廃墟のコモドールホテルで夢を見る! そして悪魔は笑う
【これまでのあらすじ】
ドーナツ・トランペットの望みはただひとつ――王様になること!
マンハッタンの王を目指すドーナツ。忍び込んだ会員制高級クラブで、ゴミのようなホテル『コモドール』が売りに出ると聞きつけた!
ハンバーガー101個のタイムリープで、ドーナツはハチャメチャな人生を駆け上る!
コモドールホテルは荒れ果てていた。
窓は割れ、すすけたレンガ造りの外観は時代遅れ。ロビーはかび臭く、絨毯は黒ずみ、照明の半分は切れていて薄暗い。片すみではドラッグの売人が堂々と取引している有様だ。
トイレの腐った配管からは、茶色い水が出て来る。
一階のショーウィンドウには板が打ち付けられ、壊れた自動ドアの外ではホームレスどもが寝転がり、売春婦たちが客を探して群がってくる。
見ているだけで気が滅入る――そんなホテルだった。
翌朝の九時――
俺は再びコモドールの前に立っていた。
だが、見ていたのはホテルではない。
もっと先。
コモドールの目の前にある、グランド・セントラル駅だ。
グランド・セントラル駅は、ただの駅じゃない。
ニューヨークという怪物の胸の奥で、絶えず脈打ち続ける“心臓”だ。
ニューヨーク郊外のハドソン、ハーレム、ニューヘイブン各方面から、無数の通勤者がこの一点に吸い寄せられる。
朝には、数十万の通勤者が血流みたいに押し寄せ、夕暮れには、一日の疲れを背負った影たちが流れ出ていく。ニューヨークに足を踏み入れる者はみんな、この心臓にいったん飲み込まれるのだ。
実際、今この瞬間も、改札からは次々と人が吐き出されてくる。しかも、その大半がスーツの質も靴の光り方も一級品――金の匂いがする連中ばかりだ。
コモドールはニューヨークの『顔』だ。立地条件は最高。
もしコモドールを生まれ変わらせられれば、俺はニューヨークそのものを変えられる。
これこそ、マンハッタンの王にふさわしい仕事だった。
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俺はすぐに、コモドールの所有者であるポン・セントラル鉄道会社を訪ねた。社長のパルミジャーノは、キングスクラブの窓辺で話していた男の一人だった。俺はトランペット・オーガナイゼーションの社長として、マンハッタンへの進出を考えていると伝えた。
「特にホテル経営に興味があるんです。こちらでは、いくつか売却を検討されているとか」
「ええ。四軒ほど。おすすめはコモドールですね」
相手は真っ先にコモドールを押してきた。
俺をクイーンズの若造と見て、一刻も早く手放したい物件を押し付けるつもりだ。
もちろん、こちらの目当てもコモドール。
だが、気づかれれば気値段を吊り上げられる。
「コモドール? あれ古すぎますよ。直すだけで金が飛ぶ」
渋って見せながらも、買う意志は示す。
案の定、パルミジャーノは大喜びで、「値段は考えておく」と答えた。
俺以外に、あんな哀れなホテルに目をつけるヤツはいない。
コモドールは手に入ったも同然だ。
鼻歌混じりにペン・セントラル社のエントランスを出た、その時だった。
「ご機嫌だな、小僧」
王たる俺を小僧と呼ぶとは何者だ?
ムッとして振り返る。
立っていたのは、額の禿げあがった、どんぐり眼の男。だが、その眼光は鋭く、着ているスーツも時計も靴も、バカ高い金がかかっていると一目で分かる。
「昨日はキングスクラブからクモの巣まみれで逃げたと思ったら、今日は鼻歌か」
「誰だ、お前?」
「ロロだ。ロロ・コーンフレーク」
聞き覚えのある名前だった。
「悪徳弁護士か。高すぎる報酬で、客から搾り取るって噂だ。お前のカモになる気はない」
「コモドールを買うつもりなんだろ?」
ギョッとしてコーンフレークを見る。
なぜ知ってる?
「その顔。まさかと思ったが、当たりだな」
「何の話だ」
「とぼけるなよ、小僧。全部、お前の顔に書いてある。腕のいい弁護士ってのは、相手の眉の動き一つで、頭の中を読むんだ」
俺は慌てて、イースター島のモアイ像のような無表情を作る。
だが、遅かった。
「コモドールとは、いい度胸だ。タイタニックのチケット買うようなもんだぞ」
コーンフレークの野郎は、ニヤリと笑った。
「面白いヤツだ。成功報酬60%で引き受けてやる」
「何を言ってる?」
「お前がコモドールで手に入れる金の六割だ」
「ふざけるな! 弁護士の取り分が俺より多いなんて話があるか!」
「やっぱり買うつもりだったんだな」
「あ? あ、いや……」
「他に情報を流してやろうか?」
「貴様! あ、いや、いや、いや!」
コーンフレークは、いよいよ勝ち誇ったように笑う。
「同じニューヨークでも、クイーンズとマンハッタンは別世界だ。俺を使え。俺ならお前を成功させてやれる」
その笑みが、神のものか悪魔のものかは分からない。
だが――どっちでもいい。
俺を、高みに連れていけるならな。
その夜――またも俺の知らないところで運命の歯車が回り始めていた。
マンハッタンの裏通りで、若いカップルがいちゃついていた。
激しい情熱的なキス。
だが、次の瞬間、男の頭蓋骨を銃弾が打ち抜いた。
女は絶叫し、逃げようと走り出す。だが、二発目の銃弾が無慈悲にその背中を撃ち抜き、女はアスファルトの上に崩れ落ちた。




