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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
22/24

22話 与一の弓と日光山縁起


 天守閣の上で、静流が召喚した水色に光り輝く神剣を見て、漣は頷いた。


「なるほどね。静流ちゃん、ここですべてを掛けるわけか」


 弓を番いつつ、漣は状況を把握する。


(なら僕も、出し惜しみは無し、で、いかないとね。恨まれちゃう)


 そう思いつつ、自分の力が落ちていることを自覚できるのが歯痒い。


 与一の逸話。

 一一八五年。源平合戦、屋島の戦い。

 平家軍に、船上に掲げられた扇を射てるか、と挑発された源義経は、弓の名手、与一に射手を命じた。


 船は波に揺れ、距離は遠く、与一は馬上。外せば名誉を損ない切腹すらありうる心理条件。

 その中に置いて、与一の一矢は、見事扇を撃ち抜いた。


 弓は武士の主力武器。ゆえに、与一は武士の誉れとして、語り継がれる。


『与一の弓は、外れることがない』


 それは、全国に轟く、武人の逸話。

 だが、あくまでその権限は人の範疇を超えない。


 ただ、多くの者が知る逸話とは、その結果を相手も納得する、という特性がある。

 逸話は龍脈を介して、そこに共通の認識を産む。

 つまり『与一として放った矢は、特に何もなければ、必ず当たる』という理不尽を、放つものも受けるものも、納得してしまうのだ。


 故に、必中の矢となる。


 これが知名度の高い逸話が強力になる仕組みの一つだ。

 防ぐためには、矢を叩き落とすなど外的な要因での妨害や、当たったとしても問題ない頑強さを持つ、など、当たる前、当たった後、での対処をする必要がある。


 だが『その対処ができる』と思わせてしまうことが、人間の逸話の限界だった。

『人の放った矢であれば、人が防ぐことができる』という見解が、逸話の効果を覆す。


 そして、今の漣には与一の逸話そのものを改変して、人を超える威力を込められるほど、龍命気に余裕がなかった。


 逆に、神話の奇跡を元にした権能を用いれば、この『人の範疇』を超えることができる。


 しかし、今度はその知名度が重要となってくる。

 仮に『必ずあたる矢を放つ神』の逸話があったとして、放つ側がその権能を込めて矢を放ったとしても、受ける側がその逸話を知らなければ『避けることができる』という新たな解釈を許す可能性が生まれる。


 つまり、知られていない逸話の奇跡は、その通りの現象を起こすことが難しい。

 これが、知名度が足りないことの問題点だ。


 だが、威力などの単純なものであれば、ある程度、押し付けることができる。


 ――日光山縁起。


 栃木の日光山に伝わる神話。

 広く知られずとも、確と存在する神々の物語。


 ――猿丸大夫(さるまるだいふ)


 神の化身である、山を七巻きできるほどの巨大な大百足の左目を射抜き、撤退させたという無双の弓の使い手。


 与一の逸話に、この神話を込める。

 必ず当たると認識させた、巨神をも退ける威力の一矢。


(この場で最も対処が難しい一撃。今度は、当たれば無事では済まないからね。琴ちゃん)


 大智が刀を使う少年を押さえ、静流が海と和邇をどうにかする。

 静流の描く未来図だ。


 漣は、琴への一撃に全力を込める。

 二人を信じて、彼は弓に力を込め精神を集中させていった。


 ◆◆


「晴彦、来るぞ。見よ、あれが龍命気を使う者の奇跡の前触れじゃ」


 琴が天守閣を示した後、奥の方にいる漣を指さす。

 燦然と輝く光の剣を手に持った静流の姿。漣の番えた矢も光り輝いている。


「あの剣は?」


 遠い先にいるはずなのに、びりびりと肌が何かを感じ取っていた。


「草薙剣じゃな。知っとるか?」

「あ。ああ、あのドラクエで出るやつだろ。ヤマタノオロチを倒したら手に入る――」


 妹と一緒にクリアした、リメイクドラクエⅢで見た。

 自信満々に答えると、がくっと琴が肩を落とした。


「最近の若者は原典を知らんのか。日本の最も重要な神剣じゃぞ?」

「結構強いのは知ってるぞ」

「強いとかそういう話じゃない。この日本を治める正統者の証の一つじゃ」


 そんなすごいものなのか。


「なんで、静流はそんなものを召喚できるんだ?」

「愛知の熱田神宮に現物があるからじゃな。……故に、彼女の振るう草薙剣は、最高の神威を誇る」


 ごくりと、遠くで剣をゆっくりと上段に振りかぶる静流を見て、唾をのむ。


 いつの間にか、銃声は止んでいた。

 よく見れば鉄砲隊そのものの姿が消えていた。


 おそらく、この一撃に全てを込めているのだろう。

 そして、それは漣も同じようだった。


「あの矢も――今までとは違う気がする」


 うむ、と琴は嬉しそうに頷いた。


「神威を込めておる。多分、今の晴彦では防げんじゃろうな」

「……どうすればいい?」


 静流の構える水色に輝く神剣。漣の番える黄色に輝く矢。

 どちらも、人の身を超える威力がありそうだ。だが、防げというなら身を挺してでも防ぐ覚悟はあった。


「まあ、ワラワを信じるが良い」


 それであっても、隣の少女は、いつも通りの声音で言った。


「……どっちにしろ、晴彦の仕事は矢を防ぐことではないからのう」


 どういうことだ、と問い返す暇はなかった。

 背後で飛沫を上げながら水から勢いよく何かが躍り出る。


「おらぁあああ!」


 振り向き様に反応して、振り下ろされた斧を間一髪で横に受け流す。

 叩きつけられた斧が、海を激しく穿ち、大飛沫を上げた。

 それは、さっきまで和邇が尻尾で起こしていた飛沫よりも凄まじい威力。


 化け物を凌駕する怪力。

 そうであっても何の不思議もない。

 それが金太郎と言う伝承の強さだ。


「まだやる気か!」

「おうよ! 俺たちの真正面からの一撃ってやつをぶちかましてやる! 覚悟しやがれ!」





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