フェイクテラピー
最近、酷い肩凝りに苛まれ、何事にもやる気が出ない。
ある日、街中で怪しい店を発見した。店の名前は【フェイクテラピー】。
『怪しさ満載だ……』
そう思いながら、看板を覗き込んだ。
【あなたの悩み解消します。長年悩み続けた肩凝り・腰痛を一回で解決。頚椎ヘルニア・腰椎ヘルニアもお任せください。病院がお手上げの末期癌の方にもオススメします。まずは、騙されたと思って、ご来店ください。我社の新技術が、あなたの悩みを一発解消いたします。 治療代金:五万円〜】
『う〜ん。ますます怪しい。ってか、怪しさ全開フルスロットルだろ!?』
そうは思ったが、看板を読みながら酷い肩凝りで、頭がズキズキと痛む。
『まずは、値段を聞いてからかな』
その時既に、俺の足は勝手に、店の中へと続く階段を上がっていた。
「お帰りなさいませ。御主人様」
店に入ると、突然黒いフードを全身に被った、これも見事に怪しい男に話掛けられた。
「お帰りなさい? 俺は、ここに来るのは初めてなのだが……」
「はて、そうでございましたでしょうか? して御主人様、本日はどんな御用でございましょうか?」
声を聞くかぎりでは、何の驚きもないように淡々と話をした。
「ん? うん。肩凝りが酷いんだ。で、治療代金を確認したいのだが、いくらかな?」
「肩凝りでございますか……。そうですね。格安コースで五万円となっています」
「格安で五万円?」
疑い深さを隠せない口調で話してしまったが、黒いフードの男は声色を一つも変えずに「はい。新技術ですので」と言っただけだった。
帰ろうかとも思ったが、頭痛が酷くなり、吐き気ももよおしてきたため、格安コースをお願いして治療室に入った。
治療室は、さながら理髪店であった。【肩凝り治療室】と部屋の前に書かれていたが、ここで肩もみでもしてくれるのであろうか。
『それにしても、この紫色の霧は何なんだ?』
治療室の中は、全体的に紫色の霧で覆われていた。
『とりあえず、座って待つか』
理髪店にあるような椅子に腰を下ろした瞬間! 左右から鉄の板が飛び出したと思うと、俺の首をロックした。
「おい! 何のつもりだ! 何だこれは! 外せ! 外しやがれ!」
大声で叫びながら、その板を外そうとするが、びくともしない。
「それでは、治療を開始いたします。治療開始直後は危険ですので、動かないでください。もし動かれて、後遺症が残っても、当店は一切の責任はとりません」
機械的な音声が流れた瞬間、俺は暴れるのを止めた。だってそうだろう。肩凝りの治療で、後遺症なんて洒落にもならないからな。
暫くの静寂の後、ブウゥンっと音が鳴ったと思うと、鏡の中の俺は、頭と体が首を境にして分断されていた。
あまりの出来事に声も出せずにいると、俺の体が治療室から運び出されて行くではないか。
「どうなっているんだ! 俺の体どうすんだよ! おい! 何とか言えよ!」
頭だけになっても生きている自分を不思議な感覚で眺めながら、俺は声が枯れるまで叫び続けた。
しかし、治療室の中には、声はおろか誰も姿を見せなかった。
俺はただ、鉄の板の上に乗っかった俺の頭を、鏡越しに眺め続けていた。
『どうして血が出ないんだ?』
『切断面はどうなっているんだろう?』
『体、くっつくのか?』
『これが肩凝りの治療?』
疑問は尽きる事なく、頭に浮かんでは消えていった。
どれ程時間が経過しただろうか? 俺の体が戻ってきた。部屋から出ていった時と逆再生をするように、部屋へと戻ってくると俺の頭の下で止まった。
暫くして、またあのブウゥン! って音が聞こえた途端、俺の頭を乗せていた鉄の板は、左右の壁に吸い込まれるように消えていった。
俺は咄嗟に頭を支えた。体から外れた頭が、ゴロンと床に落ちたりしたら大変だからな。
でも、俺の思いは杞憂だった。頭はきちんと体についていて、酷い肩凝りもスッキリとなくなっていた。
「一時はどうなるかと思ったよ。でも、ありがとう。お世話になったな」
治療室から出て会計にて、黒いフード男にそう言ってから、店を出た。
気分が良い。肩凝りも完全になくなり、頭の痛みも吐き気もなくなって、俺はスキップしたい気分で家へと歩き始めた。
『けど……、世界ってこんなに大きな人が多かったっけ? それに服のサイズ【M】だよな……。俺、【3L】だった気がするんだけどな。まぁ……いいか』
本当にあったら便利? ヤバい?