

「お姉ちゃん、あれ? 夢だったのかな。お姉ちゃんと、あと、知らない男の子と、三人で影踏み鬼をしてたんだ」

 まどろんだ声色でそう言う。半分は夢ではない。そうかとだけ返す。

「あとね、夢の中で凄く変な人も見たよ。真っ白で、凄く細くて、物凄く臭かった」

「ソンナニ……クサカッタ……カナア」

 闇の向こうから、ぬっと白塗りの顔が出てくる。さすがにこれには私も肝を冷やした。というか臭かったじゃない。現在進行形で臭いんだよ。というかなぜ出て来た。

 だが男の子は鼻を押さえ、

「うわぁ、ホントにいた。くさーい」

 と涙目になりながらけたけた笑った。これには私もハクジンも顔を見合わせるしかなかった。



「このお札を取ればいいんだね」

「そう、そうすればこの臭い人はこの枠から出られる。つまりこの山から出ていけるのよ。嫌でしょう、こんな臭い人が同じ山にいるなんて」

「友達に見せたいな」

 さらっと恐ろしい事を言う子だ。私ならこんなものを見せられたらそいつとは縁を切るだろう。

「言ったでしょ、この人は恥ずかしがり屋だって。この事は僕とお姉ちゃんだけの秘密。誰にも言っちゃ駄目だからね」

 ほら、約束。と小指を突き出す。人間ならこういうときにこういう事をするのは知っていた。一回り小さな指が絡みつく。指きりげんまん……と元気な声で歌う。ふいに懐かしさが込み上げた。


「じゃあ外すね」

 札の端をつかんだ指がゆっくりと動く。ぺりぺりと小気味よい音を立てて、少しずつ呪札が剥がされていく。もしこの光景をあの松江村の者が見たら、この子を叩き殺してでも止めるだろう。当然だ。やつらがこれまで得た恩恵、積み上げた地位、全てが崩壊するのだから。だが、知った事では無い。

 ただ、そんなことは露知らず、ただ困っている人を助けたいという一心で協力するこの子は、果たして今後、この山で生きていけるだろうか。それだけが気がかりだ。自分でも思う。巻き込んでおいて何て言い草だとは。


 私はこの子をどうしたいのだろう。


 

 取れた、と嬉しそうにはしゃぐ子供の声と、山中に響き渡るような雄たけびを聞き、私は我に返った。


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