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魔界地獄でお仕置き



 ――猫にマタタビ、人間族にアルコール、精霊族にマータもしくはヴィータ。

 それは世界の常識、各種族の常識。

 そして、精霊族にマータもしくはヴィータの場合、それは猫にマタタビ、人間族にアルコールの比ではない。

 マータもしくはヴィータは、精霊族を酩酊状態にし、理性の箍をはずし、精霊族が普段無意識に自然に行う力のコントロールまでをも奪い、精霊族をとてつもない暴れん坊に変えてしまう。

 そのマータもしくはヴィータは、魔界地獄の一部地域に自然発生、もしくはマタヴィッツという精霊界の墓場に生える毒の樹から精製される。

 精霊界のハイソな学生たちは、今回魔界地獄へ修学旅行にやってきた。ハイソな、つまりイイトコのお坊っちゃんお嬢ちゃんである。

 旅の案内人たるバスガイドとバスの運転手は人間族であった。精霊族からすれば“弱っちい”人間族――頭の弱い――失礼、少々はめをはずしたがるお年頃の、一部のお坊っちゃんお嬢ちゃん方はそう思ったのだろう。

 ようするに、彼ら彼女らはバスガイドさんをなめていたのだ。かつて(セクハラ変態と名高い)勇者・ダリアンの一行の切り込み役として名を轟かせた、リテイラ・マックイールを。

 ――やるなといわれたらやりたくなるのが思春期の性分。それをいったのが気に入らない存在であったなら、その性分は増長されるわけで。

 増長したその性分に背中をおされた彼ら彼女らは、宿泊先である修学旅行向けホテルから外へ出ていた。


「ほ、本当にやるのですか?」


 実際に行動にうつすまえに躊躇うのも、ハイソで箱入りなお坊ちゃんお嬢ちゃん方だからこそ。

 また、ハイソで箱入りな彼ら彼女らだからこそ、世間知らず故に、逆に躊躇いというものも生まれないわけで。


「今さらだぜ?

 へへ、いいっていいって。人間族に命令されたくないっての。オレ様、王子殿下の従兄だぜ? 偉いんだぜ?」

「そうだよチェリシア。僕ら兄弟は偉いんだよ!」


 人数は三人。蒼白な顔色で、今にも泣きそうな真っ青でビクビク怯える少女、やる気満々の自信に溢れた偉そうな同じ顔の少年が二人。

 少年二人は王位継承権に名を連ねる王族であり、少女は今回修学旅行にて彼らのお目付け役に抜擢・任命された貴族である。お目付け役が完全に振り回されているけれども。


「さあ、俺たちが偉いって教えやろうぜ!」


 彼らが進む先にあるのは、ホテルより少し離れた場所にある駐車場であった。

 交通手段の馬車や鉄道、自転車にバスというものは、どの世界でも希少価値がある。特に異界よりたまに迷い混むバスは希少価値レベルは半端ない――バスという乗り物本体に、動かすことができる人材、そして維持していくことが可能な知識に費用、これらが揃って初めて人やものを運ぶなど、“運用が可能”となる。乗り物本体だけでは、ただの珍しくかつ大きすぎて、そして維持に費用がかさむ置物だ。


「や、やめましょうよ……!」


 涙と鼻から出る液体で顔をグシャグシャにした少女――チェリシアがついに蹲った。体がガタガタ震え、今にも失神しそうである。


「またいつもの“悪寒”かー? ただのびびりじゃん」

「あ、あたしのおお悪寒は、的中するんですぅ……!」


 チェリシアは特異体質である。自身に危機が迫れば、激しく身体がガタガタ震え、ついには失神するのである。

 これが、チェリシアが彼らのお目付け役に抜擢された理由である。今まで彼らのお目付け役は長い間続かなかった。歴代のお目付け役たちは、彼らの奔放さや引き起こす諸問題に振り回され、短期間でギブアップせざるを得ない。

 ならば、危険事前探知機という異名を轟かすチェリシアなら――というわけで、事前に危機を察知し、回避する経験と能力を買われたのだ。……本人にとっては苦行でしかないのだが。


「ならてめえだけそこで震えてれば〜? アハハ!」

「俺たちに男爵の娘ゴトキが口出しすんじゃねってのー!」

「さ、ぼころーぜ! バスがなけりゃ、あのカンにさわる人間ガイドもおとなしくなるって! ゲハハッ」


 そんなわけで、早速危険を察知し、絶賛ガクブル中のチェリシアではあるが、彼らはてんで本気にしなかった。

 ――それが、命取りとなった。


「誰が、大人しくなるっていうんです?」


 じゃりり、と低い音がした。地面の砂利を踏みしめる音だ――ヒールの高い靴で。

 少年二人は不機嫌も隠さずにそちらを見た。

 雲間から垂れる淡い月光を背景に、槍の切っ先が鈍くギラリと光った。それを見て、チェリシアはついに失神した。


「それは、あなたたちでしょう」


 無表情で少年二人を睥睨するのは、彼らがバカにしていた人間のガイドであった。彼女は、バスの前に立っていたのだ……槍を片手に、仁王立ちで。


「――あらあら、何様ですか? あなたが偉いのでなくて、従兄さまである王子殿下が偉いのでしょう? ……あら、バカにしていた人間のガイド相手に何もいえないんですか」


 ――そういうのを虎の威を借りる何とやらというのですよ、ご存知?


 ふっ、とバスガイドは淡く笑った。口角をつり上げる、相手を激昂させる笑みだ。


「なっ……! “集え――」


 少年のひとりが、魔法を唱えようと口を開き、そのまま地に伏せた。正確にいえば、伏せさせられた。


「何が集うんです?」


 目にも止まらぬはやさで、バスガイドは槍を軽くひとふりしただけだった。その風圧で、少年は転倒、頭を打ち気を失ったのである。


「あ、あ……き、きさ――」


 ま、と続けるはずだった残りの少年は、鼻先に突き付けられた穂先に黙った。

 バスガイドは無表情のまま、穂先で少年の鼻をツンツンした。


「わたしはリテイラ・マックイール。勇者ダリアン一行にて前衛で切り込み役を担当していた槍使い」


 少年の顔が一気に真っ青になった。

 チェリシアの悪寒は的中した。彼らは敵に回してはいけない存在を敵に回したのだ。セクハラロリコン変態と悪名高い勇者ダリアンの懐刀、そして特攻槍使いとして名を馳せた泣く子も黙るどころかさらに泣きじょくってしまう槍使い、子供泣かせの槍使い、または血塗れのリテイラを怒らせたのだから。


「オイタが過ぎますね。お仕置きされたいですか?」


 リテイラはバスの安全管理のためにバス付近にて寝ていたのであった。このあと、安眠を妨害され、彼らを引率教諭のもとへ連行する道中に喧嘩に遭遇するのだが――魔族や鬼に喧嘩をふっかけて暴れまわる別の王族を見つけて「オイタが過ぎますね。お仕置きされたいですか?」と同じ台詞をいう羽目になってしまう。それはまた別のお話。






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