永遠の別れ――さよなら、リブ
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
暴動の首謀者として警察に追われるドーナツ。タイムリープのため、リブのアパートでビッグパック101個の到着を待つドーナツを叩き起こしたのは、13年前、コーラをぶっかけてきたダイオウイカ野郎だった!
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
その時、ダイオウイカが俺の顔をマジマジと見て言った。
「お前、まさか……」
俺は慌てて顔をそむけた。暴動の首謀者として俺の顔写真はニューヨーク中に流れてる。警察を呼ばれたら、おしまいだ。
次の瞬間、ダイオウイカの拳が目の前に現れた。
ワープしたかのような速度で、俺の鼻先一ミリで止まる。
息が詰まった。
なんだ、この異次元の拳は。
ダイオウイカが低い声で詰め寄った。
「お前、どういうつもりだ?」
「ど、どうって?」
「どういうつもりで、ここに来てる?」
「お、俺はただ、ビッグパック101個が欲しいだけだ。あんたの女に手を出そうなんて欠片も考えてない! そもそもあんなガリガリ眼鏡、全く俺のタイプじゃない!」
「ガリガリ眼鏡だと?!」
ダイオウイカの声が裏返り、またも拳が唸る。
死を覚悟した瞬間――
「パエリア、何やってるの」
小さな部屋にビッグパックの匂いが充満する。
振り返ると、山ほどのパクドナルドの袋を抱えたリブが立っていた。反射的に、リブの背後に飛び込む。ダイオウイカが俺を睨みつけた。
「誰だ、この男は!」
リブは紙袋をどさりとダイニングテーブルに置いた。
「ドーナツ・トランペット。小学校の時の同級生」
「トランペット?」
ダイオウイカは、もう一度、俺の顔を見た。
「もしかして、不動産屋の息子か?」
「そう。私たちが住んでた団地を管理してた」
俺はようやく、ダイオウイカの正体に気づいた。
父親だ――
ダイオウイカは俺を暴動の首謀者だと思い込んだワケでも、間男だと勘違いしたワケでもなかった。ただ父親として、リブに近づく不届きな輩を警戒したに違いなかった。
「お父さんでしたか! リブさんには、お世話になっております」
「お世話?」
「あ、いえ。そういう意味では! 私とお嬢さんとは清廉潔白な関係です! 未来永劫、決してお父さんが心配するような関係になることはありません」
「お前、ウチの娘をバカにしてるのか?」
リブがダイオウイカの背中に触れた。
「大丈夫だから。ちょっと二人にして」
「二人だと?」
「大丈夫だから」
一瞬の沈黙。
それから、ダイオウイカは無言で部屋を出て行った。
扉の閉まる音が、やけに大きく響く。
俺がへたり込むように椅子に座ると、リブが肩をすくめた。
「言うの忘れてた。私の父親。一緒に暮らしてる」
「この狭いアパートでか? ベッドは一つしかないぞ」
「私は、こっち」
リブは、ベッドの下から埃だらけの寝袋を引きずり出した。埃が舞い、くしゃみが出る。
「全く、何て生活だ」
リブは、部屋を見回した。
「片付けてくれたの?」
「我慢ならかった」
「ありがとう。助かった。色々忙しくて」
その言葉が、なぜか小さな棘のようにひっかかった。だが――
「それより、ビッグパックだ! どうしてこんなに時間がかかった?」
「一度に101個も買ったら、おかしいと思われるでしょ。警察に目をつけられないように、あちこちの店で少しずつ買った」
「それは……なるほどだ」
機転を利かせたリブに感心したが、王から褒め言葉を与えるほどではないだろう。それよりもタイムリープだ。時計を見る。もう時間がない。
「暴動が始まっちまう」
俺は紙袋を開けると、ビッグパックにかぶりついた。
美味い。反則なほど美味い。
いつもなら50個を超えたあたりでウンザリしてくるビッグパックだが、ここ数日ろくに食っていなかったせいで、飲むように食べられる。
リブは、そんな俺を面白そうに見ていた。
「本当に、それでタイムリープできるの?」
「今まで何百回、何千回とやってきた」
「へえ……その話が本当なら、これで最後だね」
思わず手を止めた。
「最後?」
「だって、タイムリープして暴動を止められたら、魚屋に来なくて済むでしょ。もう、会うこともないと思うけど」
「ああ、その通りだ」
正しい。
正しすぎるほど正しい。
なのに、なぜだろう。ずっと使ってきた古びた毛布を、突然引きはがされたような感覚。
「食べないの?」
リブの言葉に、俺は再びビッグパックを流し込みはじめた。今は、つまらないことを気にしている場合ではない。少しでも早くリープして、暴動を止めなければ。
いつの間にか、ビッグパックは最後の一つになっていた。
「そうだ。ビッグパックの礼に、いい弁護士を紹介してやる」
「どうして?」
「訴えられてるんだろ?」
俺は法律書の山に目をやった。
「ああ、これ? 勉強してるから」
「何のために?」
リブは笑った。
「誰にも、支配されないため」
曇りのない澄んだ青空のような笑顔。
俺は最後の一個のビッグパックを飲み下した。
「お前ごときに、法律家は無理だろう」
いや――
案外、悪くないかもしれない。
そう思った瞬間、激しい頭痛に襲われた。
脳みそが裏返る。息ができない。激しい鼓動が湧きあがる。
そして――世界が暗転した。




