11話 もう少しお勉強じゃ
琴が指を三本立てる。
「術式。これはまあ、魔法みたいなものじゃな。さっきの京都の――清雅じゃったか。あやつが使っておったが、陰陽術とかの効果はこの術式に近い。術式の利点は――」
琴は壁際まで歩き、壁に手を当てた。
ふわり、と彼女の手が薄緑の光に包まれる。
瞬間、激しい音と共に壁が吹き飛んで、部屋の外が見えた。
緑の森の深い木々。
ガランガランと構材が跳ね回る音と一緒に、壁が森の近くまで飛んで行く。
「――自身が生み出す龍命気のみで、様々な現象を起こすことができる」
ログハウスの周囲は丸太づくり。内側は和風の堂。
どちらも木材とはいえ、かなり頑丈な壁だ。それをぶち抜く威力。
「すごいな。俺も使えるのか?」
「まあ、使えるとは思うが、おすすめはせん」
「なんで?」
「消耗が激しいのじゃ。晴彦の身体能力があるのなら、直接殴った方が早い」
晴彦を振り向き、四本目の指を立てる。
「そして最後が、加護じゃな。これは今までの説明では位置付けられない不思議な効果を与えるものを指す。一番代表的なのが、海の加護、じゃ」
「ああ。あの、急に水が出た奴か?」
「あれは、ワラワが水を召喚しただけじゃ。海の加護はその後、水の上に立った現象の方じゃな」
そっちか、と晴彦は思い出す。確かに、琴も清雅も水の上を平気で歩いていた。
「そういえば、清雅が言ってたな。京にも海の加護はあるって」
「そうじゃ。逆に言うと、海に隣接していない土地の出身者は、海の加護を持っていない。……晴彦の出身地は、海に隣接しているか?」
「……ああ」
「なら良かったの。お主にも加護がある」
にやりと笑った後、琴はすぐにその笑みを引っ込めた。
「……一方で、これは情報を相手に与える行為ともいえる」
「海がある県だというのが分かる――ってことだな」
うむ、と琴は頷く。
「加護や召喚は、正体がばれやすくなる。京都のあやつは、鵺を使った。鵺の伝説は京都が最も有名じゃ。最初から鵺を出した時点で、出身を隠す気は無いということが分かるのじゃ」
「……もしかして、琴は決定的な情報は出さずに戦っていたのか?」
「そういうことじゃな」
琴は腕を組んで、思い出すように言う。
「ワラワの県には、河童の伝承がある。城壁の召喚で城があることがわかる。海の加護を持っておるから海に面している」
目を開いて、にやりと笑う。
「これがさっきの戦闘で、ワラワの出した情報じゃ。……どうじゃ、何県か分かるか?」
「さっぱり」
晴彦の即答に、くく、と笑う。
「この位ならまだ絞り切れんじゃろう。余裕があるのなら出身は隠すのが吉じゃ」
「あの、大きな足は?」
「ああ、それもあったのう。だいだらぼっちじゃ。これまた色んな土地で伝説がある。知らんか?」
「……知らないな」
「結構有名だと思うのじゃが……まあ、剣道少年が知らないのは、無理ないかのう」
俯いた晴彦を、励ますようにコロコロと笑って、琴は続けた。
「さて、と。もう一つ、重要なことを話すぞ」
「重要なこと?」
「能力の強弱の話じゃ。強い能力には、必要な条件が二つある」
「二つ?」
「どれだけ有名か。そして、どれだけ出身の土地に根付いているか、じゃ」
晴彦は続きを促すように琴を見る。琴は小さく頷いて答えた。
「龍脈は日本全土を駆け巡り、人々と微弱な影響を相互に及ぼし合っている。なので、龍脈の中には、人間の常識というか、集合知みたいなものが溶け込んでおる」
琴が両手の人差し指を一本ずつ上げ、それを十字に交差させる。
「ゆえに、誰もが知る伝説であればあるほど、龍脈の力を強く引き出せる。と同時に、その伝説が根付いた土地の出身者であれば、より引き出しやすい」
なるほど、とつぶやいて晴彦は尋ねる。
「全国の誰もが知っている、その土地だけの伝説があれば、それが一番強い、ということか?」
琴はうむ、と頷いた。
「例えば、鵺。鵺の伝承があるところは、京都が最も有名であり、原典に近い。……しかし実は兵庫にも『京都から流れ着いた鵺の死体』の話が残っとる。なので、兵庫の出身者も鵺を召喚することはできる。……じゃが、同程度の力量の者が召喚したとするならば、京都の鵺の方が強くなる。これが有名かどうか、の差じゃな」
へえ、と晴彦は相槌を打つ。
「まあこれは、その伝承が間違いなく自分の土地のものである、という認識を持てるかどうか、ということなのかもしれんがな」
琴は、顎を触りながら続けた。
「本気で信じ込めば鵺の伝承などない県の出身者でも、強力な鵺を召喚することができるかもしれん。ただ、そやつはおそらく、思い込みの激しい狂人でしかない。こういう場に集められる人材としては微妙であろう」
話を聞きながら、晴彦は自身の手を見た。
「憑依も、同じ感じなのか?」
「うむ。誰もが知る伝説であれば強い」
そう聞いて、晴彦は拳を握る。
それならば、俺にも戦える要素があるかもしれない。
説明を受けて希望が湧いてくる。
「じゃが、逆を言えば、誰もが知っている力を使えば一発で出身がばれる。鵺のようにな」
「……俺は、鵺が京都って知らなかったけど」
「それは単なる知識不足じゃ」
琴は笑って言う。
「出身を見極められることはかなりの不利を背負う。一方で、強力な攻撃をしたいと思えば、どうしても出身に根付いたものを使う必要がある。……現状で何をすべきか、これを見極めるのが重要だのう」
なるほどな、と晴彦は頷く。
「大体わかってきた。……でも、どうすればそういう力を鍛えられるんだ?」
晴彦の真剣な眼差しを見て、琴は微笑みを浮かべた。
「もちろん訓練じゃ」
その単純明快な一言に、晴彦は思わず頭を掻く。
「分かりやすいな」
強くなる道は、今、ざっくりと教えてもらった。ならば、後はやるだけだ。
そして晴彦は、そういう地道な努力が――嫌いじゃなかった。




