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したたり

作者: めもたー
掲載日:2026/07/22

 ポタ……。


 その音で目が覚めた。

 乾いた目をこすりながら、スマホをつけて時計を見る。


 ちょうど午前三時。


 変な時間に目が覚めてしまった。

 明日も朝から出勤だし、眠気が飛んでしまう前にもう一度寝直そう。


 そう思って布団を引き寄せ、ぎゅっと包まる。


 ポタ……。


 また聞こえた。

 どこかで水漏れでも起こしているのだろうか。


 僕は軽く頭をかいて、だるい身体を起こした。

 部屋の電気を付け、水回りの様子を見に行った。


 キッチン、洗面台、風呂場、トイレ……。


 念の為ベランダや洗濯機なども調べてみたが、特にそれらしいものは見つからなかった。


 気の所為か。

 電気を消し、僕は吸い込まれるように再び布団の中へ潜り込んだ。



 ◇◆◇◆



 あれから三日間、水滴の音は続いた。


 一つ気付いたのは、あれは決まって夜にしか聞こえないことだ。それも、午前の三時。

 昼の間は普段通りに過ごせている。が、寝不足になったせいで、仕事でのミスが多くなった。


「悠太、大丈夫か? 顔色悪いぞ」


 同僚の川上が心配そうな顔で缶コーヒーを差し出す。


「いやー、最近ちょっと寝不足でさ」


「お前がミスばっかりするなんて珍しいと思ったよ。そんなになるまで夜更かしって、一体何してんだ?」


「特に何も……。なんとなく寝れないだけだよ」


 水滴の音が原因だなんて話しても、鼻で笑い飛ばされそうだ。



 ◇◆◇◆



 その日の晩も水滴の音は鳴り続けた。

 これ以上睡眠時間を削られると、さすがに僕の身体がもたないので、管理会社へ連絡した。

 貴重な休みをこんなことに使いたくはないが、そうも言ってられない。


「こんにちは。水漏れしているとの事でお伺いしました」


「すみません。お願いします」


 専門の業者さんであれば、素人の僕が気付けない場所まで色々調べてくれるはず。

 これで一件落着……そう思っていた。


「んー、一通り怪しそうな箇所を見てみましたが、異常はなさそうですね」


「えっ、そんな……」


「何か分かったら、また連絡ください」


 頭を下げると、そのまま業者さんは帰っていった。


 そしてその日の夜。


 ポタ……。


 変わらず水滴の音は、午前三時に訪れた。



 ◇◆◇◆



 音が鳴り始めてから、ちょうど二週間が経った。

 水滴の音は一向に止む気配がなく、いよいよ眠るのが憂鬱になってきた。


 数日前から動画を流しながら寝たり、イヤホンを付けてみたりと色々試してみた。

 しかし水滴の音は、止むことを知らない。


 ポタ……。


 外で鳴っているのではなく、頭の奥で鳴っているような感覚だった。



 ◇◆◇◆



 次の休日、僕は病院へ向かった。


 医師は僕の話を真剣に受け取る。


「強いストレスが原因かもしれませんね。お薬を出しておきますので、もう少し様子を見てみましょう」


「わかりました……」


 その夜、早速薬を飲んで横になった。


 ポタ……。


 午前三時に目が覚めた。



 ◇◆◇◆



 静かなオフィスに、まばらなキーボードの打鍵音が響く。

 重い瞼をなんとか持ち上げながら、僕は資料を作っていた。すると……。


 ポタ……。


「うわあ!」


 思わず大声を上げて立ち上がる。


「どうした悠太!?」


 いきなりの事態に、奥にいる部長が声をかける。


「……いえ、なんでもありません。すみません」


 息を整えてから、僕はゆっくりと椅子に腰を下ろす。

 いよいよ夜以外でも聞こえるようになってしまったのかと思ったが、聞こえたのはそれっきりだった。


 気の所為だ。

 そう自分に言い聞かせる。



 ◇◆◇◆



 朝起きて、洗面台の鏡で自分の顔を見る。


 目の下には濃いくま。頬も痩せていて、見るからにゲッソリとしてしまっていた。

 まるで自分の顔じゃないみたいだ。


 体調が優れなかったので、その日は会社に連絡して休みをいただいた。


 夜になった。

 布団に潜り、スマホの画面に映る時計を眺める。

 そして、午前三時。


「っ……」


 またあの忌々しい音が襲ってくる。

 そう身構えたが、不思議と今日は音が聞こえなかった。


 ……今日は聞こえない?


 少し安心して、スマホの灯りを消す。

 やっとぐっすり眠れそうだ。


 ポタ……。

 ポタ、ポタ、ポタ。

 ポタポタポタポタ。


 ポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタポタ


 あれから新居に引っ越した。


 まだ築数年の新しい部屋。

 水周りも綺麗で、なんだか気分がいい。


 確か内見の時、不動産屋さんが言っていた。


『静かな部屋ですよ』


 その言葉を信じて、僕は契約を決めた。


 そしてある程度の荷解きを終え、新居での初めての夜が訪れた。

 まだ何もない部屋の真ん中に布団を敷いて、潜り込む。


 知らない天井、知らない匂い。そして、静けさ。

 ここなら、安心して眠りにつけそうな気がした。


 そして、午前三時。


 ポタ……。


 思わず笑みがこぼれる。



 ◇◆◇◆



 もう原因を探さなくなった。


 水回りを気にする事も、管理会社へ連絡する事もない。

 定期的に通っていた病院にも行かなくなった。


 だって、全部意味がないから。

 あの音は毎晩鳴り続ける。


 そして今日も、夜を迎える。


 電気を消した。

 布団に入った。

 目を閉じた。


 ポタ……。


 やあ、今日も元気だね。僕もだよ。

 君のおかげでもう何ヶ月もまともに眠れてないけど、何とも思ってないよ。


 会社に行ったらすぐに帰って寝るように促されるけど、みんな僕を嫌ってるのかな?

 ひどいよね。


 ポタ……。


 今日も、水滴の音が鳴り続ける。


 うれしいな。

 あはは。

 はは。

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― 新着の感想 ―
ヒェッ..!!! 怖!!! 悠太氏が静かに壊れてしまうラストがめっちゃ怖かったです... あと深夜の3時という時間がうまいなぁと 2時だったらギリギリ寝直せるし、4時だったらもう朝と割り切れるけど、3…
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