22話 与一の弓と日光山縁起
天守閣の上で、静流が召喚した水色に光り輝く神剣を見て、漣は頷いた。
「なるほどね。静流ちゃん、ここですべてを掛けるわけか」
弓を番いつつ、漣は状況を把握する。
(なら僕も、出し惜しみは無し、で、いかないとね。恨まれちゃう)
そう思いつつ、自分の力が落ちていることを自覚できるのが歯痒い。
与一の逸話。
一一八五年。源平合戦、屋島の戦い。
平家軍に、船上に掲げられた扇を射てるか、と挑発された源義経は、弓の名手、与一に射手を命じた。
船は波に揺れ、距離は遠く、与一は馬上。外せば名誉を損ない切腹すらありうる心理条件。
その中に置いて、与一の一矢は、見事扇を撃ち抜いた。
弓は武士の主力武器。ゆえに、与一は武士の誉れとして、語り継がれる。
『与一の弓は、外れることがない』
それは、全国に轟く、武人の逸話。
だが、あくまでその権限は人の範疇を超えない。
ただ、多くの者が知る逸話とは、その結果を相手も納得する、という特性がある。
逸話は龍脈を介して、そこに共通の認識を産む。
つまり『与一として放った矢は、特に何もなければ、必ず当たる』という理不尽を、放つものも受けるものも、納得してしまうのだ。
故に、必中の矢となる。
これが知名度の高い逸話が強力になる仕組みの一つだ。
防ぐためには、矢を叩き落とすなど外的な要因での妨害や、当たったとしても問題ない頑強さを持つ、など、当たる前、当たった後、での対処をする必要がある。
だが『その対処ができる』と思わせてしまうことが、人間の逸話の限界だった。
『人の放った矢であれば、人が防ぐことができる』という見解が、逸話の効果を覆す。
そして、今の漣には与一の逸話そのものを改変して、人を超える威力を込められるほど、龍命気に余裕がなかった。
逆に、神話の奇跡を元にした権能を用いれば、この『人の範疇』を超えることができる。
しかし、今度はその知名度が重要となってくる。
仮に『必ずあたる矢を放つ神』の逸話があったとして、放つ側がその権能を込めて矢を放ったとしても、受ける側がその逸話を知らなければ『避けることができる』という新たな解釈を許す可能性が生まれる。
つまり、知られていない逸話の奇跡は、その通りの現象を起こすことが難しい。
これが、知名度が足りないことの問題点だ。
だが、威力などの単純なものであれば、ある程度、押し付けることができる。
――日光山縁起。
栃木の日光山に伝わる神話。
広く知られずとも、確と存在する神々の物語。
――猿丸大夫。
神の化身である、山を七巻きできるほどの巨大な大百足の左目を射抜き、撤退させたという無双の弓の使い手。
与一の逸話に、この神話を込める。
必ず当たると認識させた、巨神をも退ける威力の一矢。
(この場で最も対処が難しい一撃。今度は、当たれば無事では済まないからね。琴ちゃん)
大智が刀を使う少年を押さえ、静流が海と和邇をどうにかする。
静流の描く未来図だ。
漣は、琴への一撃に全力を込める。
二人を信じて、彼は弓に力を込め精神を集中させていった。
◆◆
「晴彦、来るぞ。見よ、あれが龍命気を使う者の奇跡の前触れじゃ」
琴が天守閣を示した後、奥の方にいる漣を指さす。
燦然と輝く光の剣を手に持った静流の姿。漣の番えた矢も光り輝いている。
「あの剣は?」
遠い先にいるはずなのに、びりびりと肌が何かを感じ取っていた。
「草薙剣じゃな。知っとるか?」
「あ。ああ、あのドラクエで出るやつだろ。ヤマタノオロチを倒したら手に入る――」
妹と一緒にクリアした、リメイクドラクエⅢで見た。
自信満々に答えると、がくっと琴が肩を落とした。
「最近の若者は原典を知らんのか。日本の最も重要な神剣じゃぞ?」
「結構強いのは知ってるぞ」
「強いとかそういう話じゃない。この日本を治める正統者の証の一つじゃ」
そんなすごいものなのか。
「なんで、静流はそんなものを召喚できるんだ?」
「愛知の熱田神宮に現物があるからじゃな。……故に、彼女の振るう草薙剣は、最高の神威を誇る」
ごくりと、遠くで剣をゆっくりと上段に振りかぶる静流を見て、唾をのむ。
いつの間にか、銃声は止んでいた。
よく見れば鉄砲隊そのものの姿が消えていた。
おそらく、この一撃に全てを込めているのだろう。
そして、それは漣も同じようだった。
「あの矢も――今までとは違う気がする」
うむ、と琴は嬉しそうに頷いた。
「神威を込めておる。多分、今の晴彦では防げんじゃろうな」
「……どうすればいい?」
静流の構える水色に輝く神剣。漣の番える黄色に輝く矢。
どちらも、人の身を超える威力がありそうだ。だが、防げというなら身を挺してでも防ぐ覚悟はあった。
「まあ、ワラワを信じるが良い」
それであっても、隣の少女は、いつも通りの声音で言った。
「……どっちにしろ、晴彦の仕事は矢を防ぐことではないからのう」
どういうことだ、と問い返す暇はなかった。
背後で飛沫を上げながら水から勢いよく何かが躍り出る。
「おらぁあああ!」
振り向き様に反応して、振り下ろされた斧を間一髪で横に受け流す。
叩きつけられた斧が、海を激しく穿ち、大飛沫を上げた。
それは、さっきまで和邇が尻尾で起こしていた飛沫よりも凄まじい威力。
化け物を凌駕する怪力。
そうであっても何の不思議もない。
それが金太郎と言う伝承の強さだ。
「まだやる気か!」
「おうよ! 俺たちの真正面からの一撃ってやつをぶちかましてやる! 覚悟しやがれ!」




