ヴァルキリー Guns of Mercenaries 第9話
「降下ポイントまであと5分!」
キノ達ヴァルキリーメンバーを乗せたティルトローター機のパイロットは操縦に集中しながらそう伝える
キノ達は時折細かな揺れが起こる機内に3席ずつ向かい合わせに設置された座席に腰掛け各々のTEスーツやアイウェア、武器類の調整をしている
「今までより楽しめそうね?」
「……ウィリアム、状況は?」
気分の高揚を抑えきれない様子で愛用である高周波ブレードのアメノハバキリの刃を舐めるように眺める如月を余所にキノはウィリアムに通信をつなぐ
『最悪だ。TDCの連中が対空砲やSAMターレットを大量に配備しているせいで航空支援部隊が近づけない。アダムが居場所を吐くことを想定してたみたいだ』
HUDに映し出された彼の表情はガスマスクのせいで確認できないが、声からは心底面倒だと言いたげな心境が感じ取れる
アダムはセンチネルの尋問に耐えかね吐いた情報によると、TDCは旧ロシア地区のベーリング海に面した場所からアメリカのアラスカを繋ぐ資源輸送用海底パイプライン跡地を隠れ家にしており、リーダーであるディアスもそこに潜伏しているらしい
ヴァスク併合前にアメリカとの資源輸出効率化の為に建設されていたらしいが、ヴァスク併合後での国交の悪化により建設は中止され放棄されていた所にTDCは目を付けたといったところだろう
『先に降下した地上部隊が対空砲破壊を試みているが、歩兵にバトルエクソ、ハウンドで構成された大部隊による制圧射撃の前に一歩も前に進めない状況だ。君達には我々と共に対空砲を無力化してもらいたい。無力化を確認したら、直ちに航空支援を開始させる』
『降下地点まで60秒!準備を!』
パイロットがそう叫ぶと右側のスライド式ドアがやかましい音をたてながら開き、薄暗い機内に太陽の光が差し込みキノ達の暗順応が働いていた眼を刺激する
開いたドアの先には少なくとも数十機は下らないディルトローター機が横一列に並びながら廃墟群の上を飛んでおり、センチネルの兵士達が座席に腰掛けているのが見える
『あと30びょ……!』
パイロットが到着時間を伝えようとした瞬間、轟音と共に右側を並走していたディルトローター機が爆発し地面に叩きつけられた
プロペラと遠方から放たれた対空砲の弾丸が風を切る音が鳴る宙で健在であるディルトローター機群は編隊を解き回避行動をとる
「うわ!こんなの降りる前に死んじゃうってば!」
「黙って何かに捕まりなさい!」
思いもよらないマリアの怒声に萎縮したシェリルはしばしば持ち込むチョコバーの食べかけを急いで口に放り込むと座席にしがみつく
「もう限界だ!早く降下しろ!」
「よし、ヴァルキリー行くぞ!」
キノがそう叫ぶと5人はディルトローター機から飛び降りTEスーツによる着地時の衝撃緩和を利用し、砂利や小石だらけの地面に着地すると対空砲がある方向の地面が盛り上がった小さな坂道のような場所に身を隠す。遅れて降下してきたセンチネル兵達も同じように身を隠した
「迂闊に頭上げるな!あっという間に蜂の巣だ!」
ギャレスが叫んだ通り、坂道の先にはコンクリートで作られた四角形型の遮蔽物を大量に設置しTDC兵にバトルエクソが絶え間なく制圧射撃を行っており迂闊に出れば近くに転がっているセンチネル兵の死体へ仲間入りしてしまうだろう
「しかしこのままでは……!」
マリアは何かの影が自身を覆ったのに気づき上を見上げると、一体の両肩部にチェーンガンを装着したハウンドが牙を剥き出しにし、マリアにめがけて飛びかかってきていた。
その場でバックステップし紙一重で回避すると、ハウンドの頭を押さえつけ馬乗りになり自由を奪った
『待って!そのハウンド、利用できるかも!誰かマリアに手を貸してあげて!』
リザの通信を聞いたキノはマリアに走り寄り、激しく暴れるハウンドの頭部を押さえつける
『ハウンドの頭のてっぺんにメンテナンス用のケーブル接続端子が内蔵されてるの。こじ開けてデバイスと接続してみて!』
キノは接続ハブを覆う装甲の隙間にククリナイフを差し込み、てこの原理を利用し装甲を剥がしデバイスから取り出したケーブルを接続した
「繋いだぞ!」
『オッケー!システム初期化……再構築……よし!できた!』
ハウンドは抵抗を止めたとほぼ同時にカメラアイの色が赤色から青色に変わる
『キノ、テレビゲームは得意?』
「お前に何度も対戦ゲームに付き合わされたらそれなりに上手くなるっての」
キノはその場でしゃがみ込み左腕に装着したタブレット型デバイスをタップし操作すると彼のHUDにハウンドの視覚情報が映し出されチェーンガンの残弾数、各部位パーツのダメージ量が表示される
「V4、ハウンドに続いてくれ!お前の速さならいける!」
「仰せのままに」
如月はキノが操るハウンドが坂を飛び越えたと同時にまるで愛犬と競争する飼い主のように駆け、弾幕の嵐を掻い潜る。気づいた敵は如月に向け機銃のトリガーを引くが彼女の不規則なステップにハウンドによるチェーンガン掃射により的を絞れないようだ
TEスーツは出力を使用者の好きなように調整することができる。如月は出力を全て脚部に回しており、アメノハバキリを対象の一番脆い箇所に刃を滑らせ必要最小限の力で断ち切ることが出来る彼女には腕力をさほど必要としないのだ
「ギャレス!」
キノから合図を受けたギャレスは坂から身を出し、ケルベロスを如月を狙う機銃手達へ向けトリガーを引く。3つの発射口の1つから放たれたテルミット弾は手前にある遮蔽物に命中し、それと同時に3000度もの熱を持つ辺りに炸裂したテルミットは機銃手達を飲み込み、短い悲鳴を上げさせた後絶命させ、バトルエクソとハウンドの装甲を溶かし内部を焼き尽くした
「今だ!行け!」
坂に残っていたヴァルキリーメンバーとウィリアムはセンチネル兵達と共に如月へ続く。状況を打開できたことと、仲間の死を無駄にしまいという気持ちが、彼等の士気は高まらせた
対空砲は先ほど焼き尽くした遮蔽物に3基、残りは幾つかの廃墟ビルの屋上に設置されており、どの廃墟ビルの高さは6階建て程の高さだ
「我々は右翼に!ヴァルキリーは左翼の対空砲を破壊しろ!」
「V2は俺と来い!V3達はビル内部を制圧してくれ!」
キノはマリアを連れグラップルワイヤーを廃ビルの壁に打ち込むと、ワイヤーを巻き戻す力とブースターの推進力を利用し一気に屋上へと飛び上がる。屋上には対空砲二基に加えライトマシンガンを携えたTDC兵達が周りを囲むように散開している
キノ達に気づいた敵兵士の1人が周りの仲間に知らせようと叫ぶがキノは対空砲の側に大量に積まれていた対空砲用マガジンにエンフォーサーを向け上部バレルからマズルフラッシュと共にグレネード弾を吐き出させた。命中したマガジン内の弾丸に引火し、フラググレネードの破片のように辺りに弾丸を撒き散らし辺りの兵士達を穴あきの死体に早変わりさせた
「一基破壊!V3、そっちは!?」
『こっちもあらかた片付けたよ!』
屋上を制圧した2人はウィリアム達が突入した右翼のビルの屋上に向け援護射撃の準備に入る。
エンフォーサーの低倍率スコープに先にはTDC兵達とセンチネルが激しい銃撃戦を繰り広げており、TDC兵の中にはバトルエクソを思わせる強化アーマーを纏った兵士が設置して使用されるガトリングをその巨体と同じ大きさほどの給弾用バックパックを背負いながら弾丸の雨を吐き出し続けている。
ウィリアムが率いるセンチネル兵達はTDC兵達があらかじめ設置してあった土嚢に身を隠し身を守るがロクに反撃もできない状況を強いられていた。
マリアはブルパップ式マークスマンライフルのマグニファイヤのクロスヘアを重装兵の頭部に重ねトリガーを引き何発か打ち込むが装甲が弾丸を弾く際に生じる火花が散っただけで効果は見られない
「ッ!硬い...!」
『大丈夫!まかせて!』
シェリルの声が通信越しに聞こえたとほぼ同時に下方から彼女がブースターから青い炎を吐き出させ青い髪をなびかせながらが飛び上がったのが見えた。
屋上に着地したシェリルはブースターを吹かしスライディングの要領で、腕を伸ばせば触れられるほどの距離まで重装兵との距離を詰めると、レッグホルスターからマルドゥークを抜き撃鉄を親指で下げ、仰向けの状態で構える
「ぶち抜け!!」
周りの銃声をかき消すほどの大きな銃声が辺りに響き渡り、50口径よりも一回りほど大きい大口径弾は傷一つつけられなかったアーマーを給弾用バックパックごと貫き重装兵の腹部に約直径4cmほどの風穴を作り数メートルほど吹き飛ばした。
すさまじい反動にシェリルは両肩と両手首に痛みを感じたがマルドゥークの絶大な威力への驚きと興奮で気にも留めなかった
「ターゲットダウン!!」
ハイテンションな状況報告をすると、ウィリアム達が対空砲を掌握した
「こちらセンチネル1!対空砲を無力化した!航空支援を要請する!」
『了解だセンチネル1、ガンシップを向かわせる。それまで耐えるんだ』
屋上から地上を見下ろすとバトルエクソとハウンドが群れをなして進みながらキノ達がいる屋上に向け手に持たれた小火器に背中や肩部に組み込まれたマシンガンを撃ち続けている。
あと3分程で屋上まで登ってくるだろうと判断したヴァルキリーにセンチネルはバトルエクソ達に弾丸の雨を浴びさせた。
屋上という有利な位置をこちらがとっているとはいえ、数はあちらに利があり一歩間違えば一気に押し切られそうな状況だ
実際は数分だが数十分以上に感じた銃撃戦の途中、ヘリのローター音が聞こえ始め先ほどキノ達が乗ってきた物とは別のディルトローター機が数機現れる
『全部隊へ、機銃掃射を開始する!その場から動くなよ!』
生身の人間を容易くミンチにしてしまう威力を持つ2門のガトリング砲は回転を始めると大量の薬莢を機体の真下に落とすと共に弾丸の雨を降らせる。
バトルエクソ達をバラバラにし機械の群れが大進行をしていた地上には大量のスクラップだけが残った
『グッドエフェクト!一気に進め!』
キノ達はビルから飛び降りると、ブースターを起動させ着地時の衝撃を緩和させる。スクラップの山を越えると、海底パイプラインへ続く巨大な貨物エレベーターを見つけるが、先程の攻撃が嘘だったように辺りには人っ子ひとりおらずセントリーガンすら設置されていない
「……プロフェット、どう見る?」
『分からん……だが嫌な予感がするのは確かだ。慎重に進めよV1』
「キノ、部下を何人か貸す。地下の安全を確保してくれ」
「了解した。他はここら一帯を確保しておいてくれ」
ウィリアムの指示を受けたキノはマリアを連れて、数十名のセンチネル兵と共に、貨物エレベーターへ乗り込む。センチネル兵の1人が端末を操作すると強化ガラスで作られた透明のゲートが閉まり、緩やかな速さで地下へと進み始める
「マリア、やっぱり妙だよな?」
「ええ…何故彼らは入り口付近の守りを放棄しているのでしょうか」
「所詮烏合の衆、頭が足りないんだろうよ」
2人の会話を聞いていた兵士が鼻を鳴らすと小馬鹿にした様子でそう言うと、周りの兵士も違いないと笑う
オレンジのライトが点滅し、ゲートが開く。キノとマリアは両翼をセンチネルたちに任せて正面を警戒しながら洞窟のような道を進むが待ち伏せも無く、コンテナが積まれているだけである
「傭兵、エレベーター付近にいてくれ。俺たちは奥へ進む」
そう言い残し、センチネル兵達は薄暗い奥へと進んでいった
キノはコンテナの1つにもたれかかり、額の汗を手の甲で拭い、マリアは閉所であることを考慮しマークスマンライフルを肩に提げ、サイドアームのハンドガンをセーフティーを外し辺りを警戒している。数分たった頃に奥へと進んだ兵士から通信がくる
『妙だ…行き止まりまで進んだが誰もいない』
「よく探したのか?」
『ああ、生体反応センサーにも引っかからなかった。今部下にコンテナを調べさせ……』
『おい!罠だ!!』
通信越しから他の兵士の悲鳴と聞き間違えるほどの声が聞こえた数秒後、爆音が響き地下全体が激しく揺れた。奥からは熱風と赤黒い炎が吹き荒れ、辺りに積まれた別のコンテナからも連鎖するように爆発が起こる
「キノ!エレベーターで上へ!あの爆発では彼らはもう!」
マリアは恐らくコンテナの中に爆発物の類が仕掛けられていたのであろうと通信内容から読み取る。爆発の影響で地下が崩れる可能性があると判断した。キノはエレベーターに向かおうとしたとき背後のコンテナからピッピッと微かに電子音が聞こえ始め、間隔がどんどん短くなる
「ッ!!」
頭より身体が先に動いた。マリアの両肩を力を込めて突き飛ばしコンテナから出来るだけ離れさせた瞬間、爆音が鳴ると同時にまるで巨人に背中を殴り飛ばされたようにキノは爆風に吹き飛ばされた。視界内で何度も天地がひっくり返り身体中に鈍い痛みが走り、壁か何かにぶつかったのか背中を激しく叩きつけられた
キノは消えかけている意識の中で辺りは炎に包まれ壁や天井の一部が崩れ落ちるのを理解していたが、まるで自分ではない誰かの状況を遠くから眺めているように穏やかな様子だった
「キノ……」
聞き慣れた優しい声の主に目を向けると、割れたアイウェアの破片が突き刺さった右眼から激しく出血し顔の右半分が血で染まったマリアの顔が見えた。キノは皮膚を地面に削り取られた痛々しい傷がある左腕を彼女の顔に手を伸ばすと、マリアは優しく彼の手をとる
「キノ……もう大丈夫。シェリル達が助けにきます……もう直ぐ帰れますよ」
マリアはナイフを取り出し、彼の何かを切り裂くとキノの両脇から抱え、貨物エレベーターへと運ぶ。キノは目の前の岩に潰された右腕と自身の右肩が赤黒い血で結ばれている光景を見たのを最後に意識を失った
「こちらセンチネル1!ここにディアスはいない!我々はハメられたんだ!」
ウィリアムは爆発が起きる前に地下へ向かった部下達から受けた通信と先ほど起きた爆発から予測から確信に変わった状況を本部へ伝えようと通信を試みるが応答が無くノイズしか聞こえない
『ま……!突破され……ぞ!』
ノイズが消え始め、銃声と兵士の悲鳴が聞こえた。ウィリアムは通信で呼びかけ続ける
「こちらセンチネル1!HQ!なにが起こっている!?」
そして彼は信じがたい…信じたくない最悪の状況を知る
『こちらHQ!旧ロシア全域のセンチネル陸軍基地がTDCの襲撃を受けています!!』