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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
14/24

14話 海の上に立つ


「では、もう一度やってみるかのう?」


 パン、と琴が手を叩く。

 その音と共に、土中から亡者たちが五体、また現れた。


「今度は、その刀で斬ってみるがよい」


 琴からもらった刀をもう一度抜刀して、中段に構える。剣道と同様の姿勢。

 だが、なぜだろう。

 さっきと同じ状況だというのに、この心の落ち着き具合の違いは。


 囲まれているはずなのに、まるでこの一太刀の届く範囲であれば、どのような動きであっても対応できる。そんな確信があった。

 だが、そもそも囲まれるままである必要がない。


 分かる。


 亡者が動き出すその直前。息を吸うと同時に、左足で地を強く蹴り込む。

 狙いは正面の一体。


 突然の動きに反応が遅れたそいつの、右手を小手切り。そのまま、更に間合いを詰め、したこともない逆袈裟斬り。

 右下から左肩にかけ亡者の身体が真っ二つになる。


 斬った、という実感が遅れてくる。

 人間のような相手を。

 胸の奥で、何か大事な線を越えた気がした。


 だが、戦いの感覚は続く。

 そのまま身体を翻し、隣にいた亡者に向かって大上段から一気に下ろす。

 脳天から左右に千切れ落ちるウジの湧いた身体。

 桃色の粒子となって消えていく、その合間から残りの亡者がとびかかってくる。


 一歩、軽く後ろに飛ぶ。

 引き面。一体の攻撃の間合いを外し、その脳天を切り裂く。


 そのまま左足でブレーキと共に土を踏みこみ、今度は一瞬で前に出て、出遅れた一体へ一気に間合いを詰める。

 相手の攻撃より早く腹を薙ぎ、上半身と下半身を分断させた間から、ちらりと見えた最後の一体の、その喉元に突きを放った。

 首に大穴が開いて、亡者の頭が宙を舞った。


「グロいのぉ……」


 琴がぼんやりとつぶやく声と共に、一瞬の攻防のさなかで飛び散っていた肉片が、雨のようにあたりに降り注ぎながら、光の粒子となって空へと消えていった。

 全て斬った。

 だが気は緩めない――残心。


 ひゅんと風切り音を鳴らして刀を振り、涼やかな音を鳴らして納刀した。

 その瞬間、忘れていた呼吸と汗が戻ってくる。


「はぁ、はぁ。……やった?」


「うむ。一瞬で片付けたのじゃ。見事としか言いようがないのう」

「…………」


 返事もできず、呼吸を落ち着けるように胸を押さえる。

 だが鼓動がない。その違和感に気づく。


「この身体って疲労とかもしないんだよな? なんで、息が荒いんだ?」


 純粋な疑問に、ふむ、と琴が言う。


「脳の緊張感は、現実と変わらんからな。お主は今、人型を初めて斬った。無視していた感情が脳に負荷を与えておるのじゃろう。現実世界の晴彦の身体は今、物凄く呼吸をしているのかもしれん」


 そう言われると、少し気になってくる。


「その……現実世界での、俺の身体って、今、どうなってる?」

「彩音さんがちゃんと運んでくれていたら、たぶん、ベッドで寝ているじゃろ」


 なるほど。

 そういえば、琴が一緒に寝るかと聞いてきたことを思い出す。


 この少女は無邪気なのか、羞恥心がないのか、よくわからない。

 そんな晴彦の内心に気づきもせず、琴は大きく頷いた。


「晴彦の動きを見る限り、接近さえすれば、ワラワにもその一太刀、届き得るかもしれんな。これは中々、とんでもない剣豪が生まれたものじゃ」


 コロコロと嬉しそうに笑う顔に、晴彦は少し照れを覚える。

 じゃが、と琴はにやりと笑った。


「そうなれば当然、相手はお主を近づけんように立ち回る。遠距離からの攻撃も増えるじゃろう。……そうじゃな。一つだけ対応できるようにしておくか」

「対応?」


「海の加護じゃ。これを覚えておけば、圧倒的不利に落とされることは少なくなる」

「……海の加護か。あの、水の上に立つ奴だろ?」

「そう、それじゃ」

「どうすればいいんだ?」


 晴彦の問いに、琴はにこりと頷く。


「加護を得るのは簡単じゃ。祈れ」


 そういって、パンと琴は両手を合わせる。


「水を召喚するのは難しい。お主にこれができろとは言わん」


 にやりと笑うと、途端に彼女の周りから水が大量にあふれてくる。

 さっきの戦闘でも経験した、この唐突な洪水のような水の勢い。

 一瞬で、腰まで水に満たされる。


「祈るって……どう祈るんだよっ?」

「普通に祈れ。自分の県を信じて。ほれ、こうして手を合わせてな。祈りの基本じゃぞ?」


 水にもまれながら、晴彦は言われた通り、手を合わせる。


「自分の県に海があるのじゃろ? それを信じよ。海は自分の味方だと」


 海は、自分の味方。

 言わんとすることは分かる。

 だが、水の上に立つという現象が、理解を超えている。しかし、それをさらに超えて信じろということなのだろう。


 さっきの時と違い、水かさがどんどんと増えていく。もう胸まで来ている。このままだと、飲み込まれる。

 まずい。必死さが足りないのか。


 晴彦は目を瞑る。

 海は自分の味方。

 そうだ、俺の県には海がある。

 それは紛れもない事実なのだから。信じるも何もない。


 祈る。味方をせよ、と。

 一心に念じた。


 その時、ふわりと身が浮いた気がした。


「よいぞ。その調子じゃ」


 琴の励ましが聞こえる。

 その言葉を頼りに、強く祈りを込める。


 ぐん、と身体が大きく浮き上がる感触。

 気づけば、水が身体を襲う感触が消えていく。


 代わりに感じたのは、揺れる足元の感触。

 波の上に立てれば、こんな感じかもしれない。

 そんな感覚と共に、晴彦は目を開いた。


「うわ……」


 不思議な光景だった。

 目の前の少し先の水面に、巫女姿の少女が立っている。


 黒髪は波風に揺れ、巫女服の裾もはためく。

 幻想的な水の巫女。

 彼女の足元の水は、うっすらと薄緑に輝いていた。


 周囲を見渡せば、水の広がりは、横手に見える森の木々の根元を飲み込んでいる。木々は波濤と飛沫を受けてなお、それでもまっすぐ立っていた。


 荒れ狂う水面の波は高く、足元が不安定に入り乱れる。油断すると酔ってしまいそうだ。

 だが、それ以上に晴彦は自身が水の上に立つという奇跡に、目を輝かせた。


「……できた?」

「うむ。できたのう。やるではないか。晴彦」


 琴の明るい声音に、大きく息をつきながら、晴彦は微かに笑った。


「晴彦は呑み込みが良いのう。まあ、土壇場で選ばれる選定者は、基本的に龍脈との相性自体は良いじゃろうからな。足りないのは、あくまで時間と知識ということか」

「それは……褒めてくれてるのか?」


「もちろんじゃ。……しかし勿体ないのう。お主が、もっと自身の出身地への知識があれば、色々とできることは増えたのじゃが」

「それは……そうだけど」


 晴彦は苦笑いを浮かべる。

 確かに、出身の土地だというのに、特にその歴史や逸話などに興味を持っていなかった。

 同級生の中にもそんな奴はいなかったから、当たり前と言えば当たり前なのだが、こんな状況になると、なぜ興味を持たなかったのか、悔しく感じる。


 琴は、教師のように水の上をしたり顔で歩きながら、人差し指を左右に振った。


「それに、海の加護を得るのに、あんなに時間がかかっていては、実際の戦闘では役に立たんから、気を付けるんじゃぞ? 心の底から信じること。それが加護を得る際の秘訣じゃ。……あとは、慣れ、じゃな」


 琴はにこにこと笑いながら、もう一度、パンと手を合わせる。

 すると、琴の足元に輝いていた薄緑の光が消え、荒れ狂うように湧き出ていた水が目に見えて減り始めた。


「この召喚された海……でいいのか? こんだけの水、どうなっていくんだ?」

「しばらくしたら、消えるのじゃ。召喚したものは大体そういうもんじゃ。ある程度距離を置いたら龍気になって消えていく」


 ざあ、っと広がっていく海の先を指さしながら琴は言う。その言葉通り、流れて広がっていくはずの海は、ある距離より先で桃色の光の粒となって消えていた。


「ああ、あの時の鵺が消えた理由は、それか」


「そういうことじゃな。召喚されたものに手も足も出ん、となったら、逃げるのも手じゃ。術者から一定以上の距離にはこれんからのう」


 言っている間に、足元の海そのものが光の粒となり消えていき、二人は地面に立った。


「さて、おおよそどのように戦えばよいか、見えてきたじゃろう?」

「ああ。俺の剣技……って言っていいのか分からないけど、これなら、多少は戦えるってことだよな」


「うむ、そうじゃな。きっと、お主の元々の剣道の実力と、逸話がきっちりはまり込んでおるのじゃろう。とにかく、お主は近づくことを優先するが良い。近づけば、そうそう遅れをとることはないじゃろう」


 そこで、少しだけ悩むそぶりをしてから、琴は続けた。


「じゃが、一つだけ覚えておくがよい」

「なにを?」


「ワラワたちの力は、特定の人物を投影しているのではない。逸話そのものを力に変換しているのじゃ。……そこを間違えないようにな」


 琴の言った意味を理解しきれず、晴彦は一瞬考え込む。


「それって、ど――」


 尋ねようとした、その時。


 ドス。


 という低い音と共に、琴の左胸から、唐突に矢が生えた。






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