2 九郎義経という人
義経という名を、美野はまだ「物語」としてしか知りません。
父の言葉、世の噂、そして女たちの偏見――。
これは、まだ顔も知らぬ夫を、思考の中で見つめる回です。
源九郎義経
その名前に、聞き覚えはあった。
最初は、数年前、父が頼朝軍に参陣した直後だったと思う。
兄の能常と名前の音が同じであったから、印象に残っている。
「富士川の戦が終わったあとで、平泉にいた佐殿の御舎弟が、駆けつけてきたのだ」
佐殿――源頼朝とは、腹違いの弟であると、父は教えてくれた。
名前は、九郎義経。佐殿より一回りほど歳下で、鞍馬山で稚児をしていたが、僧侶になることを嫌って逃げ出したという。その後、奥州平泉の藤原秀衡のもとに身を寄せ、このたび、兄の挙兵を訊いて駆けつけたとのことだった。
「生き別れの弟御が駆けつけてくださったのなら、さぞお喜びだったでしょう」
美しい対面であったろうと、美野は思ったのだが……。
「ああ、九郎殿の手を取り、『亡き父に面差しが似ている』と涙を流して喜ばれた。もちろん、九郎殿も涙にくれていた。美しい兄弟の対面に、周りにいた武士も、もらい泣きをしておったな」
心温まる情景を語りながら、父の口調は内容に反してひどく苦かった。それに美野がいぶかると、父は苦笑した。
「九郎殿の流した涙は真実であろうが……佐殿は……」
「空涙だというのですか」
「そこまでは言わないが……。佐殿は、まだ不安があったのではないかと、儂は思っている」
緒戦である石橋山の戦に敗北した頼朝は、房総に勢力を持つ父や千葉氏に加勢を要請し、さらに、武蔵国の葛西氏、足立氏を味方にする。一度は敵対した畠山氏、河越氏、江戸氏らも頼朝に和順した。
だが、その勢力を決定づけたのは、二万騎を従えた上総介広常の参陣であろう。
その結果、富士川の戦で、頼朝は平氏に勝利する。
その勝利を支えていたのは関東の武士団。元々は平氏の姓を持ち、ついこの前までは平氏に味方していた者たちばかりなのだ。
――だからこそ、父は不安だったのだろう。勝っているように見えて、その実、脆い砂の城だと。
けれど、その時の美野には、そこまで考えが及ばなかった。
いつ離反するかわからない関東武士団の中で、唯一血のつながりのある弟の登場――。
「お喜びだと……思うのですが……」
それ以外は思いつかない美野に、父は優しく微笑んだ。
「おそらく、九郎殿も同じように思ったのだろうが……。佐殿にとって九郎殿は、使い勝手のよい駒かもしれない」
「駒……ですか……」
「澄んだ目をした若者であった。兄を慕う純粋な心を隠そうともしなかった」
傷つかなければよいが……と、つぶやいたきり、父は、それ以上語らなかった。
美野はくり返し考え、その意味がなんとなく分かるようになっていた。
血のつながりのある弟。自分の代わりの代官としては、これほど適任な者はいない。それでいて、義経は拠り所とする所領も、自身の武士団も持たない。
反旗を翻す恐れのない、父の言葉を借りるならば「使い勝手のよい」駒なのだ。使うだけ使って、必要がなくなったその時は……。
空恐ろしいものを感じて、美野はそれきり、九郎義経のことを考えるのはやめた。
その後、何回か義経の名前を耳にしたが、特に印象に残るようなことはなかったのだが……。
父や兄とそんな話をしたのは、治承四年のこと。わずか三年後に、父も兄も命を落とすなどと、あの時は、考えもしなかった。
美野の父は、上総介広常と名乗る関東の武将であった。
正しくは、平介八郎広常。
広常の親戚や兄弟たちは、「千葉」「相馬」「三浦」などその土地の名前を名字として名乗っている。だが、広常は名字を持たなかった。それは、彼が、上総平氏の嫡流で、上総平氏惣領を継いだためだった。
美野は常に堂々とし、自分の意志を貫く父を、心から尊敬していた。
父が亡くなったのは、昨年の十二月二十日。
その日、頼朝の御家人・梶原景時が館を訪れた。ふたりは、双六を始める。
そして、その最中に広常は景時に斬り殺されてしまった。あとから、頼朝の命による誅殺であったと知らされた。広常には謀反の疑いがあるというのが、その理由だった。
梶原景時とは、卑怯な男だ……と美野は思う。
主君の命による誅殺であるなら、何故、そう宣言した後、堂々と斬り殺さないのか、と。
親しげな振りで館を訪れ、双六に興じ、その隙にいきなり斬りつける。おそらく、父はなにが起こったのかさえ分からないままに、命を落としたのだろう。
真っ向から勝負を挑んだなら、返り討ちに遭ってしまうと梶原は思ったのだろうが。それが主命であったなら、父はきっと反撃しなかった。言い訳もせず、逃げもせず、従容と死を受け入れた。父はそういう人間だったと、美野は思っている。
それは、父と同じ心根を持つ兄・能常が、直後に自害していることからも分かる。
父と兄の死後、即座に所領は没収され、一族は、父の従兄弟である千葉常胤預かりとなった。
だが、年が明けて、すぐに父の謀反は無実であったことが明らかになった。
正月八日。広常が生前、神社に鎧を奉納していたことが分かる。鎧の中から発見された願文は、謀反を思わせる文面ではなかった。それどころか、頼朝の武運を祈る願文だった。
頼朝は深く後悔したというが……。
「見え透いている……」
それを聞いたとき、美野はそうつぶやいた。
父の汚名は返上され、囚人となっていた一族は赦免された。
だが、命はもどらない。父も兄もすでにこの世にはいない。
なにより、父の持っていた広大な所領は、すでに千葉氏や三浦氏に分割されてしまっていて戻っては来ない。
頼朝の目的は、目障りであった父を抹殺し、その広大な所領を手に入れることだったのだろう。だが、父が謀反を企てるような人間でないことは、周知のことだ。謀反人のままにしておけば、遺恨を生む。
そこで、目的を果たした後、父の「名」だけは回復したというわけだ。だが、「実」はなにひとつもどらない。
娘である美野にも、なにも戻らない。外甥である高春も、同じなのだろう。
だから、「実」を取りもどしたくて、頼朝に近しい河越重頼……いや、総御前に擦り寄った。
父のことを思い出すと、涙が出てきそうになる。そんな顔を総御前には見せたくなかったので、美野は慌てて、思考を源義経に戻した。
寿永三年の年が明けると、一転して、義経の名は国中を駆け廻った。
頼朝の代官として出陣した義経は、京を支配していた木曽義仲を討ち取る。
そして、時を置かず、一ノ谷の戦で平氏を敗走させた。
二度の戦に大勝した総大将として、源九郎義経の名前は、京に、そして東国へと知れ渡った。
正しくは、総大将は義経ひとりではなく、頼朝の異母弟である蒲冠者範頼も務めていたのだが、名前が聞こえてきたのは義経のみであったから、範頼は活躍しなかったのだろう。
それにしても……と、美野は思う。
父が「澄んだ目をしていた」と評した若者は、ずいぶん能力の高い「駒」だったわけだ。頼朝にとって、これは、嬉しい誤算だったのだろうか。それとも、能力が高すぎて、戸惑っているのか……。
「どちらだと思います、父上、兄上」
心の中でつぶやいて、美野はひとりで笑ってしまっていた。
すでにいない、父と兄の声が聞こえた気がした。
「また、美野の知りたがりが始まりましたよ、女子のくせに、困ったものですな、父上」
心の中で、父の豪快な笑い声を聞く。
「それが美野の良いところだと、儂は思っておるがの。美野は、兄弟の中でいちばん賢いかもしれん」
「はいはい。父上は、いつも、美野に甘い。で、どちらだと思いますか。佐殿は嬉しいのか、戸惑っているのか」
「そうだな……おそらく」
だが、それ以上の声は聞こえてこない。
父なら……父が生きていたなら、どう答えたのだろうか。
「佐殿は嬉しいはずだ」
あるいは、
「出来の良すぎる弟は目障りかもしれない」
後者のような気がする……と、その時、美野は感じていた。
「……どの。美野殿」
苛ついた声に、美野は現実に戻された。
総御前がきびしい目で、こちらを見ている。
「なにを惚けておるのだ」
「失礼いたしました」
申し訳程度に頭を下げて、美野は切り出した。
「九郎義経さまといえば、一ノ谷の戦で総大将を務められ、武勲に輝いたお方。御息女のお相手として、不足はないと存じますが」
「あのような猪武者に、郷を嫁がせられるか」
総御前は吐き捨てるように言った。
「軍監の梶原景時が、九郎殿は、軍艦の進言も聞かず功を独り占めするために先走って困ると、鎌倉殿に書状を送ってきた」
その名を聞いたとたん、美野の心は、冷たい刃で傷つけられた。
――梶原景時。
卑怯な手で、父を殺した男だ。
その父が、生前言っていた。
梶原景時は卑しい男だと。
石橋山の戦に敗れた頼朝は、洞窟に身を隠していた。その時、平氏方の将であった梶原は、頼朝を見つけた。だが、「ここには蝙蝠しかいない」と言って、味方を違う場所に導いたのだ。
それを「情」だという者もいたが、父はそうではないと見破っていた。
頼朝をかばったことは、頼朝と梶原しか知らない。頼朝がこのまま敗者となれば、梶原は、素知らぬ顔で平氏方に残ることができる。
頼朝が勝者となれば、その時の恩を土産に頼朝方につくことが出来る。
つまり、戦況がどのようになっても、自分が生き残る道を取ったということだ。
それを、父は「卑しい」「卑怯」と評したし、美野自身もそう思った。
だから、今回の梶原の進言など、信じられないと思う。自分が戦で武勲を立てられなかった言い訳のためか、あるいは……。そんな美野の思考を、総御前の言葉がさえぎった。
「御舎弟とはいえ、母親は卑しい雑士女。そんな者の妻になど……」
ああ、そうか……と美野は思った。
総御前にとっては、「猪武者」より、そちらのほうがより重要なことなのだろう。
総御前の父は、武蔵国比企郡の代官で、藤原秀郷の流れを汲む一族である比企掃部允。母は、掃部允の正室で源頼朝の乳母を務めた人。つまり、由緒正しい両親……いや、母親を持っている。
頼朝の母も、源義朝の正室である。
だが、義経の母は違う。常磐御前は九条院の雑仕女。美しい人であったと聞くが、身分は決して高くない。
正室の子であるというのが総御前の矜持であれば、娘を側室腹の武士に嫁がせたくはないのだろう。たとえ、それが源氏の御曹司であっても。
美野は決意した。
美野自身、正室の子ではない。だが、父は、母親の違いで子どもを区別するようなことはなかった。その子自身の能力や性質を見てくれたと思う。
それは、兄も同様だった。能常とは母違いだったが、妹として可愛がってもらった記憶しかない。
母の身分が低いというだけで、総大将としての武功を認めてもらえないなど、あってはならないと思う。
武功さえも、部下の讒言で正しく認めてもらえないのだとしたら、こんな理不尽なことはない。まして、讒言したのが梶原景時であるのなら……。
「分かりました」
美野は、静かに頭を下げた。
「河越重頼さまの息女として、源九郎義経さまのもとへ、嫁がせていただきます」
総御前は黙ってうなずいた。
安堵の表情を美野には見せていたが、その奥に、苛立ちが見え隠れしている。
総御前にも迷いが残っていたのかもしれない。「猪武者」で「雑士女の子」だから、娘はやれないと思った。
だが、いざ、美野が嫁ぐとなれば、九郎義経は「源氏の御曹司」で「一ノ谷の戦の総大将」でもあるのだ。惜しいことをした、という気持ちもあるのかもしれない。
いや……と、美野は首を横に振った。
美野は「河越重頼の娘」として嫁ぐのだ。このまま、義経が活躍し続ければ、河越重頼は、「源氏御曹司の舅」になれる。
反対に、義経が失脚すれば、あの娘は実は自分の子ではない、といって、切り捨てることも可能なのだ。
姑息な手段だ。石橋山で、頼朝を見逃した梶原のそれに似ている……。
「どうした」
総御前がいぶかしげに美野を見ていた。考え事に夢中で、実際に首を横に振ってしまっていたらしい。
「すみません。なんでもありません」
美野は、総御前の顔を見た。
そこには、もうなんの表情も浮かんではいなかったが……。卑しい顔だ、と思った。
そして、「守ってさしあげたい」とも思った。この姑息な手段を執る河越氏から。そして、なにより、卑怯な手を使う梶原景時から、九郎義経を。
まだ、顔も見たことがない、近い将来、夫になる人を。
義経は、まだ登場していません。
けれどこの回で描かれているのは、「人は、本人より先に評価され、裁かれてしまう」ということ。
次話から、物語は少しずつ、現実へ近づいていきます。




