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魔界地獄でプロポーズ

 暗い夜空を背景に、ふたつの男女の影があった。時折鳴る雷が、落雷の一瞬だけ彼らを照らし出す。


「結婚してください」


 雷光に照らされて、男の真面目な顔が浮かぶ上がった。対する女は仏頂面で、背後に阿修羅を背負っているように見えた。

 ざっぱあん、と波が激しく打ち付ける音が響く。それに呼応するかのように、どぉおん、ぱりぃいんと落雷の音が響く。

 薄暗く、時刻は丑三つ時。よゐこの皆様はオネンネの時刻である。実際に、精霊族のお嬢様・お坊っちゃまは夢の中だ。


「バスガイドさん、いや、姐さん、結婚してください」


 魔界地獄の名所・緋涙の式場。その名の通り、先代魔王とセクハラ伯爵と名高い先代勇者が、永久の幸せを誓いあった場所。魔王は泣き腫らし、腫れ上がった目から緋色の涙を流したという場所。

 立地的には、どんよりとした灰色の曇天、鳴り響く雷鳴、荒れ狂う涙を背景に聳える断崖絶壁。 常に悪天候なため、式場と場所に不釣り合いすぎる名がつくまでは“風神雷神の子守唄が響く崖っぷち”や“犯行を吐露させる名所”と場所に釣り合った通称で知られていた。

 ……大罪を犯したものは、たいていこの場所に来るとなぜか洗いざらい“無性に吐きたく”なるらしい。

 そんな場所に、人間族のバスガイドさん(先代勇者一行・元前衛担当、槍遣い)と、精霊族のお嬢様・お坊っちゃま方の引率教諭がいた。

 バスガイドさんは背後に修羅を背負って、にっこりと引率教諭に笑いかけた。対する引率教諭は、真剣な表情。


「何と仰られました?」


 にっこりと、棒読みでバスガイドさんは返答する。


「バスガイドさん、いや、姐さん、結婚してください」


 精霊族の引率教諭が丁寧に一字一句違えずに繰り返した。

 バスガイドさんの感情のこもらない鉄壁の笑顔に、ぴしっとヒビが入り、バスガイドさんは口を微かにひきつらせた。


「…………………………………………………………」


 無言のまま固まり続けるバスガイドさん、真剣な表情で手に汗握る引率教諭。両者の空気が停止した。

 いったい、何回目の落雷の音が響き渡ったろうか。ようやく動きが見られた。


「雰囲気読んでください」


 ぴしゃん、と落雷がひとつ。


「でも、この旅行が終わったら貴女は僕の前から消えるでしょう、姐さん」


 ざっぱあ、と波しぶきがひとつ。


「ええ、精霊族の生徒の修学旅行のお仕事が終われば、別の旅のバスガイドのお仕事に移ります。だから貴方の前からいなくなるのは当たり前でしょう」


 ぴしり、びしぃっと短い落雷が立て続けに起きる。


「かつての冒険だってそうだったでしょう、姐さん。冒険が終わり、勇者が魔王を堕とした翌日に、貴女は僕たち仲間の前から消えていました」


 ざっぱあん、とひときわ高い波しぶきがひとつ。


「わたしは冒険が終わるまで、との契約であそこにいたまでです」

「僕の気持ちに応も否もなく?」


 ぴしゃん、ざっぱんと雷鳴と波しぶき、ふたつの音が重なりあい、響く。


「応えるも、否も……」


 バスガイドさんから感情の無い作り物の笑顔が消えて、怒りと苦しみの混じりあった表情が現れた。


「あのとき、あんたいいましたよね」


 ごくり、と引率教諭が唾を飲む。貴方があんたになった事に、はたして気付いているのかいないのか。

 かっ! とバスガイドさんが栗色の目を見開いた。同時に一段と激しく雷鳴が鳴り響く。


「一目惚れして結婚してくれと………!」

「いいました!」


 バスガイドさんの声に、引率教諭が直ぐ様に反応した。


「血飛沫にまみれた戦場で! 敵方のあんたが! 戦場で誰が信じるっての!? 真っ赤な大剣を首筋に向けて、誰が、信じるかっての! 何で空気読まないのよ、あんたはいつもいつも! もっと空気読んでよ、読みなさいよ!!」


 はあはあ、と肩を震わせてバスガイドさんは叫んだ。


「では」


 色素の薄いイケメンである、元・魔王軍将軍は決意に満ちた表情で、バスガイドさんを真正面から見つめた。そのままの表情で、バスガイドさんにひざまずき、潤んだ目で見上げた。

 実は面食いで、引率教諭を少々は憎からず思っていたりしたバスガイドさんは、顔をうっすらと桃色に染めた。


「出直して、精霊樹の前でプロポー……」


 引率教諭は最後までいわせてもらえなかった。バスガイドさんの踵落としが見事に華麗に頭上で決まったから。


「今じゃないの、今じゃないの!? もういい! もう、いい!」


 バスガイドさんは真っ赤に茹で上がって叫んだ。


「わたしと結婚なさい!!」





 ――翌日。生徒たちは、顔を赤らめるバスガイドさんが、自分たちの引率教諭の頭をハリセンで叩いていたのを見て、とってもドン引きしたという。引率教諭が、叩かれながら喜んでいたから。彼が喜んでいたのは、渾身のデレかはたまたMなのかは――バスガイドさんと彼のみが知る。

 そんなバスガイドさんと引率教諭の愛? の応酬を見つつ、離れた場所の生徒の会話。


「そういえば、あの二人何であの時刻にあの場所にいたんですか?」

「バスガイドさんに、果たし状を送りつけたんですって、先生」

「空気読めよ担任」

「ついていって除いたことたこと後で怒られるかな?」

「その時は担任を盾にしよう」

「だね」


 そのあと、彼らは実際にバスガイドさんに怒られ、担任である引率教諭を本当に盾にしたのだそうな。

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