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龍脈戦儀 ー巫女と刀とヤマタノオロチー  作者: でぐら
巫女と刀と草薙の剣
10/24

10話 お勉強の時間だ


 琴は、熱そうなお茶を一口飲みながら、尋ねる。


「晴彦。お主、現実世界ではどのような感じで能力に目覚めた?」

「能力っていうか……。俺は剣道が強くなったんだ。それも、なんか急に」


 元からある程度の実力はあったと思う。だが、高校での剣道は、これまでとは全く手応えが違った。


「なるほどのう。剣道か。……剣豪か何かの逸話のある所、ということかの?」


 琴が、ふーむ、と首を左右にゆらゆら揺らしながら考え込む。


「……では、ざっくりと話をしていこうか」


 琴は湯飲みを置いて、ビシリと一本指を立てた。


「まず大前提。能力とは本当に千差万別で、何かルールがある、と考えるのは本来間違いじゃ。これを心に留めておくがよい」

「あ、ああ」

「その上で、あえて能力の使い方に区分をつけるとするのなら、四つに分けられる」


琴の白い指が一本、上を向く。


「召喚、憑依、術式、そして加護じゃ」


 四つの指が立つ。


「召喚は、見たであろう?」

「あの、鵺を召喚したりしたやつか?」

「そうじゃ。他にも、河童を出したり、海を出したり、壁を出したり。とにかく、もっとも汎用性が高い能力じゃな」


 先ほどの戦いの光景が頭に浮かぶ。


「……あんなの、俺にできるのか?」

「ふむ。基本はイメージできるかどうかじゃ。どこの土地でも、探せば妖怪伝説の一つや二つは眠っておる。じゃが、その姿がイメージできるか、そしてそいつがどのような動きをするのか、そういう深い理解がなければ召喚しても碌に動かん。案外扱うのは難しい技術じゃな」


 そう言って、琴は晴彦を流し見た。


「晴彦。お主、自分の県の妖怪は知っておるか?」

「いや……知らない」


 ついこの間まで、普通に暮らしていたのだ。妖怪などに興味を持つこともなかった。


「まあ、そうじゃろうな。『召喚』というのは、知識が重要になる技術じゃ。今すぐに晴彦が使うというのは難しい」

「なるほど……」


 少し残念に思いながら、晴彦は手を見る。

 琴は、大丈夫じゃ、と続けた。


「物体の召喚だけなら晴彦でも、すぐにできる。この小屋も晴彦が召喚したようなもんじゃしな」

「そうなのか?」

「うむ。まあ、それは追々にしよう。ともかく今はざっくりと話を進めるぞ」


 一言置いて、琴は指を二本上げる。


「二つ目は憑依じゃな。これは簡単に言えば、武人などの伝説――要するに人や人神などの逸話を、自身の身に宿らせて再現することじゃ」


 琴はにやりと笑う。


「お主は剣道が急に強くなったと言うたじゃろ? おそらくこの憑依の能力を現実で使ったのじゃと思われる。……何か、心当たりはないか? 歴史の教科書とかで、出身の武人の逸話を読んだとかなんとか」


 言われて晴彦は自分の行動を振り返る。

 高校で剣道部に入る前、神社で祈祷をした。


 小さい頃から通っていた神社だったが、それまで気にしたこともない由緒を本当になんとなく読んだのだ。そして、そこで一つの伝説を知り、それが自分の中の知識と結びついた。晴彦は初めて、歴史というものが少しは面白いのかも、と興味を持った。


 あの経験は、かなり印象に残っている。久しぶりの価値観の変遷だった。

 そして、その後、晴彦は自分でも何かに覚醒したのかと思えるくらいに、剣道での動きが劇的に変わった。


 もちろん、今日この時まで、二つの事象に関連があるとは思っていなかったが――。


「――そうだな。心当たりは、ある」


 でも、と晴彦は首をひねる。指導の先生と試合をした時を思い出す。


「本当に強い人とだと普通に負けた。超人みたいな動きはできなかったな」

「まあ現実なら、そんなもんじゃろう。常人の努力や経験で十分に覆せる。……じゃが、龍脈界では違う」


 琴は、持っていた湯飲みを握り込む。湯飲みは輪郭をぼやかして、光がじわりと滲み、やがて桃色の粒となって空気に溶けた。


「そもそも龍脈界での物質は全て作り物じゃ。この身体も同じ。元から現実の身体より強い。力も出るし頑丈じゃ。こんなちんちくりんなワラワでも――」


 琴は座布団から立ち上がる。手を上に伸ばし、垂直飛びをする。普通に飛んだように見えたが、そのまま勢いが減らず、天井に手を触れさせた後、すた、と着地した。


「ほれ、届いた」


 その光景に晴彦は息をのんでいた。

 小学生の女の子がダンクシュートを決めたような感覚。もしくは重力の低い月面でのジャンプのような。手を伸ばした琴が二メートルとしても、垂直跳びで一メートルくらいは飛んでいることになる。


 それは、現実から余りにも乖離した光景だった。


 だが、思えば清雅も一跳びで、三メートルほど移動していた。河童や鵺などに目を取られていたが、あの動きも、よく考えれば現実では有り得ない話だった。


 琴は頷く。


「憑依の能力はこの身体能力をさらに向上させる。憑依させた人物が、人間離れした逸話を持っておれば、なおのことじゃ」


 なるほど、と少し納得を覚える。

 先ほどの逃げる時、夢中だったとはいえ晴彦の足は普段より速いと感じていた。持久力もあり全力で走り続けても息も切れず、琴を抱きかかえていたのも苦ではなかった。


 上を見上げる。天井は高い。これまでの感覚なら、手が届くはずがないと感じる高さ。だが、きっと晴彦も簡単に手が届くのだろう。


「なんだか、感覚、狂いそうだな」

「実際狂うぞ? 現実に戻ると、身体がめっちゃ重たい!――となる」

「……怖いな。油断すると事故にあいそうだ」


 晴彦の不安げな顔に、琴は、言い得て妙じゃな、と可笑しそうに笑った。


「じゃが、その感覚のズレというのは極めて重要じゃ。ワラワが今から、バク宙をするから、見ておれ、よっ――」


 琴は一声出して、後ろに向かって跳ぶ。ふわりと身体が舞う。高度は十分。違和感のある浮遊。だが、回転が半端だ。頭から落ちそう、というか落ち――。


「危ない!」


 晴彦は反射的に座った姿勢から飛び出し、琴の小さな体を横から抱き留め、床の上を滑って減速する。


「何やってんだよっ?」


 晴彦の焦りを含んだ大声に、腕に抱えられた琴は少しびくりと身を竦ませた。


「落ち着け」


 そう言って晴彦の胸をぐい、と押して琴が降りる。そのまま、背中を向けて言った。


「別に頭から落ちても大丈夫じゃ。痛くもない。この身体が自由落下で損傷するとしたら、十メートルは必要じゃろう」

「だからって――」

「まあ、晴彦が優しいのは、よく分かった」


 一つ息を吐いて琴は振り向き、自分の頭を指さす。


「何を見せたかったか、というとじゃな、この身体を作り出したのは脳じゃが、身体を動かしているのは運動神経じゃ。そして運動神経は、身体と違って強くなっておらん」

「……?」

「現実で側転もできんウンチのワラワは、今の身体能力がすごくなっても、側転の感覚が分からんから、ちゃんと練習しない限りできん」


 ここが、お主の有利な点じゃな、と琴は晴彦に指を突き付ける。


「お主とワラワが、同じ剣豪と呼ばれる者を憑依させたとしても、晴彦の方が圧倒的に強くなる。ワラワは剣道などからっきしじゃ。剣豪の逸話を宿らせても、多少剣が使えたりするようにはなるが、それを最大限生かすとなると、判断や、反応が足りなくなる」


 要するに、と琴はまとめた。


「憑依は自身の肉体や感覚をベースに伸ばすだけであり、思考が別人になるわけではない、ということじゃ」


 そう言われて、晴彦は自身の手を見る。


「なるほど。逆に俺は生身で結構戦えるから、憑依との相性がいいってことか」

「そういうことじゃ。ワラワの思うに、晴彦はこの憑依を使って戦うしかないと思うぞ。……ということで、後の二つは巻きで説明していく」


「あ、ああ」


 巻きで説明するのか、と晴彦は少し面喰いながら頷いた。



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