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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
24/24

24話 最強の証


 草薙の剣に魂を全て込めるような気分。

 国の宝、国の証。それが自身の県に存在する誇り。


 仇を取る、という動機が滑稽なことは、静流の中でも分かっていた。


 だが、出会いとはそういうものじゃない。

 非日常と孤独と恐怖。不安だった始まり。

 漣が声を掛けてくれなかったら、自分はどのように動いていただろうか。

 彼は、色々なルールを教え、進む道を指し示してくれた。


 そこで、静流が考えたのだ。

 戦局を有利に進めていくために。

 大智を仲間に誘い、漣の情報を使って、後々強敵となる相手の不意を突いて倒していく、という戦略を。


 今、この激情はどこから湧いてくるのか。

 彼への仕打ちに対する怒りだろうか。

 それとも、自身の策の失敗による、自身への怒りだろうか。


 分からない。

 今、静流の中にある思いは一つだった。

 せめて、この目の前の難敵に挑まなければ、彼の犠牲に自身が立てるものがない。


 だからこそ、全てを込める。

 この神剣に全てを。

 その静流の構える水色に光り輝く神剣に、晴彦は自然と後ずさった。


(どうするんだ? こんなの)


 チリチリと肌が灼けるような感覚が続く。

 何がどうなるか、まったく想定ができないのに、その威力がきっととんでもないものなのだろうということだけは、理解ができる。


 晴彦が、もしあの剣を真っ向から受けるとしたら、どうすればいいのか。

 全く思いつかない。

 何もすることができない。

 強いて言うなら、溜めが必要のようだから、力を溜められないように立ち回るとか、そういうレベルでしか手の打ちようがないように思える。


 日本を統べる正統者の証。

 そう聞いて、あまり歴史に詳しくない晴彦もなんとなく思い出していた。


 三種の神器。

 剣と、鏡と、あと何か――だったはず。

 ともかく、この国におけるもっとも意義の高い剣。


 神話の中ですら、きっと特別な力を持つであろう神の剣。

 そんな物を全力で振るってくる相手の一撃を防ぐ方法など、本当にあるのか?

 いかに琴が不可解な力を持っていたとしても、この単純な威力に抗う術があるのだろうか。


 琴の背中。

 小学生のような背丈の小さな背中。

 その向こうに見える神剣の輝きに立ち向かうというのに、あまりに不適な小ささ。


 だが、信じるしかない。


 今の晴彦に、彼女を守る術はなかった。

 ゆっくりと、しかし確実に距離を取る。


(俺はまだ、琴の隣で戦うこともできない……)


 強く奥歯をかみしめる。

 できることは、琴の言葉を信じるだけ。


 大丈夫。今の俺なら、信じられる。

 琴は――最強なのだ、と。


 晴彦は、この恐ろしい神気のぶつかり合いを見逃さぬようにと、琴の姿を見守った。



 ◆◆



 様々な思いが渦巻く中、一人だけ余裕の表情を浮かべる巫女姿の少女に、静流は怒りを覚えた。


 攻めてこない。

 相手は余裕ぶっている。

 それが許せない。


「私を……なめるなぁ!」


 地を蹴る。

 本田忠勝の逸話を借りたその身のこなし。

 常人よりは格段と優れた身体能力。


 それでも、常軌を逸するほどではない。自覚はある。

 だが、その全てを覆すだけの威力が、この一撃にはあるはず。


 近づいていく中で、琴がパンと手を合わせる姿が見える。

 彼女の立っている地面が薄緑に輝く。その足元から、薄緑の光を纏う剣が生み出され、小さな手がその柄を握った。


(今更――遅い!)


 間合いに入る。

 全身のばねを利用して大きく飛び跳ねる。


 全ての勢いを利用した、渾身の一撃。


 草薙剣が水色に輝き、その剣の軌道を光の残像で示す。

 飛び込み上段から振り下ろされる静流の一撃。


 それを迎え撃つように、琴が生み出した剣を振るう。

 その振り方は、素人そのもの。


 防げるわけがない。

 草薙剣以上の神剣など、この国にはない。


 剣を信じる。

 この一撃で全てを砕き、勝つ。


 異なる色に輝く刀身同士がぶつかり合う。

 瞬間、全てが飲み込まれるような強烈な白光が景色を飲み込んだ。


「……っ!」


 晴彦が目を細める。


 そして一瞬の後、空気が圧縮し、雷鳴が轟くような衝撃となって、周囲を拭き荒らした。

 暴風が巻き起こり、周囲が爆発し、晴彦の身体が吹っ飛ばされる。


 空中で姿勢を変え、足から着地。

 予想通りの、とんでもない威力。

 剣と剣がぶつかり合っただけとは思えない、周囲への影響。


 これが神の領域。

 土埃が舞い、様子が見えない。


「どうなった……?」


 唾をのみ、見守る。

 やがてゆっくりと、土煙は薄れていった。


 その周囲の激しい爆圧の影響がないのは、神剣の加護があるからだろうか。


 だが、静流は慄いていた。

 手が震えている。

 押し込めない。


 止められた。


「そ、そんな……どうして?」


 静流の草薙の剣を受け止めた琴の剣。

 薄緑に光り輝く剣は、琴の身体に比べると長く見える。


 その長さ、二尺八寸。約八五センチ。

 菖蒲の葉のような形をした両刃の剣。そこから柄までささくれるように節ができている。


 見たことのある形。

 いや、それどころか、今、静流が手に持っているもの。


 琴の手に握られていたのは――。


「草薙の……剣っ?」




 ◆◆



「ほれ、止まるでない」


 空いた手で、琴が静流に触れる。


 その瞬間、激しい衝撃を受けて静流は吹っ飛んだ。

 土埃を巻き上げながらゴロゴロと転がり、勢いを失って突っ伏す。


 もはや、気力が出なかった。

 草薙剣は手から離れ、桃色の光の粒子となって消えていく。


 静流の全てを振り絞った一撃だった。

 立ち上がる力も残らないほどに。


「草薙剣は、旅をし過ぎたからのう」


 琴が、静流に向かって歩く。


「神話の舞台になった土地の出身者は大体、使えるものじゃ。……もっとも、現物持ちの愛知の剣が、一番強力ではあると思うがのう」


 自身が生み出した草薙の剣を桃色の光の粒に返しながら、琴は静流に向かって歩く。


「お主は二度目、ワラワは一度目。どれだけ全力を込めても、万全にはならぬじゃろ。それが打ち負けた理由じゃ」


 まるで天気の話でもしているかのような口調。


「……あとは、まあ、ワラワの方が龍命気の量が大きいから、という理由じゃが、こればかりは、逸話とは関係のない本人の資質じゃからのう」


 そして琴は地に伏して動けない静流に近づくと膝をついた。


「すまんかったのう」


 いきなり謝ってきた相手に、静流は眉をしかめた。


「なんの……こと?」

「いやまあ、その……なんじゃ。別に嫌がらせをしたい訳ではなかったんじゃ。お主の先の一撃は見事で、ワラワもきちんと応戦せざるを得なかった。それは、その――自信を持ってもよいことじゃぞ?」


 そう言った後、ぁあー、と困った声をあげて琴は頭を抱えた。


「いかん。どうしても上から目線になってしまう。そうじゃないんじゃ、言いたいことは」


 長い黒髪を振りながら琴が悶える。

 その時、上と横から影が交差して、金属が激しくぶつかる音が響いた。

 琴の小さい体を脇に抱えた晴彦と、静流の前で彼女をかばうように立ちはだかる大智。


「ぉお、晴彦。ナイスカバーじゃな」


 脇に抱えられながら、琴はパチパチと拍手する。

 そのゆるゆるした雰囲気に、大智の表情が顰められた。


「……分かんねぇな。何故お前は漣さんをあっさりやったのに、俺達には本気で攻撃してこねぇんだ?」


 そう問われて、琴は地面に足をつけながら答えた。


「漣先輩は、あれ以上成長する余地はないからのう。技術は大体完成していて、今はもう下がるしかない。……でもお主らは、まだまだ伸びていくであろう?」

「……どういうことだ?」

「これはサバイバル戦ではあるが、同時に特訓でもある」


 ぴっと人差し指を上げて、琴は言う。


「仲間を募るのもよいし、奇襲もよし。正々堂々と戦うもよし。戦闘の進め方にルールはないが、マナーはある」

「マナー?」

「うむ。それが、二回目の参加者は新人を大事にしようということじゃ」


 琴以外の三人が、ポカンとした表情を浮かべる。


「漣先輩が、お主らに声をかけたのも、ワラワがお主らを即座に仕留めにいかないのも、要するにそこが全てじゃ」


 くく、と琴は笑う。


「だからまあ、ワラワが漣先輩に遠慮する必要はないし、漣先輩もワラワに遠慮することはなかった。そういうことじゃな」


 そう言って、琴は静流を見た。


「まあ、特訓という意味で言えば、お主の実力はもう十分とも言える。なので、ここで決着をつけても良いかもしれんが――」


 そこで大智に目を向ける。


「最高の伸び代を持つ奴がいるからのう。……ワラワが教えてやってもいいのじゃが、折角だから二人で色々考えていった方が、良い経験になるじゃろ?」


 いたずらっぽく琴がにやりと微笑んだ。

 その笑みを見て、大智は動けない静流を抱き起し、背中に背負う。


「……後悔すんなよ? 次は、負けねぇ」


 目の奥に、強い意志を灯して大智が言う。

 その視線を受け止め、琴は嬉しそうに頷いた。


「それで良い。県の序列は拘るべきではあるが、それはあくまでモチベーションじゃ。お主らがワラワを超えるだけの実力を身に着けてくれるのであれば、それは結局、皆のためになる。……頑張るが良い」


 隣に立つ晴彦の腰を、琴がぽんと叩く。


「ワラワも、伸び代たっぷりの晴彦を鍛えるのに忙しいからの。次に会った時は、晴彦一人で片を付けられるかもしれんぞ?」

「……ふん」


 大智は、つまらなそうに鼻を鳴らすと、背後を振り向く。

 地に足跡が付くほど強く勢いよく跳ねて、あっという間に遠ざかっていった。

 その背中が遠く龍脈の空の下に消えていって、急に緊張が解ける。


「終わった……」


 晴彦は、思わずその場にへたり込んだ。


「うむ。中々に、厳しい戦いじゃったな」

「……なんで、そんな楽しそうなんだよ」


 隣で余裕綽々な表情で笑う琴を、少し恨めしく見つめる。


「別にやられたとしても、県のお偉いさんから少々不服な顔を向けられるくらいじゃからな。ワラワたちは皆仲間じゃ。強い仲間がいることが分かれば、嬉しくなるじゃろ?」


 本当に嬉しそうに笑う琴に、首をかしげる。


「前も、言ってたな。……仲間って。どういう意味なんだ?」

「そのままの意味じゃよ? 今回初参加の者達は、まだ気を張っておるかもしれんが、もっと気楽に戦えばよい。恨むとか怒るとか、そんなことをする必要はないのじゃ」

「そう言われてもな……」


 今まで一緒に過ごした相手が突然いなくなったら、人間はあんな感情に振り回される。

 それを抑えるのは、難しい。


 きっと、俺は、また同じことが起これば、同じ気持ちを抱く気がする。

 ポン、と琴が座り込む晴彦の頭を軽く叩いた。


「なーに。せっかく期間限定の奇妙な能力を、神様か何かに授けられたのじゃ。面白く、楽しんだ方が、勝ち――じゃろ?」


 琴は、コロコロと鈴のように笑う。


「さて、とりあえずどこかで休むとするかのう」


 手を目の上に翳して、周囲をきょろきょろと見回す巫女服姿の少女。

 その姿を隣で見ながら、晴彦は天を仰ぐ。


 神秘さのかけらもない、小学生のような動き。

 でも、今はもう、彼女の一端に確かに触れていた。


「ふむ。あっちに行こうかの。きっと綺麗な休める場所があるはずじゃ」


 そう言って、奥に見える桃色の空を琴は指さした。

 晴彦も、そちらに視線を送る。


 その先は、まだ何も見えない。

 でも、本当に景色の良い場所があるんだろうな、と晴彦は思った。

 琴が示す道ならば。

 きっと。


 晴彦を向き、琴は手を差し出してくる。


「ほれ。行くぞ、晴彦」

「ああ――」


 その壊れそうなほど小さな手を握り返して、その大きく暖かい感触に晴彦は目を瞑る。


「……お前に付いていくよ」

「お前、ではない――琴じゃ」


 琴が口を拗ねるようにとがらせる。

 そんなやり取りに、晴彦は心の底から微笑んだ。





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