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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
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5話 山の中に置き去り

 スマホの地図の案内に従っていると、少し入り組んだ路地の先で、一台のタクシーが止まっていた。その脇に四十代くらいのスーツ姿の男性が立っている。


「ああ。参加者の方ですね。お待ちしていました」


 穏やかな笑みでそう言った男性は、しかし、琴の存在に気づいて微妙に表情を固くした。


「……お二人、ですか?」


 いかにも聞いてないと言わんばかりの反応。

 琴が事情を説明するのに五分。そこから男がどこかへ連絡を取り始めて、さらに三十分。


「間に合うのか、これ?」


 スマホで資料を確認しながら、晴彦は思わずつぶやいた。開始時刻はもう目前だ。


「大丈夫じゃろ。遅れたから不参加、というには、あまりに特別な話じゃからな」


 琴が事も無げに言うのを見て、晴彦は、そんなもんか、と空を仰ぐ。

 ビルの隙間に見える切り取られた空は、どこまでも青く高い――いつもと変わらぬ日常の空だった。


「……なんというか。とてもじゃないが、特別、という話には、思えないな」

「ん?」


 琴が小首をかしげる。晴彦は電話を続けている男性をちらりと見た。


「あの人も、どう見ても普通の役所の人だろ? 丁寧に対応してくれて、ほんと旅行パックで旅しているだけな気がする。特殊な力を持つ人間たちを集める、とか漫画みたいなことを言われたのに、全然そんな雰囲気がない。淡路島に来るときも、普通の高速バスだったし」


「そりゃそうじゃろ。ここは日本じゃ。平和な国なんじゃ」

「……異常に思えた事柄は、たった一つだけだ」


 隣の巫女姿を見る。まだ出会って一時間程度しか経っていないが、段々とこの巫女服が隣を歩いている光景に慣れてきているのが怖い。


「失礼な。ワラワだって好んでこんな格好をしとるわけではないぞ?」


 琴が、まつ毛の長い切れ長の瞳で見つめ返してきた。


「口調も巫女服も格を高めるためにやっておることじゃ」

「格?」


「こんな服を着た、こんな口調の存在が、何か特別な奇跡を起こしても――人は受け入れやすいじゃろう?」

「なるほど。それは確かに」


 話を聞く限りは、霊験あらかたな事をするのだ。彼女の服装の方が正式な気がしてくる。


「俺の格好の方が、おかしいくらいかもな」


 そう言って晴彦は自身の格好を見下ろす。グレーのポロシャツに黒のジーンズ。動きやすさ重視の軽装。いつもと変わらない服装だ。


「まあ、お主くらいの格好の方が普通だとは思うぞ」


 琴は苦笑して肩をすくめた。


「ワラワは多分、浮く。気合入りすぎとるからな」


 そんな話をしている間に、ようやく連絡がまとまったのか、スーツ姿の男性が近づいてきた。


「確認が取れました。お二人とも正式な参加者と認めます。もう時間がありませんので、お二人で乗っていってください」


 言われるままにタクシーに乗り込む。

 そこからの移動は、予想以上に長かった。


 運転席の初老の男性は、事情を知らないのか、バックミラー越しに琴の巫女服をちらちらと見ていたが、琴も晴彦も、余計な口を利かずただ黙っていた。

 その沈黙を破ってまで詮索するほどの熱意はなかったのか、運転手も黙々とハンドルを握り続けていた。


 タクシーが減速し、やがて止まる。


「それじゃあ、ここで」


 一言だけ告げて、タクシーは去っていった。


 そこは山の中腹。舗装こそされていたが周囲は深い緑の木々ばかりで、人の気配も何もない。


「こんなところに捨て置かれても……」

「迎えがあるはずじゃが……も、もしかして遅刻したからか? 歩いていくのか? あそこまで?」


 琴が顔を青ざめさせて震えあがる。だが、そうは言っても他の手段はなかった。セミの鳴き声の中を、挫けそうになる琴を励まし、山の中を歩いて二十分。全身汗だくになりながら、ようやく木々の間から灰色の建造物が見えた。


 ――無機質なコンクリートの塊。


 宿舎、と言われればそうも見えるが、どこか収容所のような無骨さがあった。周りを囲むコンクリート壁がその異様を強めているのだろう。


 着いた、とお互いに顔を合わせて喜びつつ息を整えていると、鉄格子の門の前で所在なさげに立っていた男がこちらに気づき、駆け寄ってきた。


「おーい、琴ちゃーん!」


 大学生くらいの若い男だ。髪を茶色に染めた、どこにでもいそうな青年だ。スーツを着ていたが、まだ着慣れていなさそうな雰囲気すら感じる。


「ん? ぉお。もしかして修二(しゅうじ)さんか?」

「そうそう、懐かしいな……って言ってる場合じゃねーや!」


 修二と呼ばれた男は、早口で続けた。


「もう説明も終わって、転送もほとんど終わってるんだ。まだ間に合うけどギリギリだ。早く龍穴へ行きな」


 そこでようやく晴彦に気づいて止まる。


「あれ? こっちは……参加者?」

「参加者じゃ」

「げ、初参加だよな? 説明の時間ねーぞ? 聞いてねーよ。どうすんだ、運営」


 焦る修二を、琴が軽く手で制した。


「大丈夫じゃ。ワラワが一緒に入って説明する」

「え? ルール的にどうなんだ、それ?」

「まあ良いじゃろ、たぶん」


 根拠はなさそうだが自信はありそうな琴に、修二は呆れ混じりに笑った。


「分かった。じゃあ、琴ちゃんに任せる。――頑張れよ、二人とも」


 門が重く開く。晴彦は修二に軽く会釈しつつ、琴の後を追った。

 建物の内部は、耳が痛くなるような静寂だった。

 彩りのない無機質な長い廊下が続き、その両脇に無数の扉が並ぶ。その中を、琴と晴彦の足音だけが鳴り響いた。


「えーと、部屋はどこじゃ?」


 琴が首をきょろきょろ動かしていると、曲がり角から、ひょこりと顔が出てくる。


「あ、やっぱ琴ちゃんだ。おっそいよ。みんな心配してたんだからねー?」


 声の主は若い女性だった。

 修二と同じ二十前後だろうか。ストレートの金髪に、少し日焼けっぽい色をした肌。鼻筋ばっちりのメイク。ひらひらと振られている手は白い。その指先には色とりどりのネイルがごてごてと付いていた。なのに、着ているのは、地味過ぎず派手過ぎないフォーマルな装いの服。

 ギャップで風邪をひきそうな人だった。


 琴が気づいて、ぉお、と手を上げる。


彩音(あやね)さんではないか。見守り参加なのか?」

「そーだよ。あたしも引退間近だからねー。あ、聞いて聞いて。かなめがさー、マジかわいそうなのよ」

「要さん?」

「そーそー。次の子が育ってないからって、参加させられたっぽいよ? 超愚痴ってた」

「ふむ。それは、面白そうな話じゃが――今は時間がないのう。彩音さん、場所教えてもらえるか?」

「オッケー」


 彩音は長い爪で歪な丸を作ると、先導するように歩き出した。そのまま無機質な廊下をしばらく進んだあと、両脇の扉を指さす。


「この二部屋、どっちも空いてるよ。戻ってきたら、部屋から出てきてねー」

「ぁあ、まあ、そうなんじゃが。とりあえず晴彦とワラワは一緒の部屋に入れさせてくれ」

「……え? それはちょっと、だめでしょ? 倫理的にさ」


「うむ。なのでワラワたちが行ったあと、身体を別の部屋に移してほしいんじゃ」

「えー? あたしが? なんで? めんどいよ」


「引きずっても構わん。そこは誼ということでお願いできんか? こっちの晴彦、なんと一週間前に参加決定したらしく、龍脈界に行ったことがないのじゃ」

「は? 一週間? マジでっ?」


 彩音が仰天したように、目をむいて晴彦を見た。そんな視線を向けられても困る。確かに、前代未聞と説明されていたが、そんなに驚かれるような話だったのか。


「あー、でもそういや聞いてたわ。一人だけ龍脈界に入ったことない子がいるって。嘘だと思ってたんだけど。……つーか、一週間て。戦えないじゃん。どうする気だったの?」


「知らん。じゃが、戦えそうな何かはあるのじゃろ。……とはいえ、龍脈界への行き方と、最初の説明くらいは、ワラワが現地でしてやってもよいじゃろ?」


 琴の言葉に、あー、うー、と彩音は天井や床を渋面で睨みつつ、最後にため息を吐いた。


「分かった。そーゆー事情なら、いいわ。私が龍脈界に連れてくより、楽だしね。んじゃ、あっちの部屋入って」


 琴は、彩音の示した部屋に入る。晴彦も流されるように入り、その後ろから彩音も続いた。


 扉が閉まると一層静かになる。

 廊下に負けず劣らず殺風景な部屋だった。コンクリート床の個室。机と棚。簡素なベッド。それだけ。寒々しい部屋だ。

 琴が、部屋に入る。立ち止まる晴彦の背中から彩音が言った。


「はい、進んで進んで。……荷物はあっちの机に置いて」


 促されるまま、リュックを部屋の机の上に置く。

 琴がベッドを指差す。


「本来は、あのベッドに横になるのじゃが……晴彦、一緒に寝るか?」

「え?」

「ダメに決まってんでしょ!」


 彩音が腕をバツに交差する。


「倫理的にブー! 私がベッドの上に運んであげるから、さっさと行く!」


 その言葉に琴は、つまらんのう、と笑いながら、す、と晴彦の手を握った。


「うわ、なんだよっ?」


 思わず手を引っ込めるが、琴はにやりと笑って再び握ってきた。


「手を握っとかんと、違う場所に飛ばされる。――放すでないぞ?」

「どういう――?」


 その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


 上下が反転するような、右左が混ざり合うような、奇妙な浮遊感。全ての映像が白黒のノイズにまみれたように崩れ、圧縮されたような雑音が耳裏に響く。

 頭の中に鋭い針が千本刺さったかのような痛み。

 身体の内側から何かが剥がれ落ちるような違和感。

 指先の感覚までもが消えていき、自分が今、どんな姿勢なのかが分からなくなっていく。


 目をしかめた。気がした。

 時間の経過も分からない。


 まず耳に響いていた異音が消えた。視界の奥に光が戻ってくる。

 呼吸をしたいという意識に身体が自然と息を吸い込んだ。

 頭だけが車酔いの後のようにぐらぐらと気持ち悪かったが、身体は逆に妙に軽いくらいだった。


 琴の手の柔らかさがほどける感覚で、ようやく手を離されたことに気づく。


 目を開ければ、見えたのはグラウンドのような肌色に近い土の地面。部屋の中ではなく、いつの間にか外に立っている。


「着いたぞ。ここが龍脈界じゃ」

「……龍脈、界?」


 顔を上げた晴彦は、言葉を失った。


 空が、違う。

 明るい桃色。流れを持つように濃淡がうつろい、淡く緩やかな光を発している。

 雲も太陽もない。だが、空そのものが光を放ち、まるで生き物のように、うごめいていた。


 左手には夏ではありえない紅葉した林。

 右手はどこまでも続くようなだだっ広い平地。

 遠くを見ても何もない。山もない。海もない。ただ果てしない地平線だけが伸びている。


 日本ではありえない光景。

 その中で琴の白い巫女服が、空の光を反射して、ほんのり淡く桃色を帯びて見えた。


「今、ワラワたちは、龍脈の中に仮想的な身体を作って入り込んでおる」


 琴が空を指さす。


「見えるじゃろ? あの空に揺れる光の流れが、龍気じゃ。淡路島は日本の龍気の源泉。そのため、流れがあのように揺蕩っておる」

「あ、ああ……」


 目の前の光景が現実離れしていて、返事はどこか上の空になった。ゆっくりと流れている桃色の空は、まるで大河のよう。見ているだけで吸い込まれていきそうに思えた。


「龍脈の中におると、龍気を最大限自由に使える。ここは、龍命気の扱いを学ぶには最高の環境という事じゃ」

「はぁ……」


 まだ飲み込み切れていない様子の晴彦に、琴は苦笑いを浮かべる。


「まあ、やれば分かってくるじゃろ。――次は、この身体のことじゃが」

「身体?」

「そうじゃ」


 琴は自分の腕を軽く叩きながら言った。


「今の身体は現実のものではない。晴彦の脳がイメージしたものを龍命気で再構築しているだけじゃ。じゃから、腕を切られようが、脚を失おうが、大きな痛みはない。ショックは受けるかもしれんがな。強く念じれば切れた腕なども戻すことができる」


「……つまり、怪我しても死なないってことか?」

「いや。この世界から脱落することはある。三つの条件じゃ」


 琴は、自身の頭に指をあてて続ける。


「一つは頭部。この身体を形作るイメージの源が破壊された時」


 次に琴は自身の左胸を指さした。


「二つ目は心臓。龍気や命気を身体に巡らすためのポンプをここに作っておる。これが止まれば、身体の維持ができなくなる」


 最後に両肩を手で抱きしめるようにして、言う。


「最後は、身体に貯蔵している龍命気が尽きた時。身体を構築している分まで枯渇すれば――」

「――死ぬ、のか?」


 琴はくすりと笑った。


「現実に戻るだけじゃ。死にはせん」

「なるほど。……要するに、ゲームオーバーってことか?」

「ワラワはゲームをせぬからよう分からんが、そういう理解で構わんと思う」


 そう言って琴が空を見上げる。空に流れる光の筋が緩やかに鳴動していた。


「ここで行われるのは、序列を決める戦い。――第一訓。サバイバル戦じゃ」

「サバイバル……」


 晴彦の喉が鳴った。

 琴がにやりと薄く笑う。


「ルールはない。最後まで生き残ること。――それが勝利の条件じゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、遠くの地平で風が唸る。桃色の空の下、どこまでも続く平野が、ざわりと揺れた気がした。


 いよいよ、始まるのだ。

 現実ではないこの世界での、しかし確かな――生死を賭けた戦いが。


 まだ、自分に何ができるのかわからない。

 握りしめた拳がどこまで届くか未知数だ。

 それでも、晴彦は頼まれてここに来た。


 ならば――全力を尽くすのみ。






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