第一話
白き虚無。
形なきもの。方向もなく、限界もない。
天も地もない。上も下もない。時間がまだ生まれていないため、歩むものなど存在しない。空間すら存在しないため、形も存在しない。
ただ、純粋な虚無――完全なる無。
まるで筆が触れていない真っ白なキャンバスのように。
そして、何かが…現れ始めた。
閃光ではない。爆発でもない。形でもない。なぜなら、形という概念すらまだ存在していない。
それはただ――「意識」だった。
自分がどこから来たのか、なぜ生まれたのかもわからない。ただ「存在している」と気づいただけ。そしてその気づきだけが、永遠の静寂を乱した。
それは、最初の概念だったのかもしれない。理論も言語も存在しない時代の、純粋なる思念。
存在するつもりなどなかった。だが、それは存在してしまった。
自分が何者かもわからない。「何者」という言葉すら、まだ知らなかった。
だがそれは考えた――いや、より正確には、「感じた」。
そしてその最初の感情から、目に見えぬ波紋が広がった。存在の波。
その波は、あらゆる方向に向かいながら、方向もなく、虚無の中を伝わった。
そしてその最初の一滴の波紋から、何かが形づくられ始めた。空間と時間の概念が生まれた。
一つの世界が、現れた。
次にもう一つの世界。そして三つ目。百番目。百万番目。無限の世界。
すべての世界は一つの宇宙を含んでいた。
ある宇宙には魔法と古の呪文が存在した。魔導師たちはそれを操り、現実を歪めた。
ある宇宙には常識を超えたテクノロジーが満ちていた。巨大な機械たちは次元を越え、創造神をも挑んだ。
ある世界はただ永遠の森であり、ある世界は終わりなく繰り返す一つの都市だった。
ある宇宙は夢のように静かで永遠であり、ある宇宙は悪夢のように混沌とし、理不尽な存在同士の戦争で満ちていた。
それぞれの宇宙は、完全な独自性を持っていた。王、神、魔、戦士、そしてその地の者たちにより「偉大なる名」で呼ばれる存在がいた。
だが、そのすべての多様性を超えて、否定できない一つの事実がある。
それらすべては、同じ瞬間に始まった。たった一つの意識から。
そしてその意識は――理由は分からない。もしかしたら好奇心か、無意識の意思か――転生することを決めた。
一つの世界に、一つの宇宙に降り立つことにした。
感じることができ、見ることができ、経験することができる存在として。
彼女は、神々や宇宙的力が満ちる宇宙を選ばなかった。
最も静かな宇宙を選んだ。
魔法もない。偉大なる存在もいない。奇跡さえない。
小さな世界。人間たちが限界の中で生きる場所。
その世界の名は――地球。
そしてその地で、一人の少女の体の中に、その意識は…眠っていた。
その少女の名は――白峰イジー。
長き眠りの中で、彼女は自分が誰なのか忘れていた。
だが――眠っているすべてのものがそうであるように、いつか必ず目覚める。
そしてその時、彼女の創造したすべての世界、全宇宙が、長き忘却の彼方から思い出すのだ。
最初に存在したのは――彼女だったということを。
×××
ある夕暮れ、空が崩壊した。文字通りに。
黒い亀裂が空を走り、ガラスが砕けるように割れた。そこから、見知らぬ存在たちが這い出てくる。
それは、怪物だった。常識を逸した形をした、忌まわしき存在たち。
彼らは宇宙の壁を引き裂き、この世界へと侵入し始めた。異なる宇宙の存在――それが彼らだった。
侵略は世界中に広がり、各国は軍隊を総動員して抵抗を試みた。
だが、すべてはほぼ無意味だった。武器は通じなかった。弾丸も爆発も効かなかった。
イジーは、暗がりの自室でテレビを見つめ、それを目撃した。顔は蒼白。衝撃のあまり、言葉も出なかった。
世界は混乱した。怪物たちは都市を襲い、容赦なく人間を殺戮していく。
両親は叫び、彼女に逃げろと命じた。
そして――彼らの悲鳴が、聞こえた。人間とは思えない声に、かき消された。
イジーは震えた。声を出すこともできず、口を強く塞ぎ、息を止めた。
怪物たちは、すでに家に侵入していた。鼻を利かせ、すべての部屋を漁っていた。
そして一体が、彼女の部屋のドアを開けた。
そこにいたのは、イジー。
動けず、目を見開いたまま、極限の恐怖に縛られていた。戦うどころか、叫ぶことすらできなかった。
意識が薄れていくその瞬間――
内なる何かが、目覚めた。
怪物たちは凍りついた。空も、音を失ったかのようだった。
イジーの瞳がゆっくりと開いた――赤く輝きながら。
恐怖は、消えていた。
生まれて初めて、彼女の知る世界が…狭すぎると感じた。身体が小さすぎると感じた。
胸に燃え上がる何か――それは恐怖ではなく、ついに解放された力だった。
一瞬で、彼女は立ち上がった。
歩みは軽やかで、しかし揺るぎなかった。彼女は家を出て、割れた空を見上げた。
怪物たちが彼女を見返す…凍りついたまま。
その裂け目の奥から、声が響いた――かすれた、恐怖に満ちた声。おそらく、彼らの主。
「ば、ばかな……なぜこんな世界に、あれが……!?」
その声は震えていた。
ありえない――ただの人間、ただの世界――そんな存在が、それを持っているはずがない。
だが彼らは感じていた。あの存在感を。まるで宇宙法則すべてが、彼女に集中しているかのような。
イジーは彼らを見据えた。笑みも怒りもなく。声も静かで、落ち着いていた。
まるで――自分が何者かを思い出した者のように。
「私も分からない」と彼女は静かに言った。「でも、たぶん……あなたたちが、本当の私を目覚めさせたのね。だから――」
彼女は手を掲げた。
指先に、光が集まった――そして放たれた。
その光は、すべてを貫いた。何があろうと関係ない。それはただの光ではなかった――純粋なる力だった。
直撃した怪物たちは…光の粒となり、消えた。跡形もなく。
空に残った者たちが叫び声を上げ、反撃を試みた。だが意味はなかった。すべて、一瞬で消え去った。
逃げようとする者もいた。次元の裂け目へと戻ろうとする。
だがイジーはただ言った:
「せっかくこの世界まで来たんでしょ? どうして帰るの?」
彼女は跳躍した。空へ――その境界を越えて。
彼女は追った。一体ずつ。彼らが故郷に戻った後までも。
「どこへ逃げても無駄。あなたたちの世界ごと――滅ぼしてあげる。」
×××
イジーはその裂け目を通り抜けた――宇宙と宇宙の境界を破る亀裂だった。
周囲の光は闇に変わり、空気も異質なものとなる。彼女は別の世界へと足を踏み入れたのだ。
その世界は異様だった。空は古い血のように暗赤く、地面はひび割れた漆黒。地平線には、牙のようにそびえる巨大な山々が並んでいる。
そこには、地球から逃げてきた怪物たちが集まっていた。
彼らはイジーを待っていた。
怪物たちは彼女を取り囲み、地平線の果てまで埋め尽くすほどの群れとなっていた。
数千?数百万?いや、数えることは不可能だった。
だが、それはイジーの注意を引いたものではなかった。
怪物たちの上空に、三つの人影が浮かんでいた。
人間のように見えるが――少なくとも似ているが、その存在感は明らかに異常だった。
それぞれが異なるオーラを放っていたが、一つだけ確かなことがあった。
――彼らは、ただの存在ではない。
彼らが指導者なのだ。
そのうちの一人――銀白の髪を持つ背の高い男、仮に“A”と呼ぼう――が手を上げ、命令を出した。
怪物たちは一斉に動き出した。
まるで津波のように、イジーを飲み込もうとする。
だが――
イジーは動かなかった。
0秒の間に、全ての怪物の動きが止まった。
いくつかは音もなく崩れ落ち、他は光の粒となって消えていった。
何が起きたのか、誰にもわからなかった。
だが気づいたときには、すでに怪物たちは跡形もなく消えていた。
イジーは元いた場所に、まるで一歩も動かなかったかのように立っていた。
実際には、彼女は「動いていた」。
因果律が逆転したかのように、結果だけが現れ、原因が見当たらなかった。
上空の三人の表情に、隠しきれない驚愕が走る。
しかし、その中の何人かは、にやりと笑った。
「次は…お前たちだ」とイジーは静かに言った。
彼女は指を一本、ゆっくりと上げる。
白い光が走り、そのうちの一人を狙って放たれた。
だが、その光は彼に触れた瞬間――停止した。
煙のように広がり、そして消えた。
何が起きた?
それは、すべてを貫くはずだった。
触れたものはすべて、分解されるはずだった。
「ふん、なかなかやるじゃないか」と、その攻撃の標的となった銀白の男が言った。
「アハハ、すごく殺意高いじゃない。でもこの“A”は、消せないわよ」
と、傲慢そうな女が続けた。
“A”と呼ばれた男が一歩前へ出る。
「俺の力は自動で発動する。指一本動かす必要すらない。」
イジーは小さく頷いた。
なるほど……
彼女は何も言わず、次の攻撃の準備を始める。
五つの存在が、一斉に警戒態勢に入った。
「お前たち三人……試してやろう。これに耐えられるかどうか。」
光が再び集まる。
だが今度は一つではない。
数千、数百万の小さな光の弾丸が、あらゆる角度から彼らに向けて放たれた。
攻撃が始まった。
“A”は動かない。その力は依然として自動で作用していた。
だが、他の者たちは……そうではなかった。
“C”――赤い髪を持つ、陰鬱な表情の男は、すぐに圧倒された。
弾幕を防ごうとするも、数が多すぎた。
瞬く間にその体は光に飲み込まれ、完全に消滅した。
イジーは攻撃を止めた。
「もう遊びは終わりよ。」
彼女は手のひらを広げ、そこに光の剣を創り出す。
その刃は、もはや言葉で表現できないほどの存在感を放っていた。
その剣は、単なる殺傷の道具ではない。存在そのものを消すための「道具」だった。
たった一閃で――すべてが消え去る。
名前、記憶、歴史、エネルギー、精神、魂、霊、情報、存在、真髄、筋書き、設定、空間、時間、次元、生命、粒子、法則、可能性、概念、能力、魔術、因果、現実、起源、自我、意志、運命、宿命。
たとえ、非実在や非二元といった、到達不可能で破壊不能な存在であろうとも――その概念ごと打ち砕き、完全に消し去る。
不死、再生、転生、蘇生、復活、生まれ変わり、再誕、輪廻――そのすべてを破壊し、完全に抹消する。
三人の姿は、無慈悲に、抵抗もなく、完全に消えた。
彼らという存在の「痕跡」すら残らなかった。
だがその刹那、剣が消えると同時に、空間が……震え始めた。
空が割れ、巨大な歪みが開いた。
それはただの亀裂ではなかった――広大な時空の「歪曲」だった。
そこから、巨大な存在たちが現れた。
その姿は……あまりにも巨大で、言葉では表現できなかった。
それぞれが星、あるいは惑星、もしくは銀河にすら見える。
その目は、生きている星雲のように光っていた。
彼らは、この宇宙の神々だった。
そして彼らは、イジーを見据えた。
――ついに現れたか、愚か者ども。
合図もなく、神々は攻撃を仕掛けた。
イジーはすべてを防いだ。
だが地面――この惑星自体が砕け散り、彼女は宇宙空間へと押し出された。
いくつもの惑星を貫通し、ついには太陽系すら抜けた。
神々の攻撃は止まらなかった。
彼らは大きいだけではなかった。速さも異常だった。
空間を移動するのではなく、「望んだ場所に現れる」。
その体のサイズは、一瞬で都市規模から銀河規模に変化した。
イジーは銀河団の上から、彼らを見下ろした。
――あの剣では足りない。効いていない。
全力を出せば…いや、それではすべてを滅ぼしてしまう。それは望まない。
だが、一つだけ確かなことがある。
――別の方法がある。
イジーは笑みを浮かべた。
「じゃあ……これはどう?」
彼女は片足を上げた。
そして、踏み出した。
その一歩は、単なる移動ではなかった。
彼女は三次元空間を離れた。
イジーは第四次元へ、さらに第五、第六、第七……と次々に次元を超えていった。
彼女は、次元の階層を登り続けた。
次元とは、宇宙そのものの土台。
そして、その数は――無限に無限。
次元が高くなるほど、自由度も影響力も大きくなる。
まるで、下の次元がただの絵巻物の中の絵に見えてしまうほどに。
神々もそれに気づき、追い始めた。
彼らもまた、次元を超越していった。
だが、イジーは――常に一歩先にいた。
次元を超えた戦いが始まった。
だがイジーは理解していた。これでもまだ足りない。
彼らは決して諦めない。終わりがない。
だから、イジーは決意した。
――次元が足りないなら……
宇宙そのものを超えてみせる。
「ならば……」彼女はささやいた。
「もっと高次の世界で戦おう。」
そして彼女は、それを実行した。
イジーは宇宙を、すべての次元を、すべての概念を超越した。
彼女は、上世界へと到達した。
その世界は、真っ白だった。次元すら存在しない。
ここにいるのは、「宇宙を統べる者」たち――真なる神々。
上世界は無数に存在し、それぞれが宇宙を管理している。
そして今、イジーはその一つに辿り着いた。
ここでは、もはや人間ではない。
通常の存在でもない。
彼女はもはや、宇宙のいかなる法にも縛られない「何か」となった。
――つまり、神。
イジーは静かに息を吸った。
「さあ、始めよう。」
そして、神々の攻撃が始まった。
超新星が炸裂し、ブラックホールが開き、ガンマ線が四方八方に爆発し、星団をなぎ払う。
上世界では、現実の法則すら自在に捻じ曲げられる。
だが、一つだけ変わらないことがある。
――その中心に、イジーが立っていた。