王、拉致られる――だが、問題はそこじゃない!
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
団地のババアの愛犬失踪は、連続殺人鬼『ハムの息子』へと繋がった。
殴られ、意識を失う王。
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
エンジンの振動。
タイヤが小石をはじく音。
目を覚ますと、俺は車のトランクの中にいた。
後ろ手に縛られ、全身をシーツでぐるぐる巻きにされて、身動きがとれない。叫ぼうとしても、口にガムテープを貼られている。
ウサギ野郎は、俺を車に運ぶまでに随分と引きずったらしい。肩は熱を持ち、あばら骨が軋む。口には血の味が滲む。
同時に、中東のスパイスを煮詰めたような甘ったるい香水の匂いが鼻をついた。どうやら、ババアも一緒に詰め込まれているようだ。
車は曲がりくねった道を進んでいく。
やがて車が停まり、トランクが開いた。
乱暴に地面に引きずり降ろされ、再び肩に鋭い痛みを感じる。
シーツが引きはがされ、ようやく視界が開けた。
そこは、人気のない林の中だった。
ウサギ野郎は、同じようにババアも引きずりだした。
「ウチで殺すと掃除が面倒だからな。この森の中で、お前たちがイチャついてるのを殺したってことにしてやる」
俺は思わず噴き出した。
ガムテープの奥でくぐもった笑い声をあげて、肩を揺らす。
「なにがおかしい?」
ウサギ野郎が俺の口からガムテープを引きはがす。
俺は、まだ笑いながら答えてやった。
「誰も信じるはずないからさ。俺みたいなハンサムガイが、こんなババアと逢引きしてたなんて、自分で自分のケツの穴にキスするようなもんだ。誰も信じない」
「警察に宛てた手紙に、ちゃんと書いておいてやるよ。二人は熱烈なキスをしていたってな」
「誰も信じない」
「信じるさ。ニューヨーク、いやアメリカ中の人間が信じるね。ハムの息子の言葉は絶対だ」
「はっ。マジで笑える。こんなバカげた話、誰も……」
俺は、マジマジとウサギ野郎の顔を見つめた。
言われてみれば、コイツは今、アメリカのメディアというメディアを席巻している。ウサギ野郎のくせに、全米のスターだ。
そのスターが、俺とババアが熱烈なキスをしていたと証言したらどうだ?
少なくとも、1人か2人は信じるヤツがいるだろう。いや、もっとかもしれない。そのうち、だんだんと信じるヤツが増えていって――。
「止めろ! このババアが王の女だと?! 侮辱するのもいい加減にしろ! 言っておくが、アフロのスパンコールババアなんて、全く俺のタイプじゃない!」
「そんなことより、自分の命を心配しろ」
ウサギ野郎はパーカーの右ポケットから銃を取り出した。
ババアがガムテープの下で悲鳴を上げる。
そうだ。この男は会った時から、ずっと右手をポケットに突っ込んでいた。
ポケットの中から、俺たちに銃口を向けていたのだろう。
俺は、隣で声をあげているババアを睨みつけた。
マジで、王の最後の女が、アフロのスパンコールババアってことになるのか?
そんな屈辱を全米に報道されるのかと思うと、俺は発狂しそうだった。
「金ならいくらでもやる。俺とババアがいちゃついてたと書くのだけはよせ」
「絶対に書いてやるよ。アンタが猛烈に興奮してたってね」
ウサギ野郎が嬉しそうに笑った。
「俺はお前みたいに、自分が特別だと思ってるようなヤツが大嫌いだ」
「俺は王だ。特別に決まってる!」
その時だった――。
甲高い犬の鳴き声。
「ベティーちゃん!」
ババアがガムテープの下で叫ぶ。
ウサギ野郎が振り返った。
木立ちの向こうで、白いマルチーズが、茶色の雑種犬とはしゃぎまわっていた。マルチーズが雑種犬におおいかぶさる。
ベティーはオスだった。
その瞬間、俺は動いた。
目にも止まらぬ速さで立ち上がる。ミリタリースクールでのフリ芸で鍛えた足腰。そのまま、猛然とウサギ野郎に体当たりした。ヤツの手から拳銃が落ちる。素早く蹴り上げると、拳銃は木立ちの中に吸い込まれた。
ウサギ野郎が血走った目で起き上がった。
「殺してやる!」
だが、ウサギ野郎が拳銃を拾い上げるより先に、俺は一目散に走り出した。
「ドードーちゃん! 待って!」
ババアが、ガムテープの下から叫ぶのが聞こえたが、俺の足は止まらなかった。
後ろ手に縛られたまま、斜面を滑り落ち、落ち葉にまみれ、足を捻り、シャツが裂け、ズボンも裂ける。
額から流れる血が目に入り込んでも、俺は必死に走り続けた。
背後から一発、銃声が聞こえる。
ババアよ、さらば。
滴る血で足を滑らせながら、俺は笑った。
完璧だ。




