リブのアパートにて――王、掃除婦になる!
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
暴動の首謀者として警察に追われるドーナツ。タイムリープしたくても、警察がパクドナルドを張っている。 追い詰められたドーナツが最後に頼ったのは、リブだった。
そして、リブはアパートの鍵を差し出す。
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
住所を教えられてやってきたのは、古びた日の当たらないアパートだった。親父の経営していた団地よりもずっとガタがきている。
一階の一番奥の部屋の鍵を開けて、中に入った俺は、さらにギョッとした。
俺のアパートも狭いと思っていたが、こちらは狭いどころじゃない。俺の部屋のトイレ、いや、金魚鉢ほどの小ささだ。そして、何より――。
「汚すぎる!」
小さなベッドと小さなテーブルの上には食べかけの皿や脱ぎ散らかした服が溢れている。その間に本がうず高く積まれ――とにかく部屋は本だらけだ。小さな本棚には破裂しそうなほど本が詰め込まれ、床にもシンクの上にも本が積み上げられている。
「こんな汚い部屋に、よくも王を招待出来たものだ!」
部屋にいるだけで痒くなりそうだ。
ここでじっと待っているのは耐えられない。
俺はたまらず腕まくりをすると、窓を開け、片づけをはじめた。溜まった皿を片っ端から洗う。散らかった服を畳んで重ねる。本を本棚の周りにまとめる。ベッドを整え、埃を掃き出し、タオルでテーブルを拭く。夢中で掃除するうちに、随分とマシになった。
「全く、王に掃除をさせるとは、どういう了見だ!」
時計を見ると、すでに一時間が経過していた。タイムリープをして暴動前に戻るには、もう猶予はない。だが、リブのヤツはまだ帰ってくる気配もなかった。
部屋を出るわけにもいかず、ベッドの上に腰を下ろした。
改めて本棚に並ぶ本を見ると、随分と法律関係の本が多い。
「家賃滞納で訴えられてるのか?」
相変わらずなヤツだ。と、俺は本の間に、古い布に包まれたものが押し込まれているのに気付いた。
「なんだ、これは?」
包みをひらくと、出てきたのは古いチャンピオンベルトだった。星条旗とイーグルの図案、それに、『アメリカン・チャンピオン』『フェザー級』の文字が刻印されている。手の平に感じる金属の重みと冷たさ。オモチャには見えない。
「どっかで盗んだんだろう」
俺はベルトをしまうと、ベッドにゴロリと横になった。
眠っている場合ではない。だが、ここ数日、逃亡生活が続き、まともに眠った記憶がなかった。それに――なぜか、この部屋は、不思議なほど安全な気がした。小さな子供だった頃、毛布にくるまり、母親が足元に湯たんぽを忍ばせてくれた時のような安心感。鼻をかすめるベッドの匂いも、どこか懐かしい。気が付くと、俺は深い眠りに落ちていた。
足音が近づいてくる。
ドアノブが回る音。
床板がきしむ。
誰かが部屋に入ってくる。
深い眠りの底で、ぼんやりと思った。
リブか――?
「何をしてる!」
突然に襟首をつかみ上げられ、我に返った。
警察? どうして居場所がバレた? そうか、リブのヤツ、俺を売りやがったな! 今こそ、アパートを追い出した恨みを晴らしてやるとばかり、俺を売ったんだ。あのガリガリ眼鏡め!
ノリで貼り付いたような上まぶたと下まぶたを、なんとかこじ開ける。俺の襟首をつかんでいたのは――くたびれた、白髪交じりの男だった。無精ひげが顔を覆い、目の下にクマがたるんでいる。そして、よれよれのアロハシャツにはダイオウイカの柄が――。
「ダイオウイカ?!」
「誰なんだ、お前? なんで俺のベッドで寝てる!」
どうなってるんだ? アパートの部屋を間違えたのか? いや、鍵は開いた。なら、このしみったれたヤツはリブの男なのか? 俺を間男だと勘違いしてるなら、大迷惑だ。俺の好みは断じて、あのようなガリガリ眼鏡ではない。
「俺はドーナツ・トランペットだ。マンハッタンの王になる男だ」
堂々と答えてやると、ダイオウイカは鼻に皺を寄せた。
「頭がおかしいのか?」
「お前こそ、誰だ? 俺にコーラぶっかけたヤツがなんで、ここにいる?」
13年前、はじめてタイムリープした時、この男にコーラをぶっかけられた。顔は覚えていなくても、このよれたアロハシャツのダイオウイカの柄ははっきり覚えている。
この男、一体誰なんだ?




