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魔界地獄でバスガイド


「はい、右手をご覧になってください。あちらに見えますはー」


 舗装されていない、ガタガタの砂利道を観光バスが走る。

 左右に揺れ、上下に揺れ、斜めに揺れ、たまにスピンしかけ、たまに浮かんでどすんと着地。

 現代日本のどこでも見られる観光バスが、現代日本のどこにあるんだろうという悪路を進んでいく。

 道は、時々直角に折れ曲がり、時々一気に下り、時々大河を渡り、時々骨だらけの道を渡り、時々大きすぎる砂利の道を渡る。

 アスファルトで綺麗に平らに均されたどこにも道はなかった。

 通る道は九割り悪路だ。たまに平坦な砂利道があるだけで、あとはバスが通るにはとてもきつい悪路ばかり。


「――先代魔王陛下と、セクハラ伯爵と悪名名高い先代勇者が“プロポーズの追いかけっこ”をした“血の氷原”にございます」


 激しく横揺れ、縦揺れに左右揺れするバスの中、バスガイドの女性は、平気な顔をしてガイドを続ける。彼女は、どんな激しい揺れに襲われても、転倒することなくすっと立ち続けていた。

 バスの観光客から、喚声があがる。歓声でなく喚声。驚きによるものである。ええ、ここが! というへぇー、ほぉー、はぁーという驚嘆が次から次へとあがり、バスの中を埋め尽くす。もちろん、決してバランスを崩さないガイドさんへの称賛も含まれていたりする。


「ガイドさん、ここには立ち寄れないの?」


 観光客の一人が、ガラスの向こうを指差した。


「立ち寄れないんですよ。あの赤い色は、鬼族以外の一般の方は立ち入り禁止なんですよ、ほら」


 バスガイドがにっこりと笑い、ガラスの外を手で示す。

 様々な強化を施されたバスのガラス窓の向こうには、きらきらんに赤く輝くまっかっかなスケート場があった。灰色の空から差し込む微かな陽光に、きらきらと輝いて煌めいている。まるで宝石の紅玉のようだった。


「……鬼族リア充」


 観光客の誰かが、恨めしそうにぼそっと呟いた。

 そんなスケート場では、休日なのだろうか、頭部に立派な角を生やした獄卒鬼のカップルがスケートと洒落こんでいた。

 よく見れば、きゃっきゃうふふと棍棒を振り回しているようだ。棍棒以外を除き、文章上はリア充爆発しろといわれるいちゃいちゃシーンである。

 しかし現実は、むきむきの鬼たちによる、“命かけてます”な追いかけっこにしか見えない。棍棒を片手に、可愛らしくぶりっこ走りで「まぁってーぇ★」と大音声に氷がぴしぴしひび割れる。実にシュールなデートの光景だ。


「何で鬼族はいいの?」


 観光客の一人が挙手にて質問した。


「この氷原の辺りの外気は、大変濃いマータという成分が含まれております。この成分が何か、皆さんおわかりになりますか」


 にっこりと、人間族のバスガイドは首を傾げた。


「マータって」

「まさか」


 観光客たちはざわめき始めた。

 白や銀といった色素の薄いきらきらとした絹糸のような髪、青や緑に紫といった宝玉のような瞳。彼女、彼らは――


「マータは、ヴィータの別名ですね。精霊族の皆様には酩酊状態となってしまう危険物質になります」


 猫にマタタビ、人間族にアルコール。精霊族にマータもしくはヴィータ。

 それを嗅げば、もしくは体内に摂取すれば酔っ払いの出来上がり。

 とくにマータもしくはヴィータは、猫にマタタビや人間族にアルコールの比ではない。


「……なら、仕方ありませんわよね」

「だよな」

「ヤバイよね」


 生徒の顔から血の気が一気にひいていく。

 この観光バス旅行は、精霊界の王都のお嬢様・お坊っちゃま方が通う“ハイソ”な学校の修学旅行。

 生徒の家族の職業を見れば、色々な方面の重鎮方に行き着く。

 そんな生徒達が、酩酊状態に陥り、はめを外し、あちこちを破壊すればどうなるか想像に難くない。

 精霊族は、自然界の雷や水、風などといった事象がヒトガタをとったような生命体だ。それだけ力に溢れており、彼女、彼らが酩酊状態に陥り、普段コントロールしている力を暴走させてしまえば、大変なことになる。

 精霊族にとってのマータもしくはヴィータは、少しだけ摂取しただけで泥酔となり、暴走させてしまうものなのだから。


「皆様、楽しい修学旅行にするためにもご協力お願い致しますね」


 人間族の若いバスガイドはにっこり笑った。生徒たちは、なぜか迫力満点の人間族にびびって黙ってしまった。まるでバスガイドの背後に修羅が見えたから。


「是非とも、喧嘩などはなさらないでくださいね」







 精霊族の生徒は、このあと魔界地獄(魔界と地獄がいっしょくたにした地下世界)の鬼やら魔族やらに喧嘩を売って、激しく周囲を破壊してしまう。


「――おいたが過ぎますね。お仕置きが必要ですか?」


 バスガイドは、相棒の槍をぶんぶん振り回して喧嘩をおさめたという。

 人間族のバスガイドが、かつて先代の勇者一行で、斬り込み役を担っていた前衛担当だった、とは生徒たちは知らない。

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