番外編〜魔界地獄で素材集め後編
リテイラ・マックイールは、槍使いだ。槍を得手とする戦士だ。そして週刊「槍暮らし」を始めとした槍本を愛読し、愛用の槍の手入れと早朝の槍の素振りが毎日の日課なほど、槍馬鹿だ。仕事の道具である案内旗まで槍である。
そんなリテイラは、ある日の休日に鍛治場を訪れていた。先日新しいツアーの下見で魔界地獄のとある観光名所を訪れた際、野生の毒竜と殺りあったのだ。
その戦いに勝利し、リテイラは毒竜の鱗と牙、爪を手に入れた。毒竜の鱗はかなり薄く頑丈で、牙と爪はかなり切っ先が鋭く殺傷力が半端ない。
リテイラはその手に入れた素材で、一本槍を特注してみたのだ。ちょうど付近に魔界地獄でしか見られない金剛石並みに固い「金剛堅木」が生えていたので、根っこごと引っこ抜いて毒竜の素材とともに馴染みの鍛治師に預けたのだ。
そして本日、特注の槍が出来上がったのだ。
自分で狩り集めた素材で特注した槍。おそらく世界のどこを探しても一本しかない槍――槍マニアのリテイラが自然とにやけるのも仕方がなかった。
「たのもー!」
――お店に入る第一声としてはどうなのか、という挨拶で、リテイラは鍛治場の戸を開けた。鍛治場のなかにいた人物とリテイラの目が合う。
「よう、リテイラ」
鍛治場の中は暑かった。高い室温に、リテイラは表情を変えずに一目散に鍛治場にいる唯一の人物に駆け寄った。正確には、彼が持つ槍に駆け寄った。
「はいよ、リテイラ」
ドワーフの血を引く鍛治師は苦笑を浮かべた。仕事柄、彼はリテイラのような「武器バカ」にたくさん出会ってきた。よって、武器バカの持つ武器への熱情と激情とこだわり具合とバカ具合をよーーっく、わかっていた。
「持ち手の金剛堅木は何も細工はしていねぇ、ありのままが一番素晴らしい素材だからな。石突きは鱗を何枚も重ねて仕上げた、これはかなり軽くて丈夫だからな、全く槍の重量には変化なしだし、何回も突いても石突きは壊れない」
飴色に輝く持ち手は短かった。長さはリテイラの胸あたり、小回りのきく短槍だった。石突きは紫色のガラスのような素材――毒竜の鱗に覆われ、たいへん見た目もきれいだった。ただ、あわせる服は選んでしまうだろう。
槍バカのリテイラは、槍を基準に服のコーディネートを考える思考の持ち主だった。引率教諭たるセザン氏の前途多難さに、合掌。デートに着る服が槍基準などと、何と突っ込めばよいか。
「軽い」
リテイラは槍を軽く振っててみた。普段の力より少ない力加減で、大きく動かすことができた。
「三叉槍、か」
槍の肝心な頭部分、つまりは刃物部分は毒竜の牙と爪とで構成されていた。刃物部分は三叉に分かれており、フォークのようだった。
「たまにはいいんじゃないか。リテイラ、おまえさんはいつも刃一本だろう」
リテイラは槍を何本かもっている。それは全て刃先がひとつであった。柄は長かったり短かったりと様々だが、全て使いこなしている。リテイラは、この持ったことも振ったこともない新しいタイプの刃先が、使いこなしせるかが不安なのだ。
「伝説の海の神様が持つ槍も、トライデントという三叉槍だろう」
伝説の海の神。それは槍マニアにとって憧れの神話。リテイラは単純だった。憧れの神話の神様と同じ型の槍を持てる。何て素敵。
「それに、毒竜だけあって毒への耐性が半端ねぇんだよ」
おまけだ、とドワーフの鍛治師はもう一本の槍を取り出した。こちらも短槍の、刃先がひとつの槍だった。
「あんた金剛堅木二股のを抜いてきただろたう。さっき、ありのままが一番といっただろう。一本ずつ拵えることができたんだよ」
――その日から、リテイラはしばらく毒竜の槍を持ち歩いた。デートにもそれを持っていったため、セザン氏はいつも以上にびびったという。