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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
12/24

12話 腐った死体が現れた


「では、さっそく実践じゃな。とりあえず靴を履くがよい」


 言われて、そそくさと靴を履く。それを見届けると、琴は、パン、と両手を打ち鳴らした。

 その瞬間、小屋が弾け飛び、桃色の光となって消えていく。

 もはや驚かない、と言いたかったが、晴彦は普通にビビる。

 大地に立つと、琴はこちらを見た。


「お主、剣道をやっておると言ったな?」

「ああ」

「剣はどうする気じゃ? 何かイメージがあるのか?」


 そう言われても、と晴彦は困る。


「特にないのか。では、晴彦。最初の実践じゃ。武器を想像し、召喚せよ」

「想像……」


 そう呟いて晴彦は目を瞑る。自分の使っていた竹刀を想像する。


 慣れ親しんだ重さ、柄の擦れた感触、握ったときに鼻孔をくすぐる古い革の匂い。手にそれを持っている感覚。それは想像なのか、現実なのか分からなかった。


「ふむ。竹刀か」


 琴の声を聞いて目を開ける。いつの間にか、見慣れた一本の竹刀を握っていた。


「うわ、俺の竹刀だ!」


 汚れ、重さ、ささくれを直した傷跡――紛れもない。自分の竹刀だ。

 片腕で持ち上げて、ひゅんと振り、手で握りこむ。何万回も振ってきたこの感触。


「すごいな。これ!」


 龍脈界の仕組みが自分に答えてくれたという感覚に、晴彦は少し感動する。

 しかし琴は胡乱な顔で口を尖らせた。


「しかし、そんなもん出しても、どうにもならんぞ?」


 呆れた声音で琴が言う。


「どういうことだ?」


 首をかしげると、琴は、分かっておらんようじゃな、と苦笑いを浮かべて、パンと手を叩いた。


「……何を?」


 疑問を口にしたとき、唐突に地面から手が生えた。

 青白い肌の、骨のように細い腕。


 土が盛り上がり、のそりと何かが姿を現す。晴彦を囲むように。

 落ち込んだ眼窩。こけた頬。身体にはウジが湧き、髪の毛はまばらに残っている。

 時折うめき声が上がる。だらりと両腕を下げて、こちらを観察しているようだった。


 その姿、まさに――。


「ゾンビ……?」

「亡者じゃ。ほれ、その竹刀で戦えるか?」

「戦えるかって言われても……」


 竹刀を構える。


 四方を五体に囲まれている。明らかに人間ではないが、人間じみた相手。

 腐った死体。


 ドラクエにいたな、と子供の頃の記憶を思い返す。現実で相対した感想を一言で言うなら、きもい。勇者は、よくこんなのと文句も言わずに戦えるな、と無意味に感心した。


 全身を緊張させ、相手の出方を見る。

 竹刀を構えると、気持ちが落ち着いてくる。試合の前のあの緊張感。


 剣道が強くなった要因は、視界の広さと読みの深さの向上だった。まるで、後ろに目がついているのかと思えるくらい、目の端で相手の動きを捉えられるようになり、その動きの意図が分かるようになった。


 その感覚は、この龍脈界でも同じらしい。

 ほぼ真後ろにいた亡者が姿を消す。それが、視界の末端で微かに見えた。

 動いた。無意識がそれを判断する。

 そして、一つ勝手な勘違いをしていたことを知る。


(速いっ?)


 瞬時に身を屈める。頭の上を、大ぶりの手が振り抜かれた。その勢い、人間を吹き飛ばすには十分。


(ゾンビなら、もう少し緩慢に動けよ!)


 背後。一番槍を担ったゾンビ。感覚として真後ろにいるのは分かっている。


 身体が縮こまった無理な体勢だが、竹刀を後ろ手に構えて突き出す。

 どすりと肉体そのものを押し込む感触。重い。人体の重み。それを無視して更に強く。一瞬の溜めの後、ドン、と勢いを込めた音と共に亡者が吹っ飛んだ。


 次の瞬間には、残りの四体が一斉に襲い掛かってきた。

 集団戦は数が全てだ。この状況。まず抜け出す必要がある。


 四方から腕を伸ばし、掴みかかろうとする亡者。

 視界は、その全ての動きを捉える。


 動体視力と反射神経。それは幼少から剣道をして身に着けた現実の能力。だがこの瞬間、その感覚が更に拡張した気がした。


(――見える)


 亡者の動きが遅く見える。その攻撃の意図や動作の意図まで、透き通るように。

 襲ってくる連中の微かなズレ。連携の綻び。左に大きな隙間がある。


 一瞬で判断し、左足に力を込めて斜め前に跳躍する。一体を正面に迎え、さらに一歩中に踏み込む。逆胴。竹刀を小さく上げ、袈裟に払って胴を撃つ。亡者が体勢を崩して転倒。


 できた隙間に身体をねじ込み、四方から掴もうと伸びてくる亡者の腕をかいくぐり、前に。


「ほう。良い動きじゃな」


 確かに。身体は感覚よりもさらに鋭く動く。

 力も異様だ。人間大の何かを軽々と吹き飛ばす膂力など、現実ではありえない。


 だが、それだけだった。ざざっと、地面を削りながら滑り、心を残しながら振り向く。


 囲みから逃げることはできた。だが、突きを入れた亡者も、逆胴を決めた亡者も、何事もなかったかのように、むくりと起き上がった。


 動きは変わらない。まるでダメージがないかのようだ。

 これは、相手が――亡者だからか。

 それを見て晴彦は、琴が言いたかったことを理解した。


「攻撃力不足ってことか?」

「結果的にはそうなのじゃが――」


 琴は首を振って、もっと根本的な問題じゃ、と続けた。


「竹刀は『死なせない』ための武器じゃ。それでも現実なら、打ち所が悪ければ死に繋がるかもしれないが、ここでは、どれだけ竹刀で叩いたところで、致命傷になることはない」


 琴がパン、と手を叩く。

 亡者たちは晴彦に向かう動きを止めると、どろりと土くれとなって地面に消えていった。


「その竹刀に特別な力がある、というのなら別じゃがな。お主の竹刀は、何か、木を切り倒したとか、不良百人を返り討ちにしたとか逸話はあるか?」

「……あるわけないだろ」


 そうじゃろうな、と琴は笑う。


「ここは何でもありの世界ではない。共通認識を逸脱する逸話がなければ、竹刀は、より『万人が理解している竹刀』として存在することになる」

「つまり、竹刀で戦っても、意味がない?」


「そうじゃ。それでワラワを叩いても、ワラワは痛いとすら思わんじゃろう。そもそも、この身体は痛覚が薄いからな」


 その言葉に、疲労した訳ではないが、一つ大きな息を吐いて、晴彦は天を見上げた。

 空は我関せずというように、桃色に蠢いていた。




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