Ⅰ.契約は計画的に
暗い石造りの部屋を抜けた先にあるのは賑やかな雑踏。
見慣れた、しかし全く馴染みのない光景。それを観ている私は大層な間抜け顔で、周りの人間(以外もいる。主に獣耳とか横に耳長とかごっつい子供サイズなどなど)の笑いを誘っただろう。そんな事を頭の片隅で考えれるほど、私は狂っている。
誰か私の間抜け顔を殴って正気に戻してください。
それか目の前の光景をドッキリだと言ってください。切実に願います。
これが私がこの世界に来て最初の現実逃避だと、ココに明記しておく。
◇◆ ◆◇
思考停止していた脳が高校受験でも検定試験でもここまで使わなかった、というぐらい脳をフル稼働してようやく絞り出せたのが、
「・・・・・・『事実は小説より奇なり』」
・・・・まだ脳は正確には動いてなかった。
何処かで聞いたなぁー、とふと頭の中を過ぎった事を呟いてみたが、今この時を文で表すなら、これ以上に当てはまる言葉はないだろうとも思う。
なんせ、左を見ても右を見てもあるのは全身鎧を着込んだボディービルをしたかのような筋肉だるまや、人間にしては耳の長すぎる美形がローブを着込んでいたりする通行人でごった返していたり、かと思えば、鍛冶屋や宿屋が中世ヨーロッパ風で普通に街の中に溶け込んでいたりする光景だ。
そして何より、それを道行く人が誰も奇妙に思っていないのが、一番奇妙だ。
(なに、知らず知らずの内にコスプレ大会の会場にでも迷い込んだっけ?にしちゃナ○トとかの王道コスプレを見ないけど・・・)
今朝の行動を思い出そうとして頭を掻こうとすれば、右手には見覚えのある杖に、着慣れてはいないけど見覚えはあるローブ。それに、視界の端に映るのはくすんだ金色の髪。ちなみに私はコスプレや髪を染めたりはしない派だ。
風景も装備も見覚えだけはある。世界の常識だの自己防衛本能や現実逃避を無視して現状認識をするのなら、もう答えは出ている。
(〈ミュートロギア〉の世界、に自分のキャラ・・・・・)
一瞬意識が飛びかけるほどの衝撃を感じたが、そこは持ち前のスルースキルを使って回避する。ついでに何で、どうしてなんて考えは意識的に沈めます。
いや、こういう場合こんなこと考えてもらちが明かないのはもはや常識です。異世界トリップを読みあさりまくったオタクとしては。
イヤホント。何ガ役立ツカ全ク分カラナイネ、人生。
▼side:???▼
人の居ない暗闇が支配する小部屋。
そこに黒を纏う男は闇と同化しており、瀕死の状態で、生存本能により気配を極限状態までに消していた。先ほどいたロトスは混乱していたこともあり、男に気づくこともなかった。
そしてロトスが去って暫くしてから、男に動きがあった。
「うっ・・・・・」
激痛が走る身体を無理に起こし、意識の中の霞みを払うように頭を振る。
意識のハッキリしない内にするこの行動は、彼が今まで生きてきた戦場で身に付けた、今や条件反射ともいえる、経験による行動だ。
「・・・・っ」
壁に身体をあずけ周りに人影がないことを確認した後、男は傷の回復に意識を集中させる。
今、この付近に魔術師や歴戦の戦士がいたらこの場の異常さに気がついただろう。男の周りに漂ってした≪不可視の力≫が急速に男の傷口に集まり、傷口を直すという異常さに。
本来〈施療神官〉や〈森呪医〉、〈秘術師〉の回復魔術は自らの魔力である≪体内魔力≫と外界に漂う≪不可視の力≫を源にして≪呪文≫を使用しそれらを変質させることで、初めて使えるモノだ。
男のようにマナのみを使って回復魔法を使えることは不可能だ。
だが、男にとって幸か不幸かそのことを指摘できるものはここにはいない。
やがて男の傷がすべて回復したのか、乱れていた呼吸を整えて立ち上がる。
そして改めて周りを見回す。そこは男が契約をするために使用した小部屋には変わりないが、なぜ攻撃を受けたのか、わかるような跡は一つもなかった。頭の中にかかっている靄はいまも晴れない。
(精神系の魔法か、クソッ。・・・・ロトス。そうだロトスはっ)
魔術の条件に該当した魔術師の姿がないことにようやく気がつき、男は小部屋を飛び出した。
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