Ⅱ.契約は計画的に
なんて馬鹿馬鹿しい考えは重りを付けて沈め、颯爽と雑踏の中に潜り込んだ。
いや、できれば現状をよく理解できてないから、本当なら、あの薄暗い石造りの部屋の中にいたかったんだけど余りにも長い間入口につったていたから周りの視線がちらほら増え出したし、情報を得るためには仕方が無いと判断して着ていたローブについていたフードを目深に被り、人の波の中を突き進む。
人の波をリアルで身に付けた技でスイスイと渡るが、周りを見渡して幾つか分かったことがある。
(NPCが多い。それに、この街って・・・)
よく目に付くのはやっぱり〈冒険者〉だが、それでもゲームの頃より通りを通る平民や商人風の人たちが圧倒的に多い。それに軽く見ただけでも普通に会話しているように見える。これはお約束のアレですか、NPCにも感情があって、PCと何ら変わりないという。で、一番気になったのがこの街の様式。
街を囲む二十メートルはあるかという壁に、その中央にそびえ立つサグラダファミリアのような教会。その周りにある黒いドラゴンを称えた西洋のお祭りにあるような旗(国旗とかとは違った感じの、逆三角形のアレ)。
これまた見覚えのあるゲームであった宗教国、ウィザリカ法国。プレーヤー間の通称は初心者の街。
名前から分かるようにチュートリアルを全部終えた後に来ることになる、初心者が初めに拠点にする国。街一つ分の国土しかないが、この世界の三大宗教星辰教というギリシャ神話みたいな多神宗教を祀る国でもあり、土地柄流通が多く流通大国であるため各国に強い影響力を持つ国(という公式設定)だ。
この国があるのはこの世界がゲームと一緒という証拠になるから全然オッケイ(いやそこも問題だけど全く知らない世界よりマシっていう)だけど、なんで私がこの国に居るんだろ?
私が拠点にしていたのは、ここより南にある偉大なる魔法使いが治める(という公式設定)エテール公国。周りが砂漠ということもあって移動が非常に困難で、しかも高レベルモンスターが周りに居るから面倒な国だけど、ダンジョンがすぐ近くにあったり高レベルのクエストがこの国の近くにあったりして、高レベルプレイヤーたちにとってかなり都合のいい国として親しまれていた。現実化した今、初心者が拠点にするだけあって低レベルモンスターしか居ないこの国なのは非常に嬉しいけど、何か都合良すぎないかな?
「そこの魔法使いさん!そんな俯いて何考えてんだい。腹が減ってるならうちの商品食べていきなよ!」
後ろからかけられた声に振り返れば、気風のいい太めのおばさんが・・・・・ホットドックかな? うん。ホットドックモドキを並べた屋台みたいなのから身を乗り出して商品を売り込んできた。
そしてタイミングよくなる腹の虫。
「アッハッハッハ!随分と威勢のいい腹の虫じゃないかっ! ほら、食べていきなよ」
「・・・・・ありがとうございます」
「おや、ずいぶん礼儀正しい子じゃないかい。坊や〈冒険者〉じゃないのかい?」
「・・・・・一応〈冒険者〉ですけど」
気恥しいのでおばさんからさっさとホットドックもどきを受け取る。
嘘は言ってない。
ゲームの中じゃ確かに〈冒険者〉だし、ここで生きてく&元の世界にもどるために有効ならなる気ではあるし。ちなみに私は生物学上女です。なんで訂正しないかというと。・・・・無駄、なんです。姿がゲーム上の姿としたら信じてもらえる可能性はほぼ無いし、声が女性にしたら低いし、ローブで身体の線と顔を隠した現状じゃ信じてもらえるか非常に望み薄だし、経験上訂正するのが異常に面倒なことを知ってるのでスルーです。・・・・・・・・・・・オカマに間違われたのはイイ思イデス。
トラウマを思い出して欝になりそうなのを首を横に振って振り落として、腹ごしらえしながら丁度良いので情報収集することに集中する。
「へぇ、珍しいねぇ。坊やみたいな礼儀正しい子が。・・・・もしかして、貴族の出かい?」
「いえ。両親が〈冒険者〉なんです。それなりの実力者だったらしくて、色々と叩き込まれたんです」
「へえ!凄いじゃないか。自慢のご両親なんだね、坊や」
「ええ・・・。この国にきたのは初めてなのですが、ココは何時もこんなに賑わっているんですか?」
「ああ。この国はセゼル様の加護を一番強く受ける聖地だからね。星辰教徒や、護衛の〈冒険者〉が多くこの国を訪れるんだよ。なんたって、セゼル様の啓示を受けた勇者様が建てた国だからね」
「勇者、ですか?」
はて。そんな設定あったっけ。
疑問に思った事をそのままに口にしたら、誇らしそうで上機嫌だったおばさんの顔がどんどん怪訝なものになった。
え、何かやばいもん踏んだ?
「あんた、勇者様の事知らないのかい?〈冒険者〉の両親がいるのに?」
「えっと・・・・・。ああ、もしかして英雄様のことでしたか?母と父からは、勇者ではなくて英雄様としてよく聞かされたんです」
知らなかったらマジでヤバそうなんで、誤魔化したけどこんな嘘で騙されるかな? 一応、表面上は今思い出した、風を装ってるけど・・・・。
「ああ、確かに勇者様の御陰で〈冒険者〉やギルドの地位が向上したからね。確かに英雄ともいえるねぇ」
と、納得したという感じで豪快に笑ってます。
だんだんと罪悪感が・・・・・。
「それで?坊やは一体どこを目指しているんだい?」
「え?」
「え、じゃないだろう。この辺はセゼル様の加護で魔物たちは弱体化してるから、初心者はまずここを拠点にするんだろう?ここを一生拠点にするやつも居るけど、坊やみたいな〈冒険者〉の両親を持つ奴は、もっと危険なところを拠点にしたりするんだろ?」
いいえ。
確かにゲームの時はそれが普通だし私もそうだったけど、現実へ帰る手掛かりがあったら他所の国にも行く気はありますけど、当分の拠点は安全なここです。 そもそも即興の設定はともかく事実上私の両親は一般人ですから。兄弟はある意味人外ですけど一般家庭に変わりはありません。
「私は未熟者ですから、無理ですよ」
「そうかい?まあ、今後に期待しておくよ!」
なんで?
期待しないでくださいそしてなんでそんな長い目で見るんですか?確かにホットドックも( は予想以上に美味しかったからココにいる間は何度か食べにこようとは思ったけど。
しゃべってみると見た目通りいい感じの人なんで、色々と情報収集以外でもしゃべっていこうとは思ったけど。
なんて内情は悟らせないように、さり気なく苦笑いを浮かる。
「なるべく期待に応えてみますね」
「ずいぶん謙虚だねぇ坊や。ま、坊やなら楽勝だろうね!ほら、もっと買っていきなよ!腹が減ってはモンスターは倒せないんだから!」
人がいいのか商売上手なのか、そう云って私の前にいくつかのホットドック(味がそっくりだからいいよね)を積み上げる。
まぁ、買ってもいっか。
「では、お言葉に甘えて。この料理は美味しいですし、あと三つくれますか?」
「はいよ。嬉しいこと言ってくれたから、少しまけてあげるよ!」
「ありがとうございます。いくらでしょうか?」
「六十ギゼルだよ」
おばさんの言う聞きなれた単位にホッと胸を撫で下ろしつつ、言われた通りの額を、石畳の部屋の中で調べた魔法の鞄からだして渡した。
(通貨がゲームの頃と変わらなくてよかったぁ。これならしばらく宿生活でも大丈夫そう)
ゲームの頃にだいぶ貯めててよかった。なんて思いながら安堵していると、おばさんが驚いたような声を上げて、さっき渡した銀貨(ゲームのころはただの数字だったけど、こっちでは銀貨になっていた)を呆れた顔つきで返してきた。
え、もしかして間違ってた? 足りない?!
「坊や、私が言ったのは六十ギゼルだよ。こんな大金出されても、お釣りなんて返せないよ」
「・・・・・・・は?」
大金? これが? そんな馬鹿な。初心者が使う回復薬だって一つ百ギゼルじゃなかったっけ? え、ここでまさかの展開? いや、足りないよりは良いけど・・・。
おばさんの話だと、私が渡した額だと高級レストランで食事が出来るほどだそうです。・・・・・・やっぱり細々した部分が違うんだね。
おばさんからの追及には今まで暮らしていたところは自給自足の村でお金に馴染みがなく、お金は両親からもらったが使い方を教えられなかったと誤魔化しておいた。 我ながら怪しいことこの上ないが、さっきの話のこともあっておばさんはそれ以上追及してこなかった。
「まったく。凄腕の〈冒険者〉なのにぬけてるねぇ」
「少し天然なんです・・・・」
これ以上ボロが出る前に退散しようと、少々雑談したあとにおばさんと別れた。
(とりあえず、情報の整理をしないとね)
そう思い人通りが少ないところを敢えて進み、裏通りを通ったりして進んだら、もとは宿屋の様な丁度いい廃墟があった。周りに人が居ないことを確認し、その中に入る。