魔界地獄でお仕置き―2
リテイラは、気絶した女生徒の懐抱をホテルの従業員に任せ、引率教諭にバカ二名を引き合わせるために、引率教諭のところへ向かっていた。
引率教諭は、ホテルではなく別の場所にいたのだ。明日生徒たちが訪れる予定の観光名所について、魔界地獄の軍と打ち合わせがあって、軍の派出所へ赴いてたのだ。
打ち合わせそのものははやく終わるのだが、引率教諭はまだホテルに帰っては来ていなかったのだ。
かつて引率教諭は先代魔王の率いる旧魔王軍の将軍であった。先代魔王の結婚により一度解体され、今の魔王の就任に伴い新たに発足したとはいえ、昔の部下やら同僚は残っているようで、引率教諭はおそらく旧交を暖めるために引き留められているのかもしれない。
だから、リテイラの向かう先は軍の派出所である。ちなみに精霊界への直通の移動門もそちらにあるので、アホをやらかしたバカ二名が送還されるとしたら結局は派出所行きになるので、リテイラとしては一石二鳥であった。
目的地である派出所は、魔界地獄の首都の繁華街を越えた先の区画だ。それまでの道のりを、リテイラは気絶させたバカを文字通りずるずると引き摺って進んでいく――たまにすれ違う魔族にドン引きされたり、絡まれたりして返り討ちにしながらも、確実に目的地へ進んでいた。
その道中で、リテイラは見た。
「おーほほほほほっっ!」
――繁華街で、大声でけたたましく笑う一人の生徒を。
リテイラがガイドを勤める修学旅行の生徒だ。色素の薄いその特徴は、明らかに精霊族。彼女は確か、リテイラが引き摺る王族の一人の双子の姉だ。
周囲は、繁華街。居合わせた魔族はドン引いて距離をとっているけれど、一部の魔族と鬼族が苛立たしげに彼女に近づいていた。
それを見た彼女は、あろうことか……喧嘩を売った。
「おーほっほっ、あたくしに何の用かしら! あたくしは姫! さあ、額ずきなさい、傅きなさいっ!」
なぜ、彼女がここにいるかはわからない。しかし、どうやら酔っているらしい。マータもしくはヴィータではなく、どうやら魔力酔いのようだった。
強い魔力を持つものは、満月の日に羽目を外しやすくなる。ただ、それは制御ができないときだけだ。強い魔力を持ち、とくに制御に自信のないもの――子供は、だいたいは満月の日には外へ出ない。
「……また、ですか」
リテイラは溜め息を吐いた。王族というものは、バカばかりなのか。
「なんだって、このアマ!」
鬼族は短気だ。だからすぐに彼女の喧嘩を買った。ついでに酒に酩酊していた魔族もいた。その魔族は猪の頭を持つ獣頭族であった――獣頭族は、頭の獣のタイプにより性格がわかれる。猪の獣頭族は、猪突猛進で喧嘩っぱやい。
……つまり、彼女が売った喧嘩は見事に買われたし、買った相手は血の気が多かった。
対し、まともな思考回路など持たない状態の彼女。
――結果など、火を見るより明らかだ。
「こんのガキがああ!」
猪の獣頭族が、彼女に殴りかかる。
周囲の居合わせた魔族たちは、顔を手で覆ったり、目をそらしたり、軍を呼びにいったりした。
同じく居合わせたリテイラは、猪の獣頭族めがけて軽く槍を振った。
「あぎぃいいっ!?」
ぶぉんと唸り、リテイラの槍は猪の獣頭族を横にぶっ飛ばした。リテイラはただ軽く槍で払っただけだった。
「な、何が――いぎゃあ!」
続いて鬼族が空高く宙を舞い、落ちた。リテイラはただ軽く下から突き上げただけだった。
「ちょっと、あなた」
リテイラは左手にバカ、右手に槍を構えたまま彼女に近づいた。その辺りで痛みに悶絶する鬼族と獣頭族はもちろん放置だ。
「なぁに? あたくしにさから――」
リテイラは彼女の耳の横を素早く突いた。ざん、と音をたてて槍の穂先が地面に刺さった。
「……っ」
彼女はそろっと目を横へ動かした。その視線の先で、彼女の色素の薄い髪が何本かはらはらと地に落ちていく。
「おいたが過ぎます。お仕置き、されたいんですか?」
リテイラは視線でバカ二名を示した。
……こうして、リテイラが引率教諭につき出す生徒が増えた。
このあと、駆けつけた軍に混ざっていた引率教諭に、リテイラは不機嫌丸出しでバカ三名をつきだし、そのままバカ三名は問答無用で送還となった。