血まみれのパクドナルド
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
ニューヨークを震撼させる連続殺人鬼『ハムの息子』に連れ去られたドーナツは、命からがら脱出した!それでもドーナツは笑う!
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
「ビッグパック、101個だ!」
カウンターで注文する俺を、店中の人間が見つめていた。
後ろ手に縛られ、シャツもズボンも、あちこち破れて血が滲み、泥と葉っぱにまみれている。額から流れた血が目に流れ込む。
それでも、俺は笑っていた。
レジの女の子が、怯えたようにたずねた。
「警察を呼びますか?」
「それよりビッグパックだ! 101個! それから、この手の縄を切れ! 今すぐだ!」
厨房に注文が飛ぶ。縄が切られる。
すぐに俺の席に、トレイがひん曲がるほどのビッグパックが運ばれてきた。
俺は血を流したまま、ビッグパックにかぶりついた。体じゅう、傷だらけのはずだが、痛みはまるで感じない。アドレナリンが爆発する。
これこそ、千載一遇のチャンスだった。
今、ニューヨークを震撼させているハムの息子を捕まえたとなれば、間違いなく俺はマンハッタンのニューヒーローになる。マスコミはひれ伏し、俺は華々しくフラッシュに囲まれ、コモドールの再建とニューヨークの再生を訴える。ニューヨーク中が熱狂する。市は必ずやコモドールへの減税を認めるに違いなかった。
目のくらむような想像の中、次々とビッグパックを流し込む。
101個目を飲み下すと同時に、世界が反転した――。
$ $ $
真っ白なキャデラックから降り立つ。
パーシから連絡を受けて、最初に団地に駆け付けた日だ。
さっき死んだはずのババアが、元気一杯に飛びついてきた。
「ドードーちゃん!」
「分かってる。隣の男だな」
「さすがよ、ドードーちゃん!」
団地の階段を駆け上がる。
俺は真っ直ぐにウサギ野郎の部屋に向かった。インターフォンを押――しちゃ、ダメだ。パーカーのポケットに突っ込まれたままの右手を思い出す。むやみに問い詰めて、ズドンと撃たれたらお終いだ。
そもそも、あんなイカれた野郎の前に、王自ら飛び込んでどうする。
王たる俺が死ねばニューヨークの、いや世界の損失だ。
俺が死ぬわけにはいかない――。
数分後、俺は改めてウサギ野郎の部屋のインターフォンを押した。
最初にインターフォンを押した時と同じように返事はない。
「いないぞ」
俺は聞えよがしに言ってやった。隣のババアが声を荒げる。
「今日は休みのはずよ。9時過ぎにテレビの音が聞こえたもの」
「でも、出ない」
「管理会社なら、鍵を持ってるでしょ? 部屋の中を調べて」
「出来ない。俺が訴えられる」
「ベティちゃんは、朝ごはんも食べてないの。それを夜まで放っておけって? そんな酷いことを言うなら……」
ババアが思い切り息を吸い込む。
すると、インターフォンから小さな声が聞こえた。
「はい」
「トランペット・オーガナイゼーションだ。犬を探してる」
「犬?」
「隣の犬がいなくなった。部屋を調べさせてくれ。すぐに終わる」
しばらくして扉が開いた。
その途端、ウサギ野郎に飛び掛かったのは、レスラー野郎だった。
そうだ。以前、家賃を滞納した上に、俺をぶっ殺すと脅したヤツだ。
王が殺されては世界の損失。
危険な行為は、この手の男に任せるのが一番だ。
レスラー野郎は、逃げようとするウサギ野郎を、あっという間に部屋の奥に追い詰め、右手を後ろにねじり上げて制圧した。
「これで家賃三ヶ月免除だぜ、トランペットの旦那」
「そんなことより、右ポケットだ。拳銃が入ってる!」
「わかってるよ」
よし、これで完璧だ。
ヒーローインタビューを受ける王の姿が目に浮かぶ。マスコミはこぞって俺を追い回すだろう。
レスラー野郎が、ウサギ野郎の右ポケットから拳銃を取り出した。
「あったぜ。ほら――」
そう言って、得意げに笑う。と、レスラー野郎の動きが止まった。
「どうした?」
レスラー野郎の顔に、怯えたような表情が浮かぶ。そのまま、自分の腹に触れた。Tシャツが血に染まっていく。レスラー野郎が床に崩れ落ちた。
何が起きた――?
ウサギ野郎が歌うように言った。
「右ポケットには拳銃ぅ。左ポケットにはぁ」
ウサギ野郎が左手を見せつける。
その手には血に濡れたナイフが握られていた。
ウサギ野郎はレスラー野郎の傷口を踏みつけた。レスラー野郎が呻き声を上げる。
「王に、何してくれちゃってるのかなぁ」
王だと……?
耳を疑った。
まさか。気のせいだろう。
ウサギ野郎のくせに自分を王と呼ぶはずはない。
ウサギ野郎は俺を見て笑うと、拳銃を拾い上げ、パーカーの右ポケットにしまう。ババアはとっくにどこかに逃げていた。
俺は取り繕うように言った。
「犬がいないならいいんだ。邪魔したな」
レスラー野郎はまだ息があったが、王が巻き込まれるわけにはいかない。ここは、見捨てて撤退だ。くるりと踵を返して部屋を出て行こうとした瞬間、腰のあたりに赤く焼けた鉄の棒を押し付けられたような痛みが走った。
振り返ると、すぐそばにウサギ野郎のイカれた顔があった。ウサギ野郎の手にしたナイフが、俺の腰に刺さっている。
「ゴミ掃除だ」
ウサギ野郎は笑った。
「知ってるんだな。俺がハムの息子だって。だから、このアホと二人でやってきた。俺を捕まえてヒーローにでもなるつもりだったんだろう。バカどもは掃除するに限る」
痛みと出血で気が遠くなる。
「……ババアが……警察に通報するぞ」
「お前たちを掃除したら、逃げてやるさ。王が捕まるわけにいかないからな」
「王……?」
「ああ。俺は王だ」
信じられない。
だが、確かに聞いた。
コイツは、自分が王だと言っているのだ。
心臓が喉元までせり上がる。背骨の奥で何かが折れる。
この世界に――王は1人でいい。
俺はウサギ野郎に飛び掛かっていた。
全身でぶつかり、ウサギ野郎を倒す。だが、ウサギ野郎も負けてはいなかった。腰の傷を蹴り上げられ、痛みに気が遠くなる。銃口が火を噴き、肩のあたりに衝撃を感じた。それでも、俺は無我夢中でウサギ野郎の足にしがみついた。血を流しながら、振り払おうとするヤツを引き倒し、馬乗りになると、拳で顔を殴りつける。
何度も、何度も、何度でも――。
「王は――俺だ!」
どこかから声が聞こえた。
俺によく似た声だ。
今、叫んだのは俺か? それともウサギ野郎か?
分からない。
俺が殴っているのは誰だ?
ウサギ野郎か? それとも俺自身なのか?
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
それでも、俺は殴り続けた。
目の前の――王という名の男を。




