表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
8/24

8話 逃げて走れ

 琴は目を細め、静かに笑う。


「ふむ。妖怪退治が本領、のう」


 面白そうにつぶやいた後、彼女は、身も蓋もなく言い放った。


「なら、次は倍じゃ」

「へ?」


 清雅の顔がきょとんとする。


 パチン、と琴が指を鳴らす。

 水面が再び泡立ち、勢いよく裂ける。そこから現れたのは、さっきと同じ姿。

 だが六つ。

 言葉通り六体の河童が、一斉に牙を剥き、清雅へ向かって泳ぎ出した。


「うそやろっ?」


 清雅が驚き混じりに声を上げ、扇子を大きく振る。

 河童が泳ぎ、飛び掛かる。それを護符で次々と撃ち落とす。

 紙片が閃光を放ち、爆ぜ、水煙が立ち上った。


 その光景を、晴彦はただ呆然と見つめるしかなかった。


 ――妖怪。

 ――陰陽術。

 ――人が水に立っている。


 その全てが、夢よりも遠い非現実。

 だが、間違いなく目の前で起こっている現象だ。


(こ、こんなの無理だろ……どう戦えってんだ!)


 清雅が水から飛び出てくる河童を札で押し返し、爆殺する。

 水上を跳び回りながら。


 こんな超能力バトル。自分がそれをする姿を全く想像できない。

 晴彦の喉が鳴る。ここにいることすら、場違いに思えた。


「ふむ。中々良い処理スピードじゃな。妖怪退治が本分、嘘偽りなしじゃな」


 琴は、そんな晴彦の心中など意に介さずに、さらりと指を構えた。


「では――十二匹」

「はぁっ?」


 今やっと、全ての河童を始末したばかり。


「付き合いきれへんわっ!」


 清雅が叫び、反撃に転じる。

 琴の足元に鋭く護符を放ち、両手で九字を切る。


 一拍の間をおいて、琴の足元に黄色の五芒星が浮かび上がる。そして、そこから水の上を走り抜けるように光が迸り――一気に周囲の海を駆け抜けた。


「ほう?」


 琴が感心したように唸る。


 荒れ狂っていた水流が、潮のように音を立てて引いていく。

 ものの数秒で、あれほどあった水面が消え、足元には湿った土だけが残った。


 晴彦は思わず地に膝をつき、深く息を吸った。

 ようやく、重力を感じる地に立てた安堵が、全身を駆け抜けた。


「ふむ。術式の元を断ったか。技巧派じゃな」


 琴が袖を軽く払う。その仕草は、戦いの最中とは思えぬほど、優雅だった。

 対する清雅は額に汗を浮かべながら、どこか愉しげに笑っていた。


「……あきまへんな。のんびりしていたら、何をされるか分かりまへんさかい、ほんまに本気でいきますえ」


 清雅は大きく後方に跳ぶ。

 舞い上がる砂塵の中、彼は護符を宙に放った。


 ふわりと浮いた護符に向けて、扇子をかざした瞬間、札がひとりでに空を舞い飛び、五芒星の頂点に並ぶ。


 だが、その陣は先ほどまでのものとは明らかに違った。


 大きい。


 黄色に輝く五芒星の輪郭が唸りを上げ、空気が震える。その中心から、圧縮された闇の塊が膨張するように形を成していく。


 覗いたのは猿の顔。

 虎のかぎ爪が五芒星の枠を掴む。


 拘束された狭い空間から抜け出すかの如く、身をせり出していく。

 鵺だ。

 だが、先ほどとは大きさが違う。倍はあろうかという巨体。


「ふむ。でかいのう」

「ど、どうするんだ? あんなのが出てきたら……!」

「落ち着け晴彦。手加減しなければ倒せる」


 琴が晴彦を見て頷く。


「じゃが、ワラワの出身もばれるじゃろう。この序盤ではメリットがない。――逃げるぞ」

「逃げる? どうやって?」


「お主、さっきワラワを抱えて避けたじゃろ? よい身のこなしじゃった。……ワラワが逃げの一手を打つ。お主はワラワを抱えて猛ダッシュじゃ」

「お、俺が?」


 五芒星が激しく明滅する。

 咆哮と共に鵺が完全に姿を現した。


「頼むぞ、晴彦」


 にっと笑って琴が言う。それはきっと、何気ない言葉。


 だが、聞いた瞬間、晴彦の体の震えが止まった。

 今まで彷徨っていた視線が、一つに定まる。


 巨体が地面に降り立ち、地が震える――と同時に、琴は右足を大きく上げた。

 だん、と踏み下ろす。


「城下!」


 カッと地が淡く薄緑に光る。


 地を揺らし、激しい音と共に、晴彦の目の前に巨大な石垣がせり上がってきた。

 十メートル以上。

 清雅の驚きの顔と鵺の巨体がその向こうに消えていく。


 壁は入り組むように出現し、複雑怪奇な迷路を作り成す。


「ほれ、逃げるぞ! 道案内はワラワがする」

「ああ!」


 晴彦は琴を小脇に抱えて、言われるままに駆け出した。


 頼まれたのだ。――身体が動く。


 壁を破壊する轟音が背後から迫る。追いかけてくる咆哮。

 鼓動が早まる。

 土煙と石片が風を切り、頬をかすめた。それでも集中して前だけを見る。


「そこ、右じゃ! 次は左!」


 琴の指示。高速で流れる景色の中、一瞬の判断で動く。

 階段を駆け上り、急旋回して隙間を抜ける。


「ぉお、晴彦、やはり速いではないか!」


 琴の軽い褒め言葉を聞きながら、晴彦は、迷路のように入り組む通路を疾走した。

 鵺の咆哮。破壊音。響く音は石垣の向こうに遠ざかっていく。


 その石垣はあまりに大きく、硬かった。

 いかに巨大な鵺と言えど、たやすく突破できない代物。


「……ああ、あきまへん」


 清雅は舞い上がる砂塵の中で、そっと息を吐いた。

 扇子を、音を立てながら閉じる。


 時間をかけすぎた。


 目の前の石垣から、淡い桃色の光の粒子が立ち上り始める。

 おそらく、召喚の範囲外となったのだろう。彼らはもう完全に逃げ切ったようだ。


「いや、どちらかというと、見逃してくれた、ちゅう方が正しゅうおすな」


 己の掌を見下ろす。

 指先が震えていた。緊張か、興奮か、自分でも分からない。

 だが、身体は何かを察していたようだった。


「うちもまだまだ、ということどすなぁ。……あきまへん、あきまへん」


 清雅は天を仰ぎ、苦笑する。


 良い経験にはなった。これは糧にすべきことだろう。

 目の前を塞いでいた壁が、次々と淡い光の粒となって、桃色の空に還るように散っていく。


 幻のように美しく、儚い光景。


「次は、こうはいきまへんで。……琴はん」


 口元に浮かんだ笑みは、どこか満足げで、それでいて獰猛だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ