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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
16/24

16話 硬い男


 カッと目を見開き、左足に力を込めて地を蹴る。

 一息で奴の懐にまで。


 驚愕に歪んだ男の顔をめがけて抜刀。

 瞬刻――。


 ギャリ、という耳を裂く金属音が響いた。


「くっ……こいつ!」


 斧を構えた男の顔に、焦りが浮かぶ。

 晴彦の刀は、斧に受け止められていた。だが、まだだ。

 身を引きつつ身体をひねり、足元を薙ぐ。

 男は反応できない。そのまま足を断ち、返す刃で脳天を――。


 未来が見える。

 一連の動きが、はっきりと脳裏に描かれる。


 だが、現実はその予想を裏切った。


 ガツ、と思いもよらない衝撃。

 亡者の化け物を易々と斬ったはずの刀が、今、男のブーツを裂いただけで、止まった。

 それ以上動かない。

 足そのものに、受け止められていた。


「……てめぇ!」


 男が歯を食いしばり、斧を片手で振り下ろす。

 その軌道を、晴彦は紙一重に跳躍してかわす。


 斧が、地を叩き、轟音と共に土埃を散らす。

 晴彦はゴロゴロと受け身を取り、間合いを離した。


(どういうことだ?)


 確実に斬った。

 それも五十センチの丸太すら断った刀で。


(いくら何でも、人体の強度じゃない。ほんとに人間か?)


 だが、驚愕は相手も同じだった。


「こいつ……」


 男は片手のスマートフォンを少し操作して、ポケットからイヤホンを取り出す。


「おい。シズル。雑魚じゃねぇぞ。こいつも」

『そうですか。分かりました。では、やり合うしかないですね。くれぐれも――』


 スマホから響く女の声が途切れ、男は右耳にイヤホンを差し込む。

 そして、ふぅっと息を吐きだした。


「つるんでた相手をやっちまったから、お前がキレるのは分かるけどさ。……ちょっとは落ち着けよ。そういうルールなんだぜ、これ」


 手のひらを向け、制するように言うその声。

 それは、部活の練習試合での一幕のような、日常の響きがあった。


「俺の名前は大智。お前と一緒にいた子……あいつ、相当強いらしいんだと。だから、早めに落とした。でなきゃ、勝ち残れない。お前だって、いずれはあの子と戦わなきゃいけなかったんだぜ?」


 その言葉に、晴彦の動きが止まる。


 そうだ。

 確かに、そういう話だった。

 分かっている。

 サバイバル戦だということも。そして、ここでやられても死ぬわけではないということも。


 全部わかっている。

 琴も、また後で会えると言っていた。


 そもそも、あいつと出会って、まだ数時間だ。

 俺は彼女の何かを、知りもしない。

 何が目的だったのかも、何故俺と一緒にいてくれたのかも、何も分かっていない。


 その程度の関係性なのだ。


 だから、こんなに怒る必要は――。

 こんなに、怒る、必要なんて――。


 ぐぐ、と柄を握る拳に力がこもる。

 次の瞬間、答えは刃となって閃いた。


 激情の剣は、しかし――大智の腕に止められた。

 切先は確かにジャケットを裂き、その下の皮膚を捉えている。

 だが、それ以上、沈まない。


 その異常。


 一瞬の硬直。

 その隙を突くように、大智の蹴りが飛ぶ。

 雑だが、驚異的なスピード。

 肌をかすめる豪風。身のこなしで寸前でかわす。


 その勢いのまま身体を回転させ、軸をずらして背後へ。

 蹴りの反動で動けぬ背中――。

 そこへ、晴彦は鋭く袈裟に斬りつけた。


「いってぇ!」


 大上段から振り下ろした刀が肩を強打し――止まる。

 肉すら断てない。


(こいつ――っ!)


 驚きか、焦りか。

 分からない。だが、一つ確かなことがある。


 こいつは――強い。


 裂けた背中の布がひらりと揺れ、大智が斧を強く握り込む。

 その『起こり』は見えている。


 身を沈める。深く。

 一拍遅れて、背後を薙ぐように斧が振りぬかれた。


 鋭いが、遅い。

 彼の攻撃は、その前に全て予測できる。


 髪が、斧の豪風に揺れた。

 斧は先端が重い。それ故の破壊力だ。だが振り抜いた勢いは刀の比ではない。


 大智の腰が可動域の限界を迎える。

 筋肉の硬直、骨の制約。

 人体の構造上、それ以上は柔らかく動くこともできない固定点。


 人体の衝撃吸収は肉がする。

 だが、骨で固定された部分は、衝撃を散らすことができない。

 その一点をつけば、破壊できるはず。


(肉が斬れないなら、骨を――)


 身を沈めた姿勢から、全身のばねを絞り上げる。

 腰骨をめがけ、渾身の突き。


 服を液体のように切り裂きながら切先が吸い込まれて――そこで、まるで山を突いたのかと思える、重たい抵抗が返ってきた。


「ぐっ? う、ぉおおっ!」


 裂帛の気合と共に、腕を伸ばしきる。

 まるで数トンのトラックを押しこむような感覚。


 次の瞬間、大智の身体が腰を支点に弾かれ、森の奥へと吹き飛んだ。


 太い木に激しくぶつかる。

 木は衝撃で縦に割れ、そのままメキメキ、とイヤな音を立てて地面に倒れた。

 地響きと土煙が遅れて響く。


 アニメでならこんな光景も見たことあるが、現実に見ると、とんでもない映像だ。

 だが、それを起こしたのは自分だ。

 そして、受けた相手も、まさに『アニメのような人間離れした』相手だった。


「あー。くそ。なんだ、こいつ。……勝てる気がしねぇぞ」


 腰をさすりながら、大智が立ち上がる。

 平然と。


(なんだ、こいつ……)


 いくら何でも頑丈が過ぎる。

 これが――逸話の力なのか?


 相手の攻撃は鋭い。だが力任せで技術はない。

 身のこなしも素人。

 虚を誘うこともない力任せの攻撃は、かわすことも難しくない。


 それでも、避け続けるのは、いつか限界が来る。

 何かの食い違いで一撃が入った瞬間、そこで勝負が決まる。


 一方で、晴彦の全力の突きが大したダメージにもなっていないというこの状況。

 互いに決定打を与えられない互角にも見えるが、決定的に違う。


(どうする……?)


 焦燥。

 ざわざわと言葉にもならなかった不安の塊が、一つの形になっていく。


 ――剣技だけでは、勝てない。


 激情の炎の中に、ひとしずくの冷たい感覚が落ちる。

 それは、静かに、しかし確実に脳裏に染み渡っていった。



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