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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
17/24

17話 鬼


 コキリ、と首を鳴らしながら、大智が歩み寄る。

 一瞬の静寂。


 ふぅっと息を吐く――瞬間に、斧が閃く。

 縦に一撃。かわす。次の攻撃。かわす。

 当たることはない。

 振る前から見えている。


 その合間に、小手を、面を、胴を斬り込む。

 だが、どれも刃が止まる。

 硬すぎる。


(そんな逸話を持つ英雄とか――あるのか?)


 不死身。聞いたことがない。

 そもそも、他の県の逸話なんてほとんど知らないが、不死身の伝説で心当たりがあるのは、人魚の肉を食べたとかいう話くらいだ。


 攻撃をかわしながら、晴彦は思考を巡らせた。

 男は、どこか楽しそうに笑いながら斧を振るっている。


「剣豪の誰かかっ? 技術はあるけど、威力が足りねぇな!」


 挑発混じりの声。

 心外だ。そっちが硬いだけだ。


 人魚伝説。八百年生きた女の伝説。

 違う。不死身に気を取られるな。


 こいつの根本はそっちじゃない。

 怪力。斧。尋常じゃない肉体。


『強い能力には、必要な条件が二つある』


 琴の声が聞こえる。

 そうだ。こいつは強い。

 きっと誰もが知っているような――


「――金太郎っ!」


 その名を叫んだ瞬間、男がにやりと頬をゆがめた。


「ご名答!」


 斧が地面を叩き、爆音が森を震わせる。


 晴彦は大きく後方へ跳ね、間合いを取った後、肩で息をつく。

 思考と緊張が、全身を鉛のように重く感じさせた。


 土埃を払うように、男は斧を肩に担いだ。

 その顔に、子供のような無邪気な笑みを浮かべて。


石渡大智(いしわたりだいち)。神奈川出身だ。正直、県の逸話とかって言われても金太郎くらいしか知らねーんだけどな、これが」


 二ッと歯を見せる。


「……だが十分、最強だろ? この知名度!」


 確かに。


「神奈川県……か」


 晴彦はつぶやいた。


 ――相手の出身が分かれば、有利になる。

 琴の言葉が頭の奥でよみがえり、晴彦は顔をしかめた。


「正直、他の県の特徴なんて、なんも分からん」


 誰に向かっての言い訳だったのか。

 だが、おおよそ独り言に近かった言葉に、大智が、お、と嬉しそうな顔を浮かべた。


「おおお、お仲間じゃねーか! 良かった、俺だけじゃなかったんだなっ! 他の奴ら、なんであんなに詳しいんだろうなっ? 不思議に思わねーか?」


 大智はあっけらかんと笑う。

 その笑顔は、本当に普通の、どこにでもいる高校生が浮かべるような――。

 晴彦の胸が、ずきりと胸が痛んだ。


 その笑顔を見ただけで、わかった。

 ――多分、こいつとは友達になれた。

 そういう奴だ。こんな状態でなければ。


「じゃあ、次は俺の番だな」


 大智が腕を組み、どこか楽しそうに考え込む。


「とんでもない剣豪だってのは分かった。つまり、お前の正体はー、宮本武蔵だろっ!」


 びしりと指を突き付けてくる。


「……ノーコメント」

「なんだよ! お前ずりーぞ!」

「名前だけは教える。……晴彦だ」

「お、晴彦か。よろしくな!」


 緊張と笑いが入り混じる、奇妙なやり取り。

 それが、心の靄を強くする。


 だが、小さく首を振って、払う。

 刀を中段に構えたまま、晴彦は頭を巡らせた。


 実のところ、晴彦は特定の人物を意識しながら戦っているわけではなかった。

 宮本武蔵に関しては、ざっとした経歴は知っていたが、出身地すら詳しくは知らなかった。


 さらに言えば、今、思い浮かべている逸話は――刀を使うものですらなかった。

 刀が使えるイメージは、勝手に醸成されているだけ。

 ただ、その理由には見当がついている。


(待てよ……?)


 晴彦は神社で祈祷したときに、その伝承を読んだ。

 その中身は――。


『ワラワたちの力は、特定の人物を投影するのではない。逸話そのものを力に変換しているのじゃ。そこを間違えないようにな』


 琴の声が脳裏に鮮やかに聞こえてくる。


 目の前の相手は、金太郎そのものを投影している。

 確かに強い。

 なにせ金太郎。

 日本に住む人間のほとんどが聞いたことのある童話。


 正直、細かい話の内容は覚えていない。

 熊を投げ飛ばしたとかなんとか。まさかりを担いでるとかなんとか。


 だが、思い返せ。

 琴の戦いを見たとき、彼女たちはもっと多彩な力を使っていた。

 それは、人物の投影だけではない。


「……そうか」


 ――逸話だ。


 琴たちは、逸話の『使える部分』を抜き出して、使っていたのだ。

 決して、一人の人物を基に戦っていたわけではないし、そこに固執する必要もない。


 晴彦は呼吸を整え、思考を切り替える。


 剣術――いや、戦闘技術では、自分の方が上だ。

 足りていないのは、ただ一つ。

 圧倒的な力。


 その力を得るためには――。


 一つの像が、静かに晴彦の脳裏に浮かび上がった。


 その沈黙を諦めと勘違いしたのだろう。

 大智は、ふっと息を吐いて大きく頷いた。


「もう、お前の攻撃が俺に効かねーってのはお前も感じてるはずだろ? 悪いことは言わねぇ。降参しろ。……俺たちの仲間になれよ」


 それは多分、善意にあふれた言葉なのだろう。

 敵意のない、ただの勧誘。

 けれど、晴彦の口は悩むよりも早く動いていた。


「……断る」


 理屈で言えば、降参した方がいいのかもしれない。

 この先のためにも、その方が賢い選択だったかもしれない。


 だが、それでは納得できないのだ。

 この場で、一矢でも報いなければ、我慢ならなかった。


 大智が短く息を出し、肩をすくめる。


「残念だ。……じゃあ、わりーけど!」


 次の瞬間、大地が鳴る。

 地を踏み抜くような一歩で、金太郎が突進してくる。

 土煙が爆ぜ、斧がギラリと光を帯びる。


 大上段に振りかぶる。

 振り抜けば、地面に深い穴をあけ、木々をなぎ倒すであろう、その膂力。


 ――金太郎。


 今のままでは、力負けする。


 だから、俺は――。


 晴彦は刀を地面に突き立て、両手を広げる。

 風が砂を巻き上げて渦を描く。

 研ぎ澄まされた思考が、周囲の動き全てを把握する。


 見える。動きも分かる。

 先ほどまでの感覚はそのまま。戦闘術は捨てない。


 だが。


 ギリ、と奥歯が鳴る。

 脈動が耳を打ち、血潮が熱を帯びる感覚。

 筋肉がうねり、骨が軋む。

 身体がひとまわり、膨れ上がるような錯覚。


 俺は――。


 昂揚。心の底で、何かが暗く紅く燃え上がる。

 どくん、と晴彦の瞳が赤く脈打った。


 ――鬼になる!




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