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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
20/24

20話 黄泉帰り


 全員のいる位置から少し離れた所。

 大智がなぎ倒した木々の塊。

 そこが少し蠢めいていた。


 ズズ、と地を擦るような音と共に、なんの脈絡もなく地面がせり上がる。

 そこには穴が開いていた。

 暗い闇につながっている、光をも飲み込むような深い穴。


 風が吹いてくる。

 湿り気のある生温い不快な風。

 地下に閉じ込められていた腐った空気が、外につながり解放されたことを祝うように、渦巻いて駆け抜けるように、風が吹く。


 誰も、声も、身動ぎもできなかった。

 闇の奥から、物音が一つ響いてくる。


 かつん、かつん、と。


 石畳をゆっくり踏む木の音。

 長い石の階段を登るように、規則的に甲高く。


 かつん、かつん。


 少女が静かに、身を現す。

 長い艶のある黒髪。黄色のリボン。眠たそうにも見える半目に、いつものにやりとした微笑み。赤い刺繍の入った白衣。胸にぶら下がった緑の勾玉。そして色鮮やかな紅の袴。


 間違いない。

 見間違えようもない。


「琴っ!」

「本当に琴ちゃんっ? 大智君、やったんじゃないの?」

「絶対、やったよ! ぶっちゃけ、真っ二つに――っ!」


 戦慄が四者四様に襲い掛かる。


「大智君、漣さん! ともかく戦闘準備を!」


 いち早く、静流が混乱から脱却して、指示を出す。

 その戦闘を継続する意思を聞いて、琴はにこりと楽し気に笑った。

 そして、パン、と両手を祈りの形にした。


 瞬間、地を震わす轟音と共に、森を飲み込むほどの大濁流が琴の足元から発生した。

 その勢い、津波のごとく。

 十メートルは立ち上った水の量は、これまでと比べる必要もなかった。


「晴彦。海の加護のおさらいじゃ。頑張れるか?」


 呆然と見上げた先。

 膨大な水の塊が頭上から降ってくる合間に、そんな声が聞こえてきて、晴彦は思わず頬に苦い笑いを浮かべた。


 ああ――そうだよな。


 迷いなく、パン、と手を合わせる。

 この水の勢い。

 晴彦に海の加護を教えていた時のあれは、琴にとって、全く本気ではなかったのだ。

 それが肌身として理解できた。


 荒れ狂う濁流。いきなり現出した海。

 切り倒された木々は流され、まだ無事だった森も波に呑まれて、亀裂音と共に折れていく。

 全てを押し流そうという波濤の勢い。


 晴彦も一瞬で巻き込まれる。隣の静流も、大智も、漣も。皆等しく。雄大な自然の前に、ちっぽけな人間など抗う術もないと言わんばかりに。


 視界がもみくちゃになり、流し出される感覚。

 潮の味が口に広がる。

 海。


 ――祈る。一心に海へ。


 濁流にのまれる木の葉のような体が、不意に一点に向かって動き出した。


「ぷはっ!」


 水中から顔を出し、そのまま水の上に飛び出る。


 できた。

 安心もつかの間。

 晴彦は、すぐに琴の姿を探した。


 ほんの一瞬で十数メートルは流されたのか、随分と遠くで、彼女がニコニコしながら手を振っているのが見えた。


 荒れ狂う海は、歩きにくい泥の上のような感覚だ。だが、迷うことなく晴彦は全速力で走って、琴の傍まで駆け寄る。


「琴っ!」


 名前を呼ぶと、うん? と見上げてくる、小さな巫女姿。

 一瞬、二の句が継げずに、脚を止めた後、晴彦はようやく言葉を紡ぐ。


「……無事だったのか?」


 その一言に、琴は、かか、と声を上げて笑った。


「無事なわけないじゃろっ! ちゃんと、黄泉帰りなのじゃ」

「……どういうことだ?」


 理解できずに問うが、薄らと微笑むばかりで琴は答えず、荒れ狂う海を見た。

 晴彦もそちらを見る。

 そうだ。おかしい。

 かなり時間が経つが、誰も顔を出してこない。


「さっきの三人は?」

「海に飲み込まれておるのじゃろ? 哀れじゃが致し方なし」


 にやりと悪そうな笑みを琴は浮かべた。


「どうして? あいつらは――」

「栃木と愛知じゃろ? 残念ながら海がない。彼らは加護を得られないのじゃ」


 そう言われて、晴彦も合点がいく。


「そしてもう一人は片手じゃった。ぱっとは祈れんから、海の加護を持っていても、しばらく時間がかかるじゃろ。晴彦、あの斧使いの出身は分かったのか?」

「……神奈川って言ってた」

「ふむ。神奈川で斧なら、坂田金時かの? もっといいものも、いっぱいあるじゃろうに」


 琴が眉をしかめて言う。


「……おっと、動くようじゃな」


 琴が何かに気づいたように視線を遠くに向ける。

 晴彦が目で追うのと、その海の底が水色の光で輝いたのが同時だった。


「なんだっ?」


 ずず、視界の先の海が荒れる。

 濁流を切り裂くように飛沫が舞い上がり、何かがせり上がってきた。


 見えたのは白い壁。

 いや、壁だけではない。

 薄緑の瓦。金のしゃちほこ。多重に積まれる屋根の幾何。

 特徴的なその形状。

 ――日本の城。

 雄大で美しく、高く、大きく。海の中から屹立していく。


「ふむ。……立派じゃのう」


 その頂点の屋根の上。

 見上げる高さの天守閣に、まるでその主の如く。

 一纏めの黒髪を風に揺らして、静流が軍配を掲げていた。


「な、なな……っ?」


 彼我の距離、百メートルは離れているだろうか。

 その距離があっても、その姿は雄大だった。海より生えた天守閣。

 突然のことに、晴彦が驚き固まっていると、琴がこともなげに言う。


「名古屋城じゃな。さすが愛知。……まあ、ワラワは古風な城の方が好きじゃがな」


 そう言っていると、名古屋城の横に、別の城が海の中から現れた。


「ぉお。国宝、犬山城ではないか。最古の現存天守。うーむ、大盤振る舞いじゃな。ワラワのリクエストに応えてくれたのか?」


 琴が嬉しそうに言う。

 黒瓦の城。城と言われてイメージできる城そのものだ。

 だが、静流の立つ城より小さいのか、半分ほど海に飲まれている。その屋根の上に、漣や大智が息を切らせながら、座り込んでいた。


 その様子を遠目に見ながら、琴は晴彦をちらりと見た。


「さて晴彦。……愛知と言えば、なんじゃ?」

「……いや、そう言われても」

「むう。お主、本当に勉強不足じゃな。……金太郎ほどではないかもしれんが、日本一有名な者たちじゃぞ。義務教育を終えた頃には、全員知っておる」

「どういう逸話だ?」


 琴は、天守の上で軍配を掲げている静流を指さした。


「愛知の三英傑。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康じゃ」

「えっ?」


 その瞬間、城の窓のあちこちから、鎧武者が現れる。その手には銃。

 屋根に陣取り、整列し、銃を構えて膝立ちする。

 そこまでいけば、晴彦にも分かった。


 火縄銃。

 信長の鉄砲隊。

 静流が軍配を振り下ろす。


「放てぇ!」


 グイっと琴に引っ張られる。

 パチン、と琴が指を鳴らすのと、銃声が響くのが同時。


 弾が殺到する直前に、目の前の水が壁の如く立ち上る。

 その膨大な水壁が、弾の勢いを全て殺していった。


 足元の海が荒く波立ち、晴彦は転ばぬようにバランスを取る。

 飛沫が収まった後にいたのは、体長五メートルはありそうな、巨大なサメのような背びれを持つ怪物だった。


「な、なんだこいつっ?」

「和邇じゃ」

「わに? サメに見えるけどっ?」

「それが和邇じゃ」


 だが、銃声は止まらない。

 信長の鉄砲隊なら、当然三弾撃ちだ。

 銃弾が殺到するたびに、和邇が海面を尾で叩いて水飛沫の壁を作る。


「晴彦、お主の役割はこれじゃ」


 琴が、右手を海にかざす。

 すると海の上に薄緑の光が揺蕩い、その中から刀がせり出してきた。


「一度手に持ったから、お主も自身で生み出すことはできるかもしれんがの。……それでもまあ、まだワラワの刀を使っていた方が、マシじゃろ」


 ポイっと軽く渡された刀を受け取る。


「鉄砲隊は布石じゃ」


 琴は、にやりと笑う。


「本命は時折やってくる、与一の矢。……すまんが、お主が防いでくれ。また矢を食らうと面倒じゃからな」

「あ、ああ!」


 刀を抜き、鞘を放り投げて、顔の脇に刀を縦に構える。

 なぜだろう。力が湧いてくる。


 遠くで響く銃撃音。

 琴がパチンと指を鳴らすと同時に、和邇が一匹増え、激しい水飛沫が、上空まで立ち上る。


 その一角、舞い落ちる飛沫の中で、音も何もなく、放物線を描き飛来する矢。

 琴を狙って正確に。


 だが、見える。

 一瞬で踏み込み、刀を振るう。風切音ごと矢を叩き斬る。


「ぉお。さすが晴彦じゃ!」


 琴が嬉しそうに言う。

 その声に、晴彦の頬は自然と笑みの形になっていた。



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