19話 勧誘
俯く晴彦の表情を覗き込むように、女性が腰を下ろす。
女性、と言ってはいるが、あまり年の差はないかもしれない。一つ、二つくらい上というところだろうか。
学生服の夏服みたいな恰好をしているから、そう思うのかもしれないが。
大きくはないが切れ長の瞳が晴彦を見つめてくる。
「いきなりすみませんでした。でも、私たちは、貴方を倒すつもりはもとよりありません」
そう言って、少し考えるように目を伏せて、彼女は首を小さく振った。
「……いえ、少し語弊がありますね。貴方の戦闘スタイルが我々と同じでしたので、仲間に、と思った次第です」
晴彦はゆっくりと顔を上げる。
感情のない目で女を見つめ返すと、彼女は少し怯んだ。
その後、あ、と彼女は口を開いた。
「自己紹介をしていませんでしたね。……私は新実静流です」
静流と名乗った女性は、後ろを向いて弓を持つ男性と顔を見合わせる。
アイコンタクトを取った後、二人合わせて頷くと、彼女は晴彦に向き直った。
「――愛知出身です」
愛知。
そう言われても、晴彦には何の思考も浮かばなかった。
そもそも、あまり勉強は得意ではない。
中学の頃は学校の勉強よりも竹刀を振っていた。高校に入ったら、これまでの不勉強を帳消しにするために基礎から学び直す必要があり、社会や地理は後回しだった。
だから、愛知と言われても、確か関東にある県、くらいのイメージしかなかった。
静流は無反応の晴彦を見つめる。
そして少し困惑を浮かべてから、彼女は続けた。
「出身を明かしたのは、貴方を仲間にしたいからです。隠し事をしながら仲間、というのもおこがましい話でしょう? 一方で、もし仲間にならないというのであれば、ここで脱落してもらおうと思っています。……貴方は、強かった。でも、一人では戦い抜けないことは、理解されたでしょう? 悪い話ではないはずです」
それは信用と脅迫を兼ねた効率の良い提案だと思った。
静流の声音は優しい。
おそらく本当に、仲間に、という気持ちなのだろう。
だが、それでも心は動かない。
そう感じていたが、自然と口が動いていた。
「……仲間を増やしたいなら、何故、彼女を殺した?」
「彼女? ああ、あの――」
「――琴ちゃんのことかい?」
静流の言葉を引き継いだのは、後ろに立っていた和装の男だった。
漣と呼ばれていた男は、淡い色合いの灰色の着物を着ていた。草履と下駄が合わさったような奇妙な履物を履いている。その和装があまり似合わない、茶髪をさらりと流した現代的な髪型。表情はさっきからずっと、半笑いのまま固定されていた。
彼は、軽い声音で続ける。
「琴ちゃんは強すぎるから、だよ。この戦いにおいて、評価を高めようと思えば、どこかで彼女をどうにかしないといけない。でも終盤戦は、どうしても駒が少なくなるからね。一対一で、彼女に勝てる方策は、僕らにはないんだよ。……たぶん、君にもね」
ずいぶんと詳しそうな男に、晴彦は目を向ける。
「あんた、あいつのこと、知っているのか?」
「もちろん。琴ちゃんも僕も、前回の参加者だ。……琴ちゃんはその時十三歳で、史上最年少タイ。ちっちゃい女の子だったよ。――あ、それは今でも変わらないか」
ははは、と楽し気に笑う男性を見る。
その様子を見て、琴の顔を思い出した。
「……琴は、あんたを栃木だと言っていたけど……」
「ありゃ、ばれてたか。ならいいか。……僕は早乙女漣。栃木出身だ。よろしく。歳は二十三。君たちよりはだいぶ年上だね。先輩と呼んでくれていいよ?」
にこにこと笑う漣は、どこか楽し気で、優しそうなお兄さん、という風情だった。
それを見て、晴彦は更に胸の奥が黒くなるような気がした。
(ああ、やっぱり、そうか……)
彼らは、決して悪人ではない。
琴を狙ったのも、純粋に県のためなのだろう。
県の威信をかけたサバイバル戦。
そうだ、俺も最初はそれに全力を尽くすつもりだった。
きっと、彼らと何一つ違わない。
そうだったはずなのだ。
「だが、あんたたちは、琴を倒した。……本当に、あいつがそんなに強かったのか?」
何を聞いているのか、自分でもよく分からない。
ただ、納得が欲しいのだ。
何故彼女を、と思っている自分。
黒い胸のわだかまりをどうにかしたいのに、その方法が分からない。
漣は、軽く笑って頷く。
「龍命気を扱う力は、年齢でかなり変わるのは知っているよね? 二次性徴前の身体は経絡が小さく力を出せない。二十歳を目途に、今度は経絡がゆっくりと閉じていき、力を引き出せなくなっていく。……残念な話だけど、栃木県は後任が育たなくてね。全盛期を過ぎた僕がこうして出張ることになっているわけだ」
「漣さん、いきなり授業っすか?」
大智が腰を下ろしたまま、首を傾げる。
「はは。そう言わない。大智君も静流ちゃんも、しっかり聞いときな。……ともかく、僕は力が弱くなり始めている。そのくらい、身体に蓄えられる龍命気の量は重要だ」
座り込む晴彦を見下ろして、そこで琴ちゃんだよ、と漣は続けた。
「あの子は十三歳の時、本来なら経絡が小さいはずの年齢なのに、前回の中でも上位の龍命気を持っていた。それが、今回は最盛期だ。彼女の扱える逸話は、たぶん、僕たちの想像を超えるレベルで強大だと思う」
「……でも、あんたの矢で琴はやられた」
ふふ、と漣は笑みに困ったような成分を含めた。
「それは僕の腕前が優れていたからだとしか言えないね。琴ちゃんが、完全に油断するタイミング。そのチャンスをずっと待ち構えていたんだよ」
自分の弓を触って、漣は言う。
「不意打ち以外で、あの子に勝つ術はないからね」
その目は、真実を語っているように見えた。
少なくとも、彼はそれを信じている。
琴は本当に強大で、早めに倒すべき相手なのだと、確信を持って話している。
「でも……そう言われても……分かんねぇよ」
琴の力。
正直、納得がいかない。
当たり前と言えば当たり前だが、この数時間、驚くばかりで、琴の力がどれほどのものなのかなど、判断できるレベルではない。
分かっている。
でも、そういう話じゃないのだ。
「あいつが……強いとか、そういうのじゃなくて……!」
思いが言葉にならずに、もどかしく漏れていく。
涙が出そうだ。
自分でもよく分からない感情が、あふれ出しそうで、それが苦しくて、歯噛みする。
その様子を見て、静流が肩に手を置いた。
「もしかして、貴方は――」
「――そんなに、ワラワのことを弱そうに見ておったのか?」
響いた声に、その場にいた全ての者が、耳を疑うような反応をした。




