ウサギ野郎の正体――バンバンバン!
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
団地のババアが愛犬失踪で大騒ぎ。
犯人は隣人・ウサギ野郎だと決めつけるが、証拠はゼロ。
不眠不休の王はブチ切れ寸前。それでもババアは止まらない!
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
団地の管理人室に駆けつけると、化け物がいた。
塗り重ねたマスカラとアイラインが溶けまくり、フランケンシュタインのようになったババアが泣き喚いている。アフロのフランケン。
ババアを見張っていたパーシが、すがるように言った。
「勘弁して欲しいですよ。このバーサン、隣の部屋の男に襲い掛かったんです」
パーシによると、俺が帰った後、ババアは一人でウサギ野郎を訪ね、部屋を調べさせろと強引に押し入ったらしい。
その挙句、追い出そうとするウサギ野郎ともみ合いになり、隠し持っていた陶器製の犬の置物で殴りつけたというのだ。
「アイツはベティーちゃんを殺したの! 今すぐ、警察に突き出して!」
「警察に行くのはお前だ! いいか。他の住民とトラブルを起こすヤツは、俺の団地に住まわせない。警察に突き出されたくなきゃ、今すぐ荷物をまとめて出ていけ!」
俺は、再びウサギ野郎の部屋のインターフォンを押した。
出てきたウサギ野郎は、頭に包帯を巻いていた。
またもポケットに右手を突っ込んでいる。
王に対して、どこまでも横柄な態度。
だが、そんな不満などおくびにも出さず、俺はいかにも心配そうに言ってやった。
「大丈夫か?」
もちろん、これもフリ芸だ。
実際のところ、ウサギ野郎の怪我などどうでもいい。
気がかりなのは、警察を呼ばれたり、訴訟を起こされたりすることだ。
やれ証拠だ証人だと、俺の事務仕事が増えることになる。
「これは見舞金だ」
俺はわずかな金を差し出した。訴訟騒ぎに較べたら安いものだ。
「全く酷いババアだ。警察でも呼びたいところだろうが、すぐに出て行かせるから、我慢してくれるか?」
「ああ。構わない」
ラビットは金を受け取ると、素直に頷いた。
「それから、念のため状況を記録させてほしいんだ。あとで何か問題が起きた時、俺も管理会社としてきちんと責任をとりたいからな」
本当は、少しでもこちらに不利な証拠を排斥するためだ。
あくまでも温厚な笑顔。
ラビットは金を受け取った手前、断るわけにもいかず、面倒臭そうに俺をリビングに通した。
陶器で出来たマルチーズの置物が無残に割れて、床に散らばっている。
いっそ、ババアが散らばっていればいいのに。
俺はまたも心配したように言った。
「危ないな。すぐにパーシに片付けさせる」
「いや。いいんだ。自分でやる」
ラビットは、掃除道具を取りにバスルームへと向かう。
俺は部屋の中を見回した。
管理会社側の落ち度になりそうな問題はなさそうだ。よし。金を渡してウサギ野郎も黙らせたことだし、あとは家に帰って、熱いシャワーを――。
「ん……?」
俺はテーブルの側に歩みよった。
一度目に部屋に来た時に見た、書きかけのラブレター。
本が上に置かれ、文面が見えないように隠されていたが、俺は見過ごさなかった。ウサギ野郎はどんな陳腐な言葉を書いたのだろう。10代のガキの日記みたいに、恥ずかしいシロモノに違いない。
ぜひとも笑ってやろう。指先で本をずらす。
『血まみれのドブの中から、こんにちは』
目を疑った。
こんな言葉で、女を口説くつもりか?
いや……そうじゃない。
気が付くと、俺は便箋を手にしていた。
『昨日の夜は、ゴミを二つ片付けた。
ひとつは、よく笑うゴミ
もうひとつは、赤いゴミ。
親父が俺を殴るんだ。
まだ匂うぞってさ。
だから俺は掃除する。
バンバンバン
もっと
もっと
バンバンバン』
「ハムの息子よ」
耳元で声がして、ビクリと振り返る。アフロのフランケンが横から手紙を覗き込んでいた。
怖い。怖すぎる。
俺は悲鳴を飲みこむと、声を潜めて問いただした。
「なんでいる?」
「決まってるでしょ。ベティちゃんを探すためよ」
「どうやって?」
「さっき来た時、鍵があったから預かっておいたの。ベティちゃんを隠してると思ったから」
「勝手に入るな。不法侵入だぞ」
「そんなことより、手紙よ。やっぱりアイツは、ヤバい男だったの。女のカンは当たってた。でも、まさか、ハムの息子だったなんて」
「ハム?」
聞き覚えがあるような気がするが思い出せない。
「ハムの息子! 連続殺人鬼よ! 今、大ニュースになってるの、知らないの? 若い女やカップルを撃ち殺しちゃ、警察に犯行声明文を送り付けるの。ほら!」
ババアが指をさす。
『ハムの息子』
最後の署名はそう書かれていた。
ぼんやりと宛名に目を走らせる。
『愛するニューヨーク市警の皆様へ』
Nから始まる宛名は、ナンシーでもナタリーでもない。
ニューヨーク市警だった。
思い出した――。
ハムだかソーセージだか、そんな名前の殺人犯のせいで、マスコミは俺を追いかけなくなったんだ。
「すぐに警察に……」
その時、俺はもう一つ思い出した――。
ウサギ野郎の右手が、ずっとポケットの中に入ったままだってことに。
次の瞬間、後頭部に鋭い痛みが走り、俺は意識を失った。




