ヴァルキリー Guns of Mercenaries 第8話
傭兵になるか、ムショ暮らしのままか……PMCレギオンカンパニー(LC)の傭兵を名乗る男はオレンジ色の囚人服を着た俺に二択を迫った
俺が元イギリス軍の工兵と知ってわざわざここまで出向いてきたんだろう
奴は信用できなかったが、妹のルイスを残してきた俺には選択肢はなかった
まだ俺が軍人だった頃、ルイスはあのクソッタレで飲んだくれの親父に殺されかけた
あの馬鹿は仕事が終われば酔っ払って帰ってきては、ルイスやお袋に罵詈雑言を吐き生活費なんぞ気にもとめずにギャンブルに注ぎ込み続けてやがったゴミみたいな奴だ
愛想を尽かしてお袋が出て行った時期に行動はエスカレートして、ついにはルイスに暴力すら振るうようになりやがった……俺が家に居る時は力づくで止めさせたが、高校を卒業して直ぐに陸軍に入隊したおれは、任務で留守にすることが多くてな
ルイスが気が気でなかった俺は3日間の休暇届けを提出して家に向かった。玄関のドアを開けると戦場で嫌という程嗅いだあの鉄臭い血がリビングまで続いていた
最悪の展開が頭の中に浮かんだ俺は、リビングに走ると顔が返り血で汚れたルイスが、放心状態で苦痛に歪んだクソ野郎の死体のそばに座り込んでいた
あいつの膝元には俺の自室から取り出してきた軍用ナイフが転がっていて、去年の誕生日にプレゼントした純白のワンピースは返り血で赤黒く塗りつぶされていた
俺は妹を抱きしめてこう言った
「すまなかった…こんな事になるまで放っておいちまって……兄貴失格だ」
あいつは小さい頃の時みたいに俺の胸にしがみついて声をあげて泣いた。当たり前だ、ロクでなしから身を守るためとは言え人を殺しちまったんだからな
ルイスを落ち着かせながらも俺は何をすべきか決めていた
今まで罵詈雑言はおろか指先一つ動かさなくなったクソ野郎に怯え続け、次はムショ暮らし……兄貴として愛しい妹の人生をそんなふざけたモンにさせるかってな
通報があった家のリビングに血塗れのナイフを持ち、死体を見下ろしながら立ち尽くしているガタイのいい男を見れば誰がやったかなんて考えるまでもないだろう
俺の思惑通り、サツは俺の供述を鵜呑みにして妹を助けようと必死になった兄がナイフで実の父親を刺し殺した殺人事件として処理した
もちろん陸軍からは不名誉除隊が言い渡されたがルイスを庇いきれた俺は後悔は微塵も無かった……あの日までは
LCでの仕事はお世辞にも陸軍にいた頃と同じとは言い難かった。報酬次第では民兵組織の民間人虐殺や要人の暗殺とかの汚れ仕事も引き受け、周りの同僚……いや、喋る弾除け共は俺に敵を爆破しろだの吹き飛ばせとばかり囃し立て耳障りで仕方が無かった
たがルイスを食わせていく為に、大学に行かせてやる為には汚れた金だろうが必要だった
そしてLCの傭兵となって4年が経ったある日、ルイスが通っていた医大の卒業式に出席した
スーツ姿のルイスが教壇に上がり学園長から卒業証書を授与された姿を見て、俺は兄として誇らしかった。愛する妹がまだぬいぐるみを使ってままごとを楽しんでいた頃から抱いていた医師になるという夢を叶えようとしていたんだからな
ルイスがたくさんの長椅子が並べられた保護者席に座っていた俺に気づき笑顔で手を振ろうとした瞬間....まるで戦車が砲撃のような轟音と何百人をも吹き飛ばす爆風が卒業式場を地獄に変えた
TDCの民間人を狙った爆弾テロだった
俺はさっきまでは教壇として存在していた瓦礫の山に木片が突き刺さった脚を引きづりながら近いて、もう誰かも分からないぐらいにズタズタにされた死体と千切れた腕を掻き分けてルイスを探した
大丈夫だ……あいつは無事だ…そう自分に言い聞かせながら探した
だがその希望はあの時見せてくれた笑顔の面影も無いぐらいに顔が潰されたあいつの亡骸を見つけた瞬間に消え失せた
お笑い種だよな、ルイスを守るために自分の全てを投げ捨ててムショに入りクソみたいな傭兵部隊に買われ、最後は愛する妹を守れずに死なせちまったなんてよ
その日以来俺は、まるでバトルエクソのようにただ命令に従い敵を殺すだけの戦闘マシーンと化した。ただただ敵を殺すだけの日々だ
心が安らぐ瞬間といえば俺が仕掛けた爆薬やロケットランチャーで吹き飛んだ敵兵がバラバラになる様を見れた時ぐらい。悪趣味だって?自分でもそう思うさ
それから1年半が過ぎたある日、喋る弾除け共が小さな少女を手錠を掛けて連れてきた
そいつの名はリザ・アバーテ。後にヴァルキリーメンバーとなるバイオメカニクスの専門家だ
TDCは資金の為に麻薬カルテルとの癒着だけでなく人身売買にまで手を出していやがった
話を聞くと元々はリザの父親を拉致するつもりが抵抗されドジって撃ち殺してしまい、幼い頃から父親の研究を見てきたリザを代わりに拉致ったらしい
奴らはあいつにドローンや強化外骨格の改良、開発を強要した。暴力に物を言わせてな
だが強要されてする仕事の出来なんざ、たかが知れている。ましてや14歳の少女にはゴロツキとは言え傭兵の脅しは耐え難い恐怖を感じただろう
苛立った弾除けの1人がリザの頬に平手打ちをかますと『躾が必要だ』とほざいて、あいつに馬乗りになってナイフで小さな身体に纏われた服を切り裂きはじめた
『助けて』『ごめんなさい』そう泣き叫ぶリザが、ルイスがあのクソッタレにひたすら謝罪の言葉を言う姿が脳裏に浮かんで重なった。俺は黙って見ている事ができなかった
俺はリザに自分のジャケットを羽織らせ後、首が180°回転している死体を残して監禁する為に作られた地下室からあいつをおぶって立ち去った
こいつを逃がしたい、当てなんか無いくせに俺は弾除け共が汚い金で買った車を奪いリザを何処か遠くへ逃がそうとした
リザを後部座席に乗せた瞬間、乾いた発砲音と同時に俺の土手っ腹に風穴が空いた
俺は傷口を押さえながらハンドガンを抜いて風穴を開けた犯人の額に鉛玉を撃ち込んだ
銃声に気づいた弾除け共が集まってくる前に俺は運転席に座り車を出した
夜明けが近づき空がうっすら蒼色に染まり始める中、追っ手達とのカーチェイスを繰り広げた。止まる気配の無い土手っ腹からの出血で徐々に視界がぼやけてきて、もう自分がどこを走っているのか分からなかった
気を失う最後に見たのは小さな飛行場の入口のフェンスを突き破った光景だった
目を覚ますと俺は談話室の3人は座れるぐらいのソファに頬にガーゼを貼られたリザと一緒に横になっていて、腹には包帯が巻かれていた。
もちろん弾除け共に連れ戻されたわけじゃないのは直ぐに理解できた。奴らなら地下室に俺をぶち込むはずだからな
身体を起こすと『気がついた?』と青髪のルイスと同じ歳ぐらいの少女が声をかけてきた。その奥には灰色髪の俺よりいくつか歳下ぐらいの男もいた
キノと名乗った灰色髪の男から話を聞くと、俺が気を失った後に車は航空機格納庫に突っ込んだ。騒ぎに気付いたあいつらがリザから助けを求められ追っ手共を蜂の巣にしたらしい
馬鹿みたいだろ?金で雇われる傭兵部隊が義理人情の為に他の傭兵部隊を敵に回すようなマネするなんてよ。だが、キノ達は俺が守ろうとしたリザと俺自身を救ってくれた
俺はあいつらに恩を返す為にこのヴァルキリーにいる。遠からずロクな死に方をしない事は分かっている。だが、その日が来るまで俺はキノ達の力になりたいんだ
それに爆破は俺の得意分野だからな
「気に入ったのか?」
ボーッとしていたギャレスは不意にキノから声をかけられ、少し驚いた様子でキノへ視線を向ける
ギャレスは3連装ミサイルランチャーが納められた強化ガラス性のショーケースの前に立っており、辺りを見渡せばまるで武器庫あるいは銃器展覧会を思わせるほど壁や沢山のショーケースの中に銃器、アタッチメント、グレネード類が飾られている
アダムを捕らえた報酬がガブリエルの計らいでかなりの上乗せされていて、リザがCIAに金額が間違っていないかと半狂乱気味で連絡を取ろうとしたぐらいだ
思わぬ報酬を得たキノ達は装備を一新する良い機会だと思い、武器商人であるフォールンのごく一部の傭兵や裏社会の人間にしか知られていない武器ショップへ訪れていた
『見惚れてたか?俺の力作に』
室内に設置されている埋め込み型スピーカーから30代半ばと思われる声が聞こえると同時にスピーカーの真上に埋め込まれたモニターに黒い翼を持つ天使が様々な重火器を溢れんばかりに両手で抱え、笑顔を浮かべている姿を模したエンブレムが映し出される
「あ…ああ、こいつはどんな代物なんだ?フォールン」
ギャレスにフォールンと呼ばれた声の主はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにショーケース内の闇夜のような色に塗装され、弾頭の装填部分はリボルバーマグナムを思わせるシリンダーを持つ3連装ミサイルランチャーについての説明を始めた
「見ての通り、こいつは3連装式ミサイルランチャーだ。名はケルベロス。通常の対ビークル用ロケット弾に加え、テルミット焼夷弾にクラスター弾が使用できる。」
説明し終わる頃にはギャレスの眼の輝きが増し、笑みを浮かべている様子を見たキノは苦笑いを浮かべていた
「……貰おう」
「毎度。あとサービスに専用弾をいくつかサービスしてやるよ」
ロック解除音が鳴ったショーケースからギャレスは満足気にケルベロスと専用弾が入ったケースを取り出した
「どうも。そういや、キノが持っているそれは?」
キノの手には以前持っていたアサルトライフルよりも一回り大きく、バレルが上下に1本ずつついた連装銃が持たれていた。ブルパップ式特有のストック部分に装填されたマガジンに加えトリガーガード前方にもマガジンが装填されている
キノがフォールンに説明を求めると意気揚々と説明し始めた
「そいつは何十年も前に旧韓国で配備されたK11を俺がマトモな代物になる様に改造した、複合銃エンフォーサーだ。ほとんど別物とはいえ、磁気に近づけただけで不具合が起こった欠陥品を基にしたとは思えないくらいの出来だ。少しかさばるがお前なら扱えると思ってな」
「ああ。キチンと使いこなしてやるさ」
キノは自信ありげに答え、エンフォーサーのフォルムを堪能している
「私も決まったよー」
ハンドガンやマシンピストルが並べられている一番奥のショーケースの前で一番悩むに悩んでいたシェリルの手には44マグナムよりバレルが遥かに長く、シリンダーには4発分しか装填する穴は無いがより大きな大口径弾が装填できる程の大きさだ
「なんだそりゃあ……」
「そいつはゾウ殺しの44マグナムより強力なマグナムをコンセプトに開発した代物で名はマルドゥーク。以前、他の客がこいつが欲しいと言ってきたが試し撃ちさせてやったら手首と肩の関節が砕けちまってな。シェリルよりも遥かにでかい大男がガキみたい泣き叫ぶ姿は見てて恥ずかしかったよ」
「でも私なら扱えるって買う許可もらえちった」
「おい、本当に大丈夫なのか?」
オモチャを買ってもらった子供の様にはしゃぐシェリルを余所にキノはフォールンに問う
「俺の見る目に間違いは無いさ。それに精魂込めて作り上げた代物を扱いきれない馬鹿に売ったりはしないさ」
「……そうか。買い物は以上だ、料金はいつもの口座から引き落としてくれ」
「了解だ。しかし、倹約家のお前が新商品に手を出すとはな?余程、アダム・デイビスを捕らえた報酬に大金が支払われたと見るね」
ヴァルキリーとクライアントしか知らない情報を話すフォールンだが、キノ達は驚く様子は無い。この男は武器商人としても情報屋としても裏社会では有名だ。その事を知っていても何ら不思議は無い
「近々、センチネルの大部隊がTDCの拠点に攻撃を仕掛けるらしい。お声がかかるかもな」
「アダムが吐いた情報だろうな。それじゃあありがとうな」
エンフォーサーのストラップを肩に掛け、弾薬にアタッチメントが納められたガンケースを持ち上げるとギャレスたちを連れ部屋を後にした
キノ達が立ち去った後、フォールンは静かに独り言を呟く
「化け物じみたお前達でも、次の仕事は無傷で済むかな?キノ・ウッドロウ…それと美しき戦乙女達よ」