13話 日本刀
竹刀では倒せない。それは納得する。
確かに、竹刀は安全に試合をするための道具でしかない。晴彦は自身の手にある、見慣れ過ぎた竹刀を見つめた。
だが、晴彦が最も自信を持って振るえる武器に、これ以上のものなど存在しなかった。
「どうすればいいんだ?」
「普通に刀でも想像すればよいじゃろ。お主が憑依させている武人は、何か有名な刀とか持っておらんのか?」
そう言われても、心当たりはない。
だが、刀――か。見たことはある。
「刀……。刀、ね」
目を閉じる。
刀は博物館で見たことがある。ただ、そんなものはただ見ただけで、なんとなくでしか思い浮かべられない。
多分、鉄でできていて、銀色の刃。
長さはよく分からない。竹刀より短かった気もする。
頭の中でその姿形を思い浮かべていく。
そうしていると、琴が何かを手に持つようなチャキ、という音がした。
「なるほどのう。そういえば、そうなるか」
面白さを含んだ声を聞き、晴彦は目を開ける。
琴が抜き身の刀を持っていた。その足元には、晴彦が博物館で見た刀の台座。
「見た目は、確かに刀っぽいの。打刀にしては少々長いから、いかにも作りもんじゃが」
ひゅん、と琴が刀を振って、苦笑いをする。
「ちょっと持ってみよ」
琴がそう言って手渡してくる。
竹刀と交換して、刀の柄を握った瞬間――違う。手を通して、そう悟った。
長さはちょうど竹刀くらい。重さも同じく。何より金属感が無い。
「……さすがに、木刀より軽い刀って、おかしい気がするな」
苦笑いをしてから、左手で柄頭を握り、ひゅんひゅんと振る。
自分の竹刀を振っている感触に近い。それはそれで扱いやすかったが、これは刀ではないという感覚がより強く、ひしひしと感じた。
パチンと琴が指を鳴らす。すると、晴彦の脇に一本の丸太が生えてきた。
「斬ってみるがよい」
「これを?」
丸太は直径五十センチほど。重厚な木の硬さを感じさせる。今、手に持っている模造刀のような頼りない刀では斬れない気がした。
「まあ、やってみるのじゃ」
促されるまま、丸太に向き直る。
やれといわれれば、全力で。
息を整え、上段にゆっくりと構える。
息を吸い、止め。そして裂帛の気合と共に袈裟に斬った。
だが、がつんという手ごたえと共に、弾き返された。
微かに表面に刃の形のへこみが生まれる。生身だったら、衝撃で腕がしびれていてもおかしくない。そのくらいの勢い。だが、そういう反動のダメージが無いのは幸いだった。
表面についた哀れなくらい小さな傷跡を触って、晴彦は苦笑する。
「だめか……」
だが、琴は、満足げに頷いた。
「いや。それでよいのじゃ。さっき触ってみたが、その刀、刃がついておらん。それでも、刀っぽくは見えるから、斬れるイメージさえあれば、斬れたかもしれんが……」
くく、と琴が笑う。
「まあ、晴彦自身が、この偽物の刀では斬れん、と自覚したんじゃろうな」
「そうだな。持った瞬間、これは刀じゃない、って感じたんだ」
晴彦の言葉に、琴は、ほう、と感心したように言った。
「その感覚があるのはすごいのう。……ならば、あとは、実物を想像するだけじゃな」
「そう言われても、実物の刀なんて触ったこともない」
「まあ、普通に生きていたら、そうなんじゃろうな」
逆に新鮮な気持ちじゃ、と面白そうに笑うと、琴は右手を地面に向けた。
すると地面が淡く薄緑に輝き、その光の中から、ずず、と鞘に納まった刀がせり出してくる。
「ほれ、これを使ってみよ。お主のよりはマシなはずじゃ」
琴は、そのままそれを空中に浮かせて、ぽいっと彼女は晴彦に放った。うわ、と慌てながら受け取る。
長さは竹刀よりもかなり短い。だがズシリと重かった。
鞘から少し抜き出すと、目に飛び込んだのは鋼の光沢だった。
波紋が乗り、黒と銀が混ざった色合い。
キラリと、龍脈界に存在しないはずの日光が、刀身に反射されて目に飛び込んできたような気がした。
言葉もなく、美しい、と感じた。
いや、見た目だけなら、晴彦が作った刀も似たようなものだ。
だが、手に伝わる感触で、分かる。
これが――日本刀。
刃物としての存在感。斬るための武器。殺すための武器。
それと同時に、自分の中の自分でないような部分が、ざわりと蠢いた気がした。
斬ること。
もちろん、経験したことはない。だが、今、晴彦は何かを理解した気がした。
ジーンズのベルトに鞘を差し込む。ごく自然と左腰に。刃を上に向けて。
そこから、しゃん、と音を立てながら刀を抜いた。
抜けた。当たり前のように。
何故だろうか。一度も抜いたことなどないのに。
先ほど、はじき返された丸太に、もう一度向き直る。
呼吸が、静かだった。
身体が何も考えずとも動く。
力を籠めるための――上段。
さっきと同じ構え。
だが、分かる。これが正しい動きなのだと。
竹刀の振り方とは全く違うのに、まるでこれまでも自分の一部だったのではないかと思えるくらい自然に――力を込めたという感じもなく、晴彦は、身体の動きに連動するように、それを静かに振りぬいた。
感触もなかった。
音もなかった。
ごく自然に、膝を折りたたみ、刀の先が地に触れる。
そうだ。
斬れるのだ。
それが当然だ。
ずず、と丸太の上半身が斜めにずれ込む。
晴彦は身を起こし、したこともない納刀の動きをする。
その瞬間、丸太は地響きを立てて崩れ落ちた。
そこでやっと、晴彦は自身の呼吸が止まっていたことに気づいた。
「……見事じゃな」
琴は呆然と言いながら、まだぼうっとしている晴彦に声をかける。
「刀を持った途端、いきなり何か変わったのう?」
「あ、ああ……。いや、分からない。別に、誰かの思考がとか、そういうんじゃないんだけど。……なんだろう。刀を使えるのは当たり前なんだ、と、そう思ったんだ」
竹刀を振り回すのは違和感がない。散々これまでにやってきたことだ。
だが、それと同じくらいに、この刀という存在を扱うことに違和感がなかった。
「憑依は別人になる訳じゃないって言ってたよな?」
だが、今の感覚は、誰か別の人間が培ってきた経験を自分の身体で再現したような、そんな感覚だった。
「ふむ。……まあ正直、ワラワも憑依は使いこなせておらん。それに、最初に言うたじゃろ? 能力は結局、千差万別じゃ。分からんことはいっぱい出てくる。大切なのは、それをどう使っていくか、じゃな」
琴が少し考えながら答えた後、そんなことより、と続けた。
「晴彦。お主、やっぱり強いかもしれんぞ」
「強い?」
「現実の刀で、この丸太を斬ることは、本来不可能じゃ。しかし、日本人は日本刀に夢を見ておる。この龍脈界において――こと『斬る』という事象に対し、日本刀以上のものはない」
琴は、にやりと笑う。
「その日本刀を、おそらく参加者の中でも類を見ない圧倒的な技量で扱える。それがお主の強みじゃ。……それこそ、何でも斬れる可能性がある。そのくらいの説得力が、お主の動きにはあった」
そう言われて、晴彦は自身の手に持った刀を見つめる。
その美しい刀身は、彼の顔を反射してきらめいていた。




